うちの近所には、奇妙な兄弟がいる。彼らが少し“変わっている”ということをきちんと意識している人間はおそらく少ない。彼らの実の両親でさえ、そのあたりをよくわかっていない。

「…………茂夫くん、なにやってんの?」

びくん、と小さな茂夫くんの肩が震えた。こそこそと砂場の中に穴を作って、それを今度は必死に埋め始めている。こんもり盛り上がった山からは、あんまり上手にお目当てのものが隠せていないらしい。ちらり、と銀色の端っこが見えている。「お、おねーさん……」 おかっぱ頭の少年が、涙目でこっちを見上げていた。「スプーン、また曲げちゃって……」

隠してるから、誰にも言わないで、という近所の小さな少年を、ほほ、と笑いながら私は見下ろした。はたはたとセーラー服の裾が揺れている。いやあ、そんな。

どこの世界に、自分でスプーンをぐねんぐねんにしちゃった小学生が、砂場でスプーンを埋めている、だなんて言って信じてくれる人がいるのでしょうか。








うちの近所には、奇妙な兄弟がいる。近所の、と軽く言ってはいるが、一応はとこということになっている。つまりは私の両親が、彼ら影山兄弟のいとこというわけで、ほぼほぼ他人に近いけれども、家が近いせいで、ギリギリの親戚扱いという感じである。
たまに、キャッキャと兄の茂夫くんと弟の律くんが公園で遊んでいる姿を見る。でもあれ遊んでねーから。それ遊びじゃねーから、と私はいつも静かにマフラーを口元に巻いて、彼らの姿を見守っている。お散歩中のわんこがぶんぶん空中を飛んで、目を回している。ほんとやめてやれ。っていうか飼い主どこだ。

中学生の軽い自意識というものなのだろうか。一応は生まれたばかりから知っているお子ちゃまーズの安否をハラハラと遠巻きに見守るのが当たり前になっていた。彼ら影山兄弟の両親はと言えば、「まあ、茂夫ったら! またスプーンをぐにゃぐにゃにさせて! 上手にお口にあーんしないとだめでしょ!」と言うように、お箸を上手に持つことができない子どもを叱るのと同じテンションなのである。めっちゃ気になる。

変わっているのは茂夫くんばかりかと思いきや、律くんだって相当だ。生まれたときから慣れてしまっているのか、茂夫くんが操る“超能力”に、物怖じもせず向かっていく。「にーさんは、すごいなあ」と瞳をきらきらさせて、茂夫くんの後ろにくっついてく。
茂夫くんの超能力は、日に日に強力になっていった。いやまあ、生まれたときからベビーカーに乗っていたはずなのに、ふよふよと浮遊させて、自動ゆりかごを使用していた男はさすがに違う。
年を追うごとに、彼らを公園で見かけることはなくなったけど、それでも二人一緒にいる姿をたまに見かける。

「やあ影山兄弟、今日はお買いものかい」
「そうですよ。お姉さんもそうですか?」
「いや、私は君たちが一緒にいるもんだから、思わずね」
「高校生ってそんな暇なんですか。兄さんも返事しない」

返事しないってそりゃないだろ、と思わず突っ込む。一応私は親戚だぞ。「お菓子買ってあげようか。お菓子」「いりません。食べ物でつる人間は悪い人が多いと学校で習いました」「しっかりしてるなー、でもほら、私悪い人じゃないし。茂夫くん、お菓子どうだい」「お菓子……律……」「兄さん、だめだったら」

スーパーはこっちだろ! とすっかり危険人物の扱いである。
しっかり育ってくれて安心安心、とかっかと笑って片手を振った。振り返してくれたのは茂夫くんだけだったけど、律くんもなんだかんだと言いながら、ぺこりと頭を下げてくれた。




「あれ、制服。とうとうきみたちも制服を着る年になったのか」
これは驚きだね、と身軽になった服装で、自転車を片手にすれ違う。朝の空気は涼しい。白い息を吐き出した。「朝はやくから、大変だねえ」「そんなに早くありませんが」「いやあ、私はこんな早くに授業がないから仕方ない」

そうなんですか、いいなあ、と瞳をきらきらさせる茂夫くんに比べて、律くんはじっとりと疑い深い目をしている。「ほんとほんと」 なんでこんな不審人物扱いされているのだろうか。今更ながらに感慨深い。「そういえば茂夫くん、こないだ河川敷走ってたよね」

えっほ、えっほ、と体操服でふらふらしていた。
「えっ、見てたんですか」 照れた顔つきの少年は、小さな頃から変わらない。これはこれで安心する。「なに、部活? がんばれがんばれ」「ありがとうございます」 ぺこん、とお辞儀をする少年は、今ではすっかり普通の少年だ。
「行くよ、兄さん」
「律くんは?」

彼も何か部活動をしているのだろうか。「なんでも似合いそうだけど」 思わずの感想だ。おそらく彼はなんでもできるんだろう。「生徒会です」 ちゃんと返事をしてくれた。その割には、こちらを向いていない。「へえ、似合う」 背中に向けて、言葉を送った。




喫茶店で、三人組がたむろしている姿を見つけた。茂夫くんと律くんと、誰だか知らない少年だ。なんと生意気。「……何見てるんですか、警察呼びますよ」 じろじろ見ていたことに気づかれてしまったらしい。律くんに、愛想笑いでごまかそうとすると、茂夫くんもこちらに気づいた。「あ、おねーさん」「……影山くん、知り合いかい?」 随分イケメンな少年がこちらを見て首を傾げている。知り合いというか、ただの近所のおねーさんと言うか。

まあなんでもないですよ、と言おうとして、レジに並ぶ。ふと、彼らが近くなった。(あれ)
見下されている。

じいっと見上げていると、律くんが、「なんなんですか」「律くん、何歳?」 律くんは大変不愉快そうに眉をひそめた。いやごめん。「大きくなったなと」 そりゃそうか。

近くで見ないと、分からないものだ。おかしくなって、一人で吹き出すと、奇妙なものを見たように、律くんが眉を寄せていた。「そりゃ大きくなりますけど」 その言葉がまた面白かった。「なんなんですか、一体」「いやいや」

時代の流れを感じていただけだ。






ただ見られているだけの人生


2016/10/27
back
ネタ元オロロさん。Twitterで、兄弟のはとこになって、遠巻きにキャッキャする男子達を見つめて、「律くんに何見てんですか 警察呼びますよ」とか言われたいって言った言葉に何かの旋律がきた。