Cultus



     結界装置を!」
「応ッ!」


ぐしゃり、と探索部隊の一人の頭が叩き割られる。彼の血しぶきを頬に浴びながら、ギリとは奥歯を噛んだ。     こっち! 
ポケットの中の種が、ぐるりと暴れる。ふと彼は、そちらに足を踏み入れた。瞬間、彼が走りぬけようとしていた場所には、アクマのウィルスがレンガに撃ち込まれる。飛び散ったレンガに被弾し、仲間の一人が腿をえぐられ、悲鳴を上げた。けれどもそれを見る気はない。反応をする気もない。振り向こうとする理性を押しとどめ、ただ懐に持つ機械のスイッチを、手元もみないままに慣れた手つきで動かす。

他人を気にかけることのできる人間は、自分に余裕があるやつだけだ。にはそれがない。だというのに、不相応な真似をする奴はバカであり、ただの足手まといの犬死をする。幾度もくぐり抜けた死線の中で学んだことだ。ただそれは探索部隊として正しい姿であり、人として正しい姿だとは思わない。「…………なろうがっ!」 このときばかりは、の口も荒れた。荒く息を吐き出し、屋根の上に駆け上る。「     くたばれ、このクソアクマ野郎が……!」

アクマを殺すことができるのは、エクソシストだけだ。まさかただの探索部隊である自分が、あいつらの息の根を止めることができる訳がない。ただの何の意味もない、勢いづいただけのセリフだった。パキンッ、とガラスが砕けるような音が聞こえた。まるでライトでも持っているかのように、光をぶち当てる。ヴヴッ!! と同じく機械を起動させた周りの男たちの起動音が、幾重にも響く。

丸い風船のようにくるくると宙で舞うアクマは、結界に囲まれ、ピタリとその動きをとめた、う、うう、う、コキコキコキ、と左右に首だけを動かして奇妙な声をあげている。『……これでどうだ……!』 耳元から、ノイズ音交じりの男の声が聞こえる。

     もし街にアクマが来れば、二手に別れる。一つはすぐさまイノセンスの保護を。もう一つはアクマを引き止めろ。老いぼれにゃ走りまわるのはきついんでね。引き止め側に回らせてもらうぜ
     みたとこ、お前はずいぶん引きがいい。そうだな、丁度一つ余ってたんだ。こいつをやるよ

チームのリーダーは、口元の白い髭をちょいちょいとこすりながら、の手のひらに小さな機械を渡した。もう一つのラジオ型の無線機はイノセンスの保護達へ。は片方の眉をぴくりと上げて、手のひらの機械を眺めた。何度か使ったことがある。耳栓のようなそれを耳の中に入れると、直接リーダーの声が聞こえる。つまりはちっちゃな無線機だ。

今、の耳には、隊長の指示が響く。けれどもそれは、特にには意味がないものだ。結界装置は、きちんとした手順で、複数の装置のスイッチを入れ、お互い一定の距離を開け、標的に当てなければ意味がない。けれども残念ながら、いちいち現場でそんな寸法を測っていては、先程が見捨てた彼らのようにぐちゃぐちゃに潰されて終了だ。

探索部隊にはイノセンスはない。あるのはただの情熱と、肉体だけだ。現場に何度も出向いて、ニューピー気分でひらひらすることもできない。そんな奴は片っ端から死んでいく。
習うより慣れろ。そんな言葉も存在しない。ただ訓練を繰り返す。チームプレーの訓練を、繰り返す。いつでも同じチームでいられる訳じゃない。必ず誰かが消えて行く。初めて会った仲間でも、とにかく即座に、一発本番でも玄人になれるように、体の中にテンプレートを叩きこむ。

指示なんて必要ない。ただ訓練のように体を動かし、結界装置を起動させる。アクマはぼんやり顔で顔を動かすだけだ。
     だったら、この耳にあるイヤホンは、何だって言うのかネ

その意味を、彼は知っている。
幾度も繰り返されてきた、彼らのお遊びで自己満足だ。ピシッと結界が崩れた。体を撃ちぬかれた仲間が、屋根の上から落下する。アクマが一斉に動き出した。隊長の焦る声が耳に響く。『トマ、お前はとにかく、このことをエクソシストに!』 トマ。列車の中で陰気そうに、端っこに座っていた男の名前がそんなだったネ、とは舌で唇を舐めた。そして即座に屋根から飛び降りた。

がらがらと瓦がくずれ、街路にたたきつけられる。アクマの弾頭をかわし、こればかりはと胸元の結界装置を抱きしめた。これがなければ、俺達はなにもできない。命綱でもあったけれど、何も守ることができない。
男たちが即座にちらばった。再びとばかりに結界装置を起動すべしと足を運ぶが、どうやったって人数がたりない。アクマの数が多すぎた。『!』 唐突に叫ばれた言葉に、耳元がじんじんする。『お前もさっさとトマについて、本部に戻りやがれ!』

一人よりも、二人のほうが生存率が上がる。迅速に行動できる。おそらく、言い訳をするのであれば、彼はそう言うだろう。けれどもは知っている。ごろごろと道の中を転げまわるように走り、ただひたすら結界装置を抱きしめた。

彼らはいつも、一番若い人間を生かそうとする。
アクマの前じゃ、チビもデブも、ガキもジジイもおんなじだ。俺達探索部隊は平等だ。
口ではそう言うくせに、いざ場面に遭遇すると、必ず一番若いものを逃がす。「またこのパターンだヨ……」 勘弁してくれ、と言ってやりたい。昔はただそれに従った。ただごろごろと逃げまわった。けれども違う。今は違う。若いと言っても、自身とかれらは、2つや3つの差に違いない。だというのに、こっちの都合も無視して、彼らは意見を押し付ける。

『おいガキ、ちゃんとこっちの指示が聞こえてるか!』 声を押しとどめるように叫ばれた言葉に、肩をすくめた。「いやーだネ」 こっちの声が、あっちに聞こえる訳がない。けれどもべろっと舌を出して、わざと反抗的な声を出す。「いつまでも、ガキじゃないってんだ」

は即座に屋根に登る。他の探索部隊達は、今は逃げるべきではないと息をひそめ、家内に潜伏している最中だろう。そんな中、わざと大仰な音を立てて片手にでかい機械を抱えながら登ったものだから、一斉にアクマがこちらを向いた。ぎょろりと視線を向けられた視線に、ワオ、と口の中を笑わせた。かちかちと口の中が情けない音を立てる。ちびってないのが奇跡だネ、と自分でもわざとらしくひょうきんに考えてみた。


「ヤアヤア! あんた達が好きな人間はここにいるぜ! けれども残念ながら、あんたらに比べたら、俺はどうにもちびっこいしすばしっこい。ちゃっちゃとくっついて来てくんなきゃ、見失っちまうヨ!!」

叫ぶだけ叫んで、力の限り駆け抜けた。!! あっちにも声が聞こえたのか、耳元でじんじん叫ぶ声に、鼓膜が震える。はは、とは笑った。
振り返ることはしない。そんなことをしても意味がない。ただスピードが落ちるだけだ。怖い。どこにやつがいるのかわからない。心底怖い。けれどもは駆け抜けた。壁に突き刺さるアクマのウィルスを確認して、ちゃんとくっついてきてくれているみたいだネ、と少しホッとした。けれどもブルリと体が震えた。矛盾してる。


隊長の言葉は正しい。一人よりも、二人の方が生存率が上がる。本部により正しい情報を伝えることができる。けれどもそれだけだ。既にイノセンスを発見したことは、本部にこっちから連絡を送っているし、アクマの襲来に関しても同じだ。トマはただ、状況を正確に伝えるためと、よりスムーズにすすめるための案内係というだけで、放っておいても、エクソシストの誰やらが来ることは既に決定事項である。

だったら、今自身がすべきことは何か。
一つでも多くのアクマを結界に封じ、一秒でも長くイノセンスを保護すること。イノセンスの保護は俺の仕事じゃない。けれどもアクマの引き止めは、残念ながらこっちの仕事だ。何にも間違ったことはしていない。一匹でも多く、がアクマを引き寄せれば、あっちはあっちで結界を起動させることができる。

はは、と笑えた。
奥歯がガチガチとなっていた。(そろそろ俺、サイコロミスっちゃったカナー?) コーヒーを片手に持つ、ベレー帽の室長を思い出して、失笑した。

ガラガラと目の前の屋根が崩れ落ちる。
は勢い良くそれを飛び越え、意味がないとわかりつつも、掴んだ破片を後ろのアクマにあてずっぽうに投げ捨てた。ガツンッ、と何かにぶつかる音がする。どうやらヒットしたらしい。気分だけは爽快した。一瞬だけだけど。

電波の通りが悪いのか、イヤホンの音も、よくよく聞こえなくなってきた。
ざわざわと、ポケットの中で騒ぐ音がする。     こっち!
足を踏み出し、そのまま滑らせ、顔面からずっこけた。狙われたそこを、またポケットの何かが叫んでいる。転がりながら、弾を避け続ける。

自身がここまで生き残ってこれた理由は、ただ若いから。優先的に、他人の命を背負わされた。けれどもそれだけではないと知っていた。種が叫んでいる。塀で覆われた街の中に、植物は少ないけれど、彼らがざわざわと揺れている。
     こっち!

繰り返された三度目は、正直ではない。結界装置を抱え、木の幹を盾にするように、は生き残った。「……ごめん……っ!」



また再び、イヤホンが叫びだす。はそれを投げ捨てようと、耳から引きぬいた。けれどもと眉を顰めて、ポケットの中につっこんだ。
死なない。自分は死なない。死んでたまるか。生き残る。
(死んで、たまるかってんヨ……!)

そのとき正面切って、アクマを見つめた。数は一つ。一つだけだ。なんてこった。一つしかこっちに持ってくることができなかった。
かくかくかく、とアクマは首を傾げて、また戻して反対に傾げる。奇妙に無表情な顔だった。は反対に笑った。笑ってやった。「クソがッ!」 そしてわざとらしく汚いセリフを吐き、中指を立てた。気のせいだろうか。ニカリ、と僅かにアクマは口元を緩めた。瞬間、彼の目の前に弾頭が発射された。





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2012.02.18