『アアアアアアッ!!!! アッ、ぎゃ、くそ、逃げ……ッ』
また、悲鳴が聞こえた。
くずれたノイズが耳に響く。息を深く飲みんだ。レンガの壁にもたれかかり、イヤホンを耳から引き抜く。ついでに手のひらから投げ捨てた。もうなんの意味もない。「なんで、毎回こーなんのかネェ……」 わかんねぇなあ、とはぐしゃぐしゃに髪をいじる。探索部隊のローブは、とっくの昔にぼろぼろだ。
隊長は死んだ。
おそらく、他の者達も。
ずりずりと音を立てて背を壁にこすりつけ、長い溜息をついた。(いや、イノセンスの保護に向かった奴らは、まだ生きてるかもネ) そうじゃないと、あいつらは犬死だ。
ポケットから取り出した干し肉をかじりながら、一体誰が使っていたかも分からない、妙に息苦しい地下通路にて、伸ばした足を折り曲げた。
が地下に転がり落ちてからすでに二日が経過した
死んだと思った。目の前で発射されたアクマのウィルスに、ぞくりと全身の毛が逆立った。生まれてからこのかたの走馬灯を一瞬にまわしたはずなのだが、“運よく”崩れた木の根に巻き込まれ、は地下に落とされた。おそらく、直前にアクマのウィルスを撃たれたことにより消滅した木々は、この街の地下深くに根付いていたのだろう。
崩れたバランスと共に落っこちたその先は、はたまた運がいいことにも砂地のクッションにまみれていた。落ちた穴からアクマはにゅっと顔をのぞかせた。はすぐさまに動きづらい足元をばたつかせ、アクマから逃げ通した。そうしたことを、彼は恥じた。
もっとギリギリまでひきつけてやるべきだった。ただ恐ろしくて、勝手に足が動いていた。
ちくしょう、と壁を蹴り飛ばした。慌てて天井を見上げたが、落っこちてくる様子もない。古いくせに頑丈でよかった、なんてため息をついて、また勝手な感情で動いた自身が情けなかった。
細かい怪我の治療を終了し、は地下の探索を行った。地上に上がる道はてんで見当がつかなかったが、おそらくここは先に二手にわかれた探索部隊達の行き先である。とにかく一端、そちらの合流に専念することにした。
先に彼らが残した目印を指でこすりながら、彼は歩いた。けれども、どうにも物事は簡単に進まないものらしい。
ポケットの中の種をぱらぱらと無意味にばらまき、ときどき塩っ辛い肉をかじる。ぴくり、とは種を撒く手を止めた。振り返る。おいおい。(…………追ってきてるみたいだねぇ) でかい体にゃ、ここはちょっと辛いんじゃァないかネ? と負け惜しみのように呟いた。そしてバカみたいに突っ立ったまま、長い時間をかけて息を吐き出した。とぎれとぎれに千切れる息に、口元をひきつらせて、バチリと頬をぶったたく。
瞳を瞑った。耳元のイヤホンからは、仲間の声が聞こえる。こちらの声は、彼らには届かない。けれども、それだけでも救われた気分になった。
背中の空気が、ぞくぞくと震えている。ゆっくりと瞳を閉じて、逃げようとする足をふんじばるように地面にたたきつけた。指が震える。まだだ、と肩をいからせる。(10、9、8、7……) 心臓の音が、少しずつ消えていく。(……3、2、1) パッと瞳を見開いた。「ゼロォッ!!!!」 わざとでかい足音と声を出して、は駆けた。アクマはこっちについて来ている。目の端で見咎めた探索部隊の矢印とは反対方向にずんずん進む。こっちの道は一人っきりだ。ンなもんとっくにわかってる。
(イノセンスの元にゃ、向かわせないヨ)
エクソシストしか、やつらを倒すことはできない。
だったら、彼らが到着するまで待つしかない。
(“可愛い”鬼ごっこに付き合ってやるサ……!)
知らせを受けたエクソシストが、この街にたどり着くまで、どれだけ少なく見積もっても3日。捕まっても、逃げ切ってもいけない。バカみたいな時間稼ぎだ。つかず離れず、アクマをこちらに誘導する。
(こりゃやってらんないネ) はは、と笑った。本当に馬鹿らしい。けれども。(これが、探索部隊だ)
馬鹿臭く、軽い命をかけて、俺達は走り続けてる訳だ。
***
「そいでみんな、死んじまったと」
ホント軽いネ、とは投げ捨てたイヤホンを拳で叩いた。ぐしゃり、と小さな機械は崩れ落ちる。おそらく死ぬだろう。そう思った自分が生きて、あっちが死ぬ。毎度重なる偶然に歯噛みした。けれども現実は変わらない。腹の虫も存在を主張している。
まだ1日残っている。まだ少しばかり、生き長らえなければいけない。けれども、こうして自分がアクマと鬼ごっこを続けている間に、本当はとっくの昔に仲間は全滅していて、イノセンスもやつらに奪われ、自分はなんの意味もない行為を続けているのかもしれない。「なんて、考えるだけ無駄だよね」 確かめようがないネガティブな思考はしないに限る。
生きてる
彼らは生きてる。
なんてったって、俺が生きてるんだ。だったらあと一人くらい、どっかで同じようなバカがあがいてたっておかしくない。
「さーて」 そろそろ休戦シューリョーって感じカナ? と残りの肉を口に含んだ。水はボトルのキャップ1つ分を、唇を湿らす程度にぺろりと舐める。「こっちデスよぉー、なんつって」 ぱんぱん、とは手のひらを幾度か叩いた。ついでにパラパラと種をばらまく。「水はやれなくって、申し訳ないんだけどサ」 丁度地下だし湿ってるし、結構いいカンジじゃない? なんて。
からからと呟く彼の足元に、ゆっくりと小さな芽が飛び出した。
ぎゅるりとうごめく小粒の葉を、はぽんと飛び越えた。
***
「考えなしの、底なしのバカってか」
相手にするのもめんどくせぇな、と彼は小さく舌打ちした。アレン。名前は聞いた。でも忘れた。死なれるのは結構だが、死ぬなら勝手に消えて欲しい。神田の舌打ちに、“イノセンス”とその拾い子がぎくりと震える。別に、お前ら相手じゃねえ、といちいち訂正する優しさはない、と言いたいところだが、多少の同情心はある。
(イノセンスが、人形だなんてな……)
しかも自律できるとは、どうにも面倒くさい。かつん、かつん、と地下への道を歩いて行く。マテールの亡霊。なんとも辛気臭い、ついでに胡散臭いネーミングだ。しかしながら、残念なことにも今回は見事は当たりクジだったという訳だが。探索部隊は、おそらく全員死亡した。どうせ替えがきくのだから、探索部隊の一人や二人、いなくなろうとも知ったことではないが、ポクポク死んでいくというのも考えものである。
(根性がねぇやつらだ)
元々、探索部隊の寿命は短い。簡単に顔が変わるから、名前も顔も知らない。大方、一人を除いては。
へらへら、と頭の中で手のひらを振る、性根の緩い男を思い出して、舌打ちした。そうすると、また背後の女が震えた。お前じゃねえよ、と言葉を発する代わりに、苛ついた口調で問いかける。「おい、いつまで地下にもぐればいい。あとどれくらいだ」「えっと、もう少し行った方が、安全……だと思う」 少女の問いかけにイノセンスは鷹揚に頷いた。思わず、神田は鼻白んだ。
(…………道は、イノセンスしか知らねぇって言ったはずなんだがな)
おそらく、あの女も理解している。だったらでかい人形など用済みだ。邪魔になるだけである。さっさと心臓部分のイノセンスをひきぬいて、持ち運びに便利にしたいものだが。
グゾル、グゾル、大丈夫? と何度も呼びかける少女を振り返り、神田はため息をついた。同情ではない。もしそれがあったとしても、自分はあのモヤシのように、勝手に感情で動くバカではない。
(女に抵抗されたら面倒だ)
下手に騒がれでもしたら、アクマにこっちの居場所を知らせるようなものである。
だったら勝手に動いてくれる分、人形の方がマシだと判断するしかない。
もうしばらくすれば、案内代わりに飛ばしたコウモリ型のゴーレムを追って、トマがこちらに追いつくはずだ。そうすれば、アクマの能力を割り出すことができる。
「…………なにこれ……」
ふと、少女がうめいた。幾本もの大樹がからまり、目の前の通路を閉じている。これだけ古い地下通路だ。損傷などいくらあってもおかしくない。どこからか勝手に種が入り込み、長い時間をかけて育ったのだろう。「…………?」 腹のあたりに違和感があった。何かある。そうピンとくるとき、妙に腹が重くなる。六幻を持つ手に意識を向ける。そして気づいた。
木々の中に、アクマが無理やりにねじこまれていた。
「なんだ、これは……」
地下通路を突き破り、複雑に絡み合うどでかい樹木の中心に、ガクリと首をかしげたアクマがぎゅうぎゅうに押し込まれている。アクマがこちらを認識し、弾丸を向ける前に、神田は抜刀した。飛び散る体液をぬぐいながら、その奇妙な光景に眉を顰めた。「どういうことだ……?」 数百年前に出来たであろう木々の中に、アクマが眠っていた。(んな訳ねぇ) そんなにも早く、この街がアクマに目をつけられていたのだとしたら、今の今までイノセンスが奪われてはいない理由がわからない。
「…………おい、行くぞ」
「え、あ、うん……。グゾル、歩ける?」
こくり、とイノセンスが頷く。少女とイノセンスを運びながら、神田は振り向く。
(念のため、こいつも帰ったら報告すべきか) はらはらと、死骸の上で、静かに緑の葉が揺れていた。
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2012/07/12
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