「ヤァ、怪我の調子はどうだい?」
ひらひらとこちらに手を振る探索部隊の男に、アレンはきょとりと瞳を見開いた。
「あ、あの、えっと」
「。・。探索部隊のオニーサンだヨー」
「あ、いやそれは知ってます」
地下に落ちたアレンたちを、ずるずると引きずる彼の姿は、薄暗い視界の中でわずかに記憶にあった。その上、彼は探索部隊の服を着ている。自身の黒とは対称的に、すっぽりと白いフードをかぶった青年は、口元をへらつかせた。さん、と幾度かトマが彼に声をかけていた。ひどく猫背の男であるとアレンは彼を記憶していた。
「僕はアレン・ウォーカーです」
右手を出そうとすると、無理やりに左手を掴まれた。赤い自身の手のひらを、彼は握って、にかりと猫のように笑った。「ヨロシク」「あ、はい」 どこか言葉の抑揚が不思議な人だ。
「それでアレンくん、怪我はどうかな? 君は寄生型だし、ご飯はいっぱい持ってきたけど、食欲はあるかい?」
「え、あ、はい……」
離された左手が、少しだけ奇妙な気がした。「よく知っていますね」「見ればわかるデショ」「いえ、その、食べる量とか」「ああ」 なんてこともなさげに、はどさりと片手に持っていた紙袋を机に置いた。「これでも、一応古株だから」 年の頃はわからない。けれどもおそらく、自身とそう離れているわけではないだろう。アレンは左手の親指と人差し指をこすりあわせた。
「くじ運がいいからね。無駄に生き残っちゃうのサ」
ぱちりとこちらに見せたウィンクに、少しだけ脱力した。妙に態度が軽い探索部隊だ。不愉快は感じなかった。ただ、そんな人間もいるのかと意外には思った。
(神田と会話できる人がいるのか)
それもまた意外だった。ヤァヤァ、とは楽しげに神田に話しかけ、すげない返事を返されるばかりだったが、それもどこか嬉しそうで、こちらの視線に気づけば、彼はまた片手をひらつかせた。(黒の教団)
まだ自分には、その場所がよくわからない。
白のコートをはたつかせる青年は、ポケットに手を入れてよどんだ空を見上げていた。それからちらりと振り返った。「ああ、アレン」 へらついた顔は、どこか遠い。「マテールに行くつもりだったんだ。そっちもかい?」「ええ。きみもララの元に?」 ララとは、終わりを待つイノセンスの名だ。彼はわずかに苦笑した。
「違うヨ。俺は仲間のところに。死体を拾わなきゃいけないしね」
多くの人間が死んだ。
自身が到着したとき、すでに探索部隊たちは消えていた。イノセンスを守り、踏み潰され、崩れた死体が散らばっていた。(人は人であるのに) 自身は、彼らを知らない。探索部隊が消えた。ただその事実でしか辺りには転がらない。ごろごろと消えていく。アクマはすべてを奪いつくす。「だったら僕も手伝わせてください」「いいよ。これも仕事のうちだし。死体は、全部ホームに持ち帰るのが掟だ。ウィルスに侵されても服は残る。誰が消えたかの確認もせにゃならんからね。それにトマも手伝ってくれるし」
そっちにはそっちで、また用事があるんデショ? と口の端をあげながら、は片手でずれるフードを掴んだ。彼の表情は伺えない。
「残ったバカが始末する。それが俺たちの決まりごとサ」
そう声を落として、は彼らをひろった。布の中にわずかに残った彼らの断片を、後生大事に持ち帰った。ソイジャア、俺はお先に戻らせてもらうぜ、とへらつく彼は、仲間の死体を包み込んで、消えていった。
どこかひどく、胸がざわついた。
***
のは、彼と再会するまでのことだった。
どっかのコムリンとかいうどっかの室長が作った迷惑な機械の暴走は解決したものの、ボロボロに壊れた教団が勝手に直ってくれるわけではない。ヤッテランネェ室長ホロベの言葉を合図に、とんとんカチカチ、トンカチを振り回す教団員達の中に、見覚えのある青年の姿があった。
「ネェネェやっばくない!? 俺超やっばくない!? 俺ってば釘打ちの天才かもしれないヨォ、リーバー班長ゥ!」
「はいはいすごいな、手を動かせ」
「あのサァ、班長、ものは相談なんだけどネ、ここら一体を僕の友達用のお部屋に改造しちゃうってのはどうだろう?」
「お前の植物バカは知らん。人間のお友達の方が重要だから却下だ」
「俺の中で、人間も植物も同列だよォ!?」
「知るかバカ!」
「あ、アレン。アレンの部屋はだいたい修理終わったからねー」
部屋で寝るくらいのことならできると思うよ、と大きな瓶底メガネのくせ毛の青年に、アレンはぺこりと頭を下げた。「あ、ありがとうございますジョニー。……それで、あれは……」 視線を逸らせば、猫背の探索部隊と科学班の責任者がお互い板とトンカチを持ちながら、ギャースカ言い争いをしている。
「ああ、? そういやアレン、と任務が一緒だったっけ」
あいつの植物バカったら有名だからね、とくすくす面白げに笑うジョニーに、「はあ……」と頬をひっかいた。
なにかこう、持っていたイメージと違う気が。「植物バカ……ですか?」「そうそう、植物の声が聞こえるとかなんとかで」「はあ……」 それはどうなのだろう、と天井を見つめてみた。
「イノセンス、とかそういうものではなく?」
「それはないない! 団員のチェックは全員分すませてあるから。あれはただの思いこみだよ」
もしくはちょっとしたジョークかな、と肩をすくめる様が、アメリカ人らしい。「ジョークねぇ」 思い込みというのは、少し言い過ぎなような気もするが。まあそういうこともあるんだろうともう一度彼に目をむけたとき、ぴゃっとは勢い良く立ち上がった。落っこちた金槌を、慌ててリーバーが受け止める。
「うおーい! リナリーちゃーんっ! リナリーちゃーんっ! ヒッサリブリだねーッ!?」
やあやあ、やあやあ! と背後のリーバーの文句にも目もくれず、ツインテールの少女に力いっぱい両手を振っている。手を振られた彼女はと言えば、困り気味の顔で笑っていた。「…………あれは……」「まあその、リナリーバカでも、結構有名かな?」 室長ほどじゃないけど、とずれたメガネをジョニーは直した。
すぐさま背後からリーバーに飛びつかれ、ずるずると職務に引きずられる彼を見つつ、やっぱりなんだかよくわからない人間だとアレンは自身の白髪をひっかいた。(まあ)
(よくわからないって言えば、僕もそうに違いないけど)
人間、色々いるというお話だ。
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2013/02/11
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