Cultus




「女神様、買い出しは終わったかい?」

そんな声をかけられて、は顔を歪ませながら振り向いた。「なんだい、その女神様ってのは」 どっからどう見ても俺は男だと思うんだがネ? とぺたりと胸に手のひらを置いて、明るい髪色のその男にため息をついた。今回の任務にてペアになったその探索部隊は、これが初めてというわけではない。幾度か任務をこなし、知らぬ仲というわけではないはずなのだが。


「何いってんだ。7回めに出会ったんだろ? 探索部隊の中じゃもちきりだよ。さすが女神、また運を引き寄せたってね」
「せめて普通の神様じゃいけないのカナ?」
「幸運の神って言えば、女神様じゃないのか?」


男の場合、どう言えばいいんだろうな、と自分自身不思議に思い始めたらしい。ぽりぽりと顎をひっかいて考えこむ大柄な男に、はまたため息をついて、苦笑した。「んなコトどーだっていーと思うけどネェ。キルク、ばかなこと言ってないで、そのせっかくのでかい図体を活躍させるべく、俺の荷物を半分持ってくれないカイ?」

今回の任務、人が多くて食い物もバカみてーに多いのさ、と白い歯を見せると、キルクはきょとんと瞳を大きくさせた。縦にも横にも大きな体つきなくせに、反応はどこか子どものようだ。
でかい指をパーで広げて、「そりゃあすまなかった!」とキルクは野太い声をあげて笑った。は吹き出すように笑って、彼に荷物を預けた。


、思うんだが、お前が女神様じゃないんなら、お前に女神様がついてるんじゃないかな?」
重い袋を軽い動作で持ち上げながらの彼の言葉に、はちらりと視線を上げて確認した。楽しげに走り回る子どもが一人、彼の足元を通り過ぎた。「おっと。危ないな」「7回だ、もう、お前はもう7回も遭遇してる。ついでに一人生き残った」

こりゃあ本当に神様でもついてなきゃムリな話だ、と野太い声を響かせるキルクに、「さあねぇ」とは首元をかく。神の使徒なら、知り合いにあふれているが。「そうだったら嬉しいんだけどな。きっと食料の買い出しを押し付けられるってはめにもならないだろうし」 ガハハ、とキルクは熊のように腹を抱えた。


「だったら、なんでお前だけがアレと出会うんだろうな」

一応、ここは街中だ。押さえた言葉の向こう側にある意味くらいすぐわかる。言われなれた質問だとは重たいフードをひっぱった。「あのサ、言っとくけど、俺はあそこにいる時間が長いんだ。10年近くこんなことを繰り返してりゃ、はずれにひっぱられる回数も多くなるし、当たりをひく確率だって増えるだろ?」 だからそうまで不思議な話じゃないんだヨ、なんて肩をすくめるセリフは言い飽きた。

自分自身、ある程度説得力のあるセリフだと自負しているのだが、「そうかなあ、そうか、まあ、そうかなあ」 キルクはもごもごと口を動かした。袋を抱えたまま、はとすとすレンガに足を落として進んでいく。さっさと帰らねば、このノロマなクズ野郎とリーダーにどやされるのが目に見えている。

「キルク、迎えに来てくれたんだろ。気を使わせちまって悪いね。あんたも巻き添えにゃ申し訳ない。さっさと進むヨ」
「なあ、やっぱり俺は思うんだがな」
「人の話をきかない子だネ」

おしゃべりの口を落とすことは、彼にとっては難しいらしい。
「それでもやっぱり、お前は女神がついてるよ。俺たち人間がアレと出会えば、大抵おっちぬ。でもお前は生き残ってる」
「ただ逃げ足が速い臆病者ってだけなんだけどな」
「まあ聞けよ。そんなことはねぇよ。うん、お前はすごい。きっとお前は、いつかまた当たりをひく」

フンッと鼻息を荒くして、興奮したように口元を引き結ぶその男を、は見上げた。さあネェ、とどっちつかずな返事をする程度しか、自身にはできない。「もしかしたら、お前なら、あの千年伯爵にも     イタッ」「キルク、そりゃタブーだ。ここはどこだい?」 彼の足を蹴り飛ばした。

わりぃわりぃ、とキルクは首をかしげて肩をすくめた。周りを見れば、品のいい老夫婦が仲が良さげに手を取り合って歩いている。微笑ましいことだ。「まあ、それにも出会うかもしんねーなって思っただけだ」「まさか」 そこまで引き運はよくないつもりだよ、なんて適当な言葉を並べた。

「ああ、だったら今回の任務もそうなのか? もしかすると、俺は今日で死んじまうかも」
「あのねえ。7回だ。10年で7回。そんなにホイホイ出会ってたまるかっての。だいたいキミとは何度も任務をしたじゃないか」
「そうか。だったら今回は安全だな。おっと、今のは残念がったセリフだぞ。臆病者のつぶやきじゃない」
「はいはい」
「ついでにお前のそばにいりゃ死なないな。よしよし、安全だ。ん? 違うぞ今のは」
「残念がったセリフなんダロ」

残念だねえ、とけらけら笑う、二人の青年の隣を、ひょいと小さな子どもが取り過ぎた。「オット」 危ないネ、と二度目のセリフをはくと、今度の少年は、いくらか礼儀が正しいらしい。目の下に青白い隈をつけたその少年は、口元のマスクをなおしながら、「ごめんなさい」ぺこりと軽く頭を下げた。
「ん? イーヨ。気にしないで」
でもあんまり走っちゃ危ないネ、と笑うは笑った。すると少年はこくりと頷いた。素直な子だ。今度は必要以上に歩みを遅くて、てとてとと保護者の元に向かうその子どもを、とキルクは瞳を見合わせて、きゅっと緩めた。

向こうには、もじゃもじゃ頭で瓶底眼鏡の青年がいる。子どもの手を取りながら、くしゃくしゃと頭を撫でている彼は、子どもの親か、それとも兄だろうか。(瓶底……) うちの科学班にいるやつと、ちょっと似ている。ぷす、と吹き出した笑いを慌てては押し込んだ。

?」
「うんにゃ、そいじゃー行くヨー。今回のリーダーは怒りっぽい人だからネ! 気をつけないとネ!」
「そりゃがふらふらへらへらしてるからで」
「まったく腹が減ったネ! 早く帰りたいネ! これは自然の摂理だから仕方がないネ! ところで俺は自然という言葉はとても好きだヨ!」
「それはどうでもいいんだが」

お前ったら、楽しそうでいいなぁ、と笑いながら荷を抱えるキルクの手は分厚くて、頼りがいがあった。
ひ弱そうだが大丈夫か? 彼がに声をかけてきた、一番初めのセリフはこれだ。まったくもって余計なお世話だ。せめて背中を丸めるな、とばちんと彼の背を叩いた大きな手のひらを、今、は強く握りしめている。ぶらさがる腕の向こう側には何もない。


彼の体は、もうどこにもない。





BACK TOP NEXT

2013/02/15