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彼を正しく理解している人間は少ない。
「 こちらC班、応答願うッ! 応答しろッ!」
耳元に引っ掛けたチンケなアクセサリーには叫んだ。アクマの弾頭には毎度腹の底が冷える。やっとのことで息をついて、叩きつけた返事のノイズ音に、舌を打った。「クソの役にも立ちゃしねェ!」 いらつきは判断力を低下させる。その程度、いくらなりとて理解している。すぐさまイヤホンを抜き取り、踏みつぶした。
「、お前何してんだ!」
「キルク、お前もさっさとそいつを壊せ! アクマの中にゃ、電波が好きなバカ野朗も多いのさ!」
位置が探られる、と早口に述べた彼の言葉に、キルクは深く眉を顰めた。そうして即座に彼に倣い、拳でマイクを叩き割る。ひしゃげた音だ。「ハッ……!」 なぜだか笑い出してやりたくなる。状況確認だ、と腹の底から声を震わせ、は瓦礫に身を隠した。「アクマレベル1多数、レベル2も少々。結界装置はぶっ壊れタ。リーダー死亡、隊員死亡」「最悪だな!」 泣ける言葉だ。キルクは笑った。「そんな中で、俺らは生きてる!」
ラッキーボーイ! と彼はでかい片手での背中をぶっ叩いた。明るい声だ。勢いづいて、崩れた岩に頭をぶつけた。
「テメェ、キルク……」
「考えてもみろ。この状況だ。不運、不運にアンラッキー。同じテントにつめてたやつらは可哀想に、一瞬だった。でもお前と俺は違う。たまたま瓦礫がジャマしてにげきれた。たまたま、奴らが少ねぇ方へと尻尾を巻けた。ラッキー続きだ。俺一人なら死んでたね。でもお前がいる。女神様がついてるぜ」
「そのネタは聞き飽きたヨ」
マジモンの神様ってんなら、もうちょい生きやすい世の中を作ることに専念してもらいたいもんだ、なんて愚痴を吐いたところで仕方がない。「悪いが、お前が期待するような上手い話はどこにもないぜ。俺はとさかを担いで生きてるチキンなもんで、逃げ足だけは速いんだヨ」 期待をされるようなものは何もない。キルクは太い首を沈めながら肩をすくめた。「そんならそのチキンを見せつけてくれ」「アイヨ、相棒」
イヤホンを耳から抜いた分、周りの音に敏くなる。やつらが近づけば、“ココ”でわかる。頭でわかる、胸でわかる。ギンギンと殺気に溢れた戦場の中で、ぽっかり空いた空間がじわじわとこっちに近づいてくる。「……、なにやってんだ?」「装填」 腰のベルトにおざなりにつっこんでおいた拳銃からシリンダーを引きぬいた。ポケットの中からじゃらじゃらと取り出した弾を詰め込む。
「……いや、なんでそんなもんもってんだよ?」
「遺体からかっぱらうのは得意なのサ。こういう遠出になるとき、隊長は所持を許可されるダロ?」
「だが発泡の許可がない」
「出すべき隊長様はお亡くなりだ。判断は常に繰り上がりサ」
「なるほどな」
あるのはちっぽけな銃一つだ。こんなものが、アクマに通じるわけがない。そんなのとっくに理解している。はすぐさまポケットにある種を確認した。息を吸い込む。マズルの背に額を置いて、長く息を吐き出した。「替わるか?」 キルクの言葉に、は吐き捨てるように笑った。
「ジョーダン。キミよか俺の方が上手い」
「どっからくる自信だ。このガキめ」
「探索部隊歴はこっちの方が上サ。囮は任せる」
「あいよ先輩」
「俺の合図で飛び出してくれ」
グッとキルクは指を立てると同時に白いコートを脱ぎ去った。空間が広がる。じわじわとこちらを侵食する。体の中で、でかい音が響いていた。震える指を押し留めれば、今度は腕と足が震えはじめた。(キチン・ボーイ) 最初の任務でのアダ名だ。アジア人ばかりの言葉も通じない奴らの中につっこまれて、出てくる鼻水を我慢したスラムの子どものような顔つきをした自身を、彼らは笑ってそう呼んだ。(チキン・ボーイ) 今もそれは変わらない。図体ばかりがでかくなっても、曲がった背中でへらついている。
わずかに震えが収まった。抜け出しそうになる腰は、まだ動く。崩れた鉄鋼が、地面にぶっささった。「行け!!」
アクマの眼前に、キルクは飛び出した。
風船のように膨らんだ体の真ん中に、ぬたりとした白い顔がはりつく。ぐるぐると回る眼球が、カチリとネジのとんだ時計のように動きを止めた。「はじめまして」 キルクは笑った。ついでに片手を振ってやった。にかりとアクマは笑った。嬉しげに体を動かして、力いっぱい呼吸する。弾頭を発射する。それが合図だ。勢い良く銃のケツをぶっ叩いた。一発、二発、三発、四発。「キルク、伏せろ!」 の声とともに、彼はコートを頭にかぶせた。
砂煙の中で、自身の弾を暴発させたアクマが、うじうじと体の中身を出しながら地面にのたうちまわっている。「こりゃすげぇ」 キルクに向けて発射されたアクマの銃口に向け、は銃を撃ち込んだ。キルクは震えたようにどでかい声をあげた。 「おいラッキーだ、やっぱりお前はラッキー・ボーイだ!」「そんならいいケド。さっさと逃げるぞ!」
まだ結界装置が残っているチームは残っているはずだ。近くにはエクソシストが数人いる。そこまで逃げれば、あとはなんとかなるに違いない。は銃弾を確認した。命を任せるには、心もとない数だ。ついでに、さっきの曲芸のようなマネが、何度もできるわけがない。さきほどのアクマも、体の回復が追いつけば、さっさとこちらにやってくるだろう。ただの人間である自分たちが、アクマを倒せる訳もない。
「、おい、俺、ふと思ったんだが!」
「なんだいキルク、おしゃべりの口は落とした方が身のためダヨ!」
「人生最後かもしれんおしゃべりだ! 存分にしゃべらせてくれないか!」
「そいつを最後にしたくないから、静かにしろって言ってるんだけどネ」
ジャマにならない程度に好きなだけ、とは砕けた家の残骸に足をかけた。下手に道を走るよりも、こちらで身を隠しながらの方が賢い。あいつらは出会えば最期だ。とにかく、姿を隠してこちらを見失ってくれるのを待つしかない。「お前、エクソシストなんじゃないか?」 キルクは興奮した様子で柱に手をかけた。は無言でそれをよじ登る。
「やっぱりな、おかしいと思うんだ。お前にばっかり幸運が集まる。さっきのアクマだってそうだ。よく弾がでるタイミングがわかったよ、銃を持ってたことだってそうだ」
「練習で習わなかったカイ? 大抵のレベル1のアクマは個性がないよ。どこのどいつも似たような仕草だ。なれりゃあ何をしたいかなんてすぐわかる。銃は言ったろ、死にかけることが多いんでネ。最初っから確認済みだ」
「そんなこと言って。ホントはそうなんだろ? お前は探索部隊のくせに、ほんとはひっそりエクソシストで俺たちを影で助けてた。どうだ?」
「イイネ。三文芝居の映画みたいでワクワクする。……残念ながら、お前と同じで適正チェックは受けてるヨ。だいたい、俺がエクソシストだったとして、イノセンスはなんなんダイ?」
屋根を滑り降りながらのの言葉に、キルクは眉を顰めた。でかい体をジャンプさせて、地面に大きな足跡をつける。「……ラッキー?」「バカかい」 だよな、とキルクは失笑した。冗談半分の言葉だったらしい。
「まあいいや。俺はお前がいるなら死ぬ気がしねえよ。今日も元気に生き残れそうだ」
「そりゃいいことだ」
とキルクは抜け目なく辺りを見回した。アクマはいない。身をひそめながら、ため息をついた。「せめて無線が使えりゃな」
「銃の一発でも空に送って合図するカイ?」
「それは最後の最後にとっておこう」
キルクは楽しげに笑った。も口元を緩ませ、ポケットの種を撒き散らす。「……それ、一体なにしてるんだ?」「ただのお守りだよ」「アルシィーズの家の奇妙な癖か」「パパとママには申し訳ないが、そういうことにしておこう」 ブッとキルクは吹き出した。
「まあお前の家庭事情はどうでもいいが」
キルクは懐から取り出した地図を湿った地面に広げた。くしゃくしゃに折れ曲がったそれに指を這わせる。わかりやすい記号はどこにもないただの地図だ。知能があるアクマに情報を渡さぬためにと、作戦はすべて探索部隊の頭の中に叩き込まれる。キルクは太い指でバツ印をなぞった。「エクソシストたちはここにいる。今俺たちがいるのはここだ」「まだ希望を見いだせる距離だ」 にかりと返事代わりにキルクは口の端をあげた。
「こっちの方角で間違いないな。体力がつきるまで突っ走るぞ。お前がへたれば背負ってるから安心しろ。はチビだからな」
「俺がチビじゃなくて、そっちがバカでかいの間違いだと思うケドネ」
もしそうなりゃ、お言葉に甘えてやろうかな、と男同士、こそこそ秘密基地を探るみたいに彼らは笑った。ばちん、と両手をあわせる。キルクの瞳が、きらりと輝いていた。腹の底から鳴り響く音は、今はない。彼の手を強く握った。でかい手だ。頼もしくもある。「……、なんだそれ?」 ぽとりと、キルクは一つ、マヌケな声を落とした。「ウン?」
でかい木々が、頭の上を覆っていた。うねるように幹を組み合わせ、がさがさと枝がこすれる音がする。「こりゃ、なんだ……?」 先程までは、何もなかった。崩れた家のどまんなかを、太い幹が貫いている。いや違う、今も膨れ上がり、蠢いている。「あ」 ぱくりとキルクは瞳を広げた。揺れる枝の間から、ニュッとアクマが顔を見せた。「あぎゃ」 キルクはぐちゃりと体を潰した。
ただ腕のみが、正しい形を保っていた。アクマはキルクを叩き潰した馬鹿でかい腕を元に戻して枝を飛び去り、楽しげにキルクの体の上に落下した。いや、今はただの肉の破片だ。頭を見れば、アクマがのっていた枝が、折れてぶらぶら揺れている。アクマは二本の足で何度も彼の上でダンスして、えぐりとった眼球を幸せ気に手のひらで転がし、小首を傾げた。そうしてやっぱり踏み潰した。きゅるきゅると、アクマはに顔を近付けた。
「お前、エクソシスト?」
慣れない舌っ足らずな子どもみたいに、それは喋った。レベル2だ。は唇を動かした。瞬間、アクマは腹を串刺しにされた。落っこちたのは、ぶらぶらと揺れていた枝だった。
それはアクマの腹を突き抜け、地面に刺さる。ぱくぱくとアクマは金魚のように呼吸を喘いだ。動く度に太い枝がみちみちと腹の奥に食い込む。また枝が落ちた。それはアクマの首筋を突き刺し、たれた舌まで貫いた。
出来の悪いマリオネットのように、ぷらぷらと腕を動かして、アクマは地面に転がり落ちた。「しらねえよ……」
、なんだそれ?
キルクの不思議気な声が聞こえる。
「俺だって、わかんねぇよ……」
・。
彼を正しく理解している人間は少ない。
彼は、
ただの臆病者である。
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2013/02/18
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