Cultus


「ええ、はい、ええ」

首から吊り下げた片腕で、持ちづらそうに首を動かし、青年は頷いた。肩の間に挟んだ黒い受話器を片手で直し、瞳を閉じた。「アグラ地域、探索部隊の半数以上が死亡しました。エクソシスト二名の死亡を確認」 
奇妙な静けさがあった。カザーナ・リド、チャーカー・ラボン。エクソシストの名だ。「残りのエクソシスト一名、スーマン・ダーク。消息不明」 向こう側で、硬い声が響く。適当に彼は頷き続けた。わかりました、と言葉を区切り、受話器を置く。

カチャリと、冷えた音がした。










「だからですね! この人! このひとー!!」

知りませんかー!? だなんて必死に叫んでも、相手が何を言っているのかわからない。アレンが中国大陸に渡り数日、耳に入る言葉は聞き慣れないものばかりだ。元はこちらの出身であるリナリー、国籍不明の知識人のブックマンズ、パンダじじいとにんじん髪の師弟以外     つまりはアレンとクロウリーはさっぱりぷんぷんの言語の中で、無意味やたらな人探しを繰り返していた。

まあ正直なところを言えば、言語の差異など、そこまで気になるわけではない。あのひとでなしの師匠にくっついて、各地を転々としてきたのだ。イエスかノーの差さえわかれば、あとは適当なボディランゲージでまあなんとか、ならない場合もあったりするけど。

これはもう慣れに近い。人探しをするのであれば、手分けして情報を探った方がはやい。似顔絵と、リナリーに書いてもらった文字を抱えながら、アレンは一人、街を歩いた。ちなみにアレンと同じ会話が通じないクロウリーはというと、顎の下に皺をよせてへっぴり腰でぷるぷるしていた。得意は人それぞれということである。

「…………だめだ全然通じてる気がしない」

あのこれこの人を探してるんですけど見たこと無いです? どうなんです? ピコピコリナリーからもらった文字を指さして、眉をたらした。店員はぺらぺらと言葉を話している。わからない。「あのですね」 必死に声をかけてみた。ぺらぺら声が大きくなった。無理だ。「リナリー!」 ととりあえず叫んでみた。助けなんてくるわけない。でも駄目だ。こうなったらラビでもブックマンでも、どっちでもいいから。「誰でも助けてくださーい!」「……今リナリーちゃんってった?」 うっそぉ、どこにいんの? そんな軽いテンションの声が聞こえた。慌てて振り返った。

「ヤァ、アレン。奇遇だネェ!」


ひらひら、とこっちに片手を振って、彼は楽しげに笑っていた。「!?」「イエス!」 左の腕は、首から巻いた包帯に吊り下げられている。覚えてくれて嬉しい限りだ、と八重歯を見せて、猫背の男は笑っていた。



   ***



が中国語を話せてよかったですよ。ボディランゲージだけじゃさすがにちょっと限界を感じてました」

ご飯だったらなんの言葉でも買える自信があるんですがね、と笑う腹ペコモンスターを相手にして、は「アッハ」と吹き出した。「アレンの食い意地は言語を超えるんだねェ」「みたらし団子は世界を超えてくれないので、このところ寂しいんですけどね」 ジェリーさんの料理が懐かしいです、なんて空腹の台詞を口にしながら、彼は大量の肉まんを抱えている。「ああ、でも、これも中々……うん、染みた肉汁が最高です、もいります?」「……アレンを見てて、こっちはもうお腹いっぱいかな」

案外小食なんですね、とあんぐり獲物を頬張る彼を見て、「マーネ」とは肩をすくめた。
「それにしても、探索部隊ってもしかして言語の習得も義務付けられてるんですか?」 助けてほしい、と口にしたアレンに対して、はいはいどうぞ、と軽く頷いたは、アレンには検討もつかない言語で店員と会話を繰り返した。時折あがる笑い声は、一体何を話していたのか疑問に残るが、結局のところ、彼はまったくもって覚えがない、ということだったらしい。骨折り損だ。

そんな遠回しな意外である、というようなアレンの口ぶりに、気にすることなく、はにまりと猫のように楽しげな顔をした。「中にはそんな奴もいるけどネ。俺はたまたまさ。一応、こっちの育ちだからネ」
「……チャイニーズだったんですか?」

だから言葉が、と納得したふうに頷く彼に、「語尾がちぃと独創的なのは、ただの癖だヨ」「す、すみません」 げらげらとは腹をかかえた。

「っていうか、実際のとこ、よくわかんないんだよなァ」 は首を引っ掻いて、一歩踏み出した。小さな子どもが、キャッキャと彼らの間を駆け抜けていく。彼らを目で追いながら、は続けた。「親が探索部隊なんだよ。多分、ふたりとも別の国同士だったと思うんさけどサ、死んじまったのがチビなときだったもんだから、あんまよくわっかんねェ」
「それじゃあ、は生まれついての探索部隊ってことですか」
「うんにゃ。最初はどっか別の街に預けられてたんだけど、いつの間にかこうなってた」

臆病な子ね、と言われていたことをは覚えている。鬼ごっこがあるときには、鬼に見つかりたくなくて、ずっと一人で隠れていた。誰にも追いかけられることなく、暗がりの中で小さくなって、自分の靴の先を見つめていた。「ご両親は、アクマに?」 案外訊く奴だな、と思った。まあ、親なしなんて珍しいことじゃない。もしかすると、アレンもそうなのかもしれない。「らしいネ」 詳しくきいたことはない。


「イタチごっこだよ」
ときどき、はそう思う。誰かが死んで、その誰かの代わりに、別の誰かが入る。「探索部隊になってるやつなんて、みんな同じようなもんサ」 中には金目的のやつもいるかもしれない。まあでも、それはきっと一握りだ。大抵の人間は誰かが誰かの敵をうとうとしていて、気づいたら死んで、新しいやつが入ってくる。イタチごっこだ。けれどもは違う。それをわざわざ口に出すことはないが、はアクマを恨んではいない。しかし好いてもいない。


     は、任務で?」

掘り下げすぎた話題を誤魔化すように、アレンはもきゅりと肉まんを口に入れた。苦労持ちの男だな、とは笑った。「ああ。ちょいと前の任務でドジっちまってさ、この腕じゃ、普通の任務は億劫だろ? だから     いや、あんたらエクソシストならいいか。ちょっと行方不明者を探してるんだヨ」「行方不明?」「スーマン・ダーク」 ひたり、とは言葉を止めた。「知らない?」

アレンは幾度か瞬いた。
「僕は教団に来たばかりですから」
「だったネェ」

そんなら知るわけないか、とあくびを何度か繰り返した。「それにしてもお互い偶然だ。教団以外の、それもこんな異教の地で再会するなんてネ」 俺、結構そういうの好きだよ、とくるくる右腕を動かす。「ああ、僕もそっちと同じようなものです」 自身の師匠であるエクソシストを探しに、と落とそうとした言葉を、ピタリとが右手をつきだしたものだから、押し留めた。「言わなくていい」 難しい顔だ。

「あんたらエクソシストが、忙し気にどっかに出かけてるのは知ってる。でも俺はただの下っ端だ。そういう情報を知る権利はないからネ」

案外、真面目な男であるのかもしれない。未だにこの男はつかめない。これは自身のミスだった。すみません、と頭を下げようとしたとき、「あーっ! リナリーちゃんもいるんだロー!? 会いたいなあー!!!」 このところ、女っ気が失せすぎなんだヨォ! とわしゃわしゃ頭をひっかく姿を見て、アレンはまた肉まんを口に含んだ。コメントに困る。

「そんなに会いたいんだったら一緒に来ます? すぐそこにいますよ」
「君は鬼か!」

まさかそんな返答が来るとは思わなかった。「そういう誘惑的な台詞を言うのはやめてくれヨ! だめだめ! 俺には任務があるからね!」 困るなあ! と言葉のわりにはどこか楽しげな顔だった。よくよく考えれば、彼のそんな仕草はいつものことなのかもしれない、と言い切れるほど、アレンはと出会って長くはない。「そいじゃあネ、もう戻れるだろ? 俺はまだ探す場所があるから」 運があれば、今度会うときにはお互い五体満足で、と縁起が悪く白い歯を見せて、は首をかしげた。

「ええ、
お元気で。
ひらり、と彼の白いコートが揺れた。
     アレンは一度として、彼の怪我の調子を尋ねてはいない。

(腕を怪我している……?)
白い包帯を巻いて、左腕を首から吊り下げている。任務でドジッた。そう彼は言っていた。(その割には) これはただの勘だ。おそらく、気のせいに違いない。「腕を、かばっていなかったような気がする」 人間、どこぞに怪我をすれば、体の動きに違和感がでるものである。

けれども、腕だ。足や他の体ならともかく、そう違和感を得る程度ではないような気がする。なぜだろうか。唐突に、古い過去を思い出した。昔、マナに出会う前、奇妙な自身の左腕を隠そうと、一人で必死に包帯を巻いたことがあった。でも片手で器用に巻くには、彼は幼すぎたし、ひねくれていた。どうでもいいやと放り投げた。(まあ、やっぱり気のせいだ)

お腹が減ったなあ、と両手いっぱいに抱えていたはずの肉まんの味を思い出して、ぐう、と一つ、腹の虫を鳴らした。




   ***




眉を寄せた。腹から息を吐き出す。「クソ……ッ!」 自然と足が速くなった。
     ラッキボーイ


男の声が聞こえる。
死んだ男の声が、聞こえる。



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2013/03/31