| 事は中々順調に、進んでいた。 相変わらずここが何処なのか分からないし、のびのびになっちゃったウサちゃんエプロンも元に戻らないし、やっぱり赤髪さんが何語をしゃべってるのかすら理解できないし、そもそもここまで見事な赤髪ってどうよこれ外人さん当たり前なんですかとか思っちゃうけれども、案外生活は上手くいっていた。 渡される食材が日本のものとなんだか違ってたり(こう、例をあげるならトマトが妙に長細かったり、パンが妙にぼそぼそしてたり)私の好みと赤髪さんの味の好みはまったく違うらしいけれど、取りあえず赤髪さんの「メシ」って言葉の意味は理解できた。 いやいや、私が勝手に「メシ」って思ってるだけで「ご飯」なのかもしれないし「お昼ご飯作って下さるヲホホホホ」とかいってるのかもしれない。でも取りあえず私の懐あたりにガスッ! と食材を突きつける横暴な感じが、「メシ」っぽいので、多分こんなトコだろうなぁ、と思っちゃってる。 いつの間にか慣れてしまった状況に、お決りのウサちゃんのびのびエプロンをつけて、私はさっさとフライパンを動かして、油がぱちっ、と飛び跳ねた。 私だって最初はものすごーく抵抗した。頑張った。『ここ日本ですかぷりーず!』とか慣れない英語を一部もじって使ってみたのにダメだった。くぬぬ。 けれども赤髪さんは首をコクン、と横に倒すだけで、まったくもって伝わっている様子もない。代わりにやっぱり意味不明の言語が私の耳に流れ込んでくるだけだ。昔ラジオをいじくっているとイキナリ流れ出した英語の放送に似ていたけれど、結局何をいっているのか分からない。 こんなんじゃラチがあかねぇ助けてどらえもーん! みたいな感じでお外へ繰り出してみても、金髪碧眼ウフフアハハ何しゃべってんだこの人たちな世界だった。アレだろうか、もしかして私は長崎の出島にでも瞬間移動しちゃったんだろうか。私は九州に行った事がないからなんともいえないんだけど。 途中から、なんだか諦めてきた。しゅっぽしゅっぽと通る機関車らしきものは、トーマスだけで十分ですといいたい。なんだろう、これは。電車じゃない事は、分かる。 警官らしき帽子をかぶった金髪さんに、声を掛けてみても、「what?」としかいってくれない。なにワット? 電球のこと? 何故かすぐに引っ越しをしたがる赤髪さんに、私もなんとなくついて行く事にした。赤髪さんから特になにもいわれないから、問題はないと思う。たぶん。いわれても何かわかんないけど。 歩く町並みは、私が生まれ育った場所とはやっぱり違ってて、レトロといえばこういうものを指すんじゃないだろうか。どこか古びたレンガの街。当たり前だけど、瓦なんてどこにもない。 (もしかして、ここは外国なのかもしれない) ある日ポケッと、私はそんな事を思った。そうかなぁ、そうなのかなぁ、そもそも私、どうやってここに来たんだっけ? 学校でくるんと回ったんだっけ? そしたらこんなトコにいたんだっけ? なんでそんな事になったんだっけ? 家庭科部でその日何作るんだったっけ? ぐるぐる回る私の考えの中で、赤髪さんは特に何もいわず、やっぱり私の胸にドスンと食材を押しつける。「メシ」それだけいって。 もしかしたら私のご飯が気に入ってくれただけかもしれない。けれども、やっぱり、それがなんだか嬉しかった。私はご飯を作る、そんな使命があるんだ! と思える事が、嬉しかった。 うまくやっていけてる。何だかよく分からないけれど、私はこの赤髪さんと、なんとかやっていける。そう思っていたのは私だけだったらしい。 なんだかよく分からないけれど、赤髪さんが、黒髪のおっさんともめていた。机を挟んで、恐ろしい剣幕で、赤髪さんは机をガンッ! とぶち叩く。そうすると黒髪さんも負けじとばかりにがつんっ! ガンッ! がつんっ! ガンッ! がつんっ! いやいやちょっと待って机が壊れちゃう! 時々交わされる早口すぎる単語の間にマネマネ! とかいっているのが聞こえた。マネ? おさるさんのモノマネ? ガンッ! と赤髪さんの大きな拳が、これでもか! といいたいぐらい気持ちよく机にめりこんだ。 何かが折れるような音が聞こえて、四本まっすぐに立っているはずの足が、三本しかない。あああもうこれだめだって赤髪さーん! 「まったまった、すとっぷすとっぷ」 取りあえず赤髪さんの服の後ろを掴んで、ぴーんと引っ張ってみた。引っ張られた赤髪さんが、放せ! といわんばかりに体を揺すったけれど、私はすとっぷー! と連呼して揺すられる体ごと、一緒に体を上下させた。 丁度そのときだった。がつんがつんと叩いてばかりいた黒髪のおっさんが、短い指を私へと向けた。なんかいった。 赤髪さんは、暫く顎をひっかいて、背中に隠れるような体勢になっていた私を、ちらりと見たのだ。取りあえずよく分かんなかったので、ヘラリと笑ってみた。 「ok」 それくらい知ってるよー、な日常生活でも使いそうな単語を、赤髪さんは呟いて、背中にくっついていた私を、無理矢理前へと引っ張り出す。黒髪さんに、腕を掴まれる。 なんだこの状況、一体なんなんだ? と赤髪さんと振り返ってみると、なにやらゆっくりとした口調で、私に呟いた。なんとかなんとかクロスなんとかかんとか。ごめん赤髪さん、クロスしか分かんなかった。 黒髪さんに引っ張られる形で赤髪さんとの距離がほんの少しずつ離れていく。最後には赤髪さんは私へと背中を向けて、どこかへと行ってしまった。 なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。 目の前に、大きな男の人がいた。何度も同じ問いかけを、私へとしてくる。すみません言葉なんて分かりません。といいたいけれど、それをどういえばいいのかすらわかんなかった。 「なんとかかんとか」と延々に続く言葉に、私はもうなんだかよく分からなくなってきて、唯一赤髪さんに教えて貰った(?)言葉を、呟いた。「メシ」 ぱしんっ、と大きな男の人は私の背中を叩いて、にかっ、と笑う。よくわかんないので私もにかっ、と笑ってみた。その部屋にぽいぽいと放置されるように置かれていた布の一つを私へと投げかけて、その投げ方が一瞬、赤髪さんを思い出してしまった。 白い布を広げてみると、服だったらしい。なんだかコックさんみたいな服だなぁ、と思ったけれど、これを着ろって意味なのだろうか。よくわかんないので袖を通してみると、ちょっとだぶついた。まくり、まくり、腕まくり。 その後妙にくねくねと腰を振った、女性らしいような発音(な気がする)男の人へと連れられた。頭をオールバックにしたようか髪型に、ぽつんと額についた点が気になるし、もっと気になるのは真っ黒いグラサンだったけれど、そのツッコミ方もよくわからない。 ぱんっぱんっ、と私の肩を、またその人は叩いて小さなイスと段ボール箱いっぱいのジャガイモをその場所へと置いた。 キッチンのもっと大きな場所、そうかこれって厨房所かぁ、な場所にぽつんと置かれた丸いイス。 渡された包丁をジャガイモに、「皮をむけってことですか?」と思わず聞いてしまったけれど、彼女(彼?)はきゅっ、と口元を引き締めて首を傾げるだけ。 慣れた手つきで、ジャガイモをむき終わると、今度は皿洗いだといわんばかりにたくさん並んだ洗っていないお皿の前へと突き出される。 蛇口をひねってみると、勢いよく流れ出す水に、手を打った。冷たい。じゃーじゃー。 (あれ、私って売られちゃった?) もしかして、ここ外国? とある日いきなり思い浮かんだように、ぽつりとその時気が付いた。 BACK HOME NEXT 2008.07.15 |