Dona Dona

一方的に追いかけっこ

ちらり、と黒髪の男の人の影が見えた。


私は思いっきりテーブルに両手をそえて、がばっと身体を持ち上げた。その瞬間大きめなテーブルはガタガタと揺れ、周りの人たちはほんの少し嫌そうな目でこちらを見る。

思わず「ご、ごめなさい!」とへこへこ頭を下げている隣で、ラビさんがビックリしたようにスプーンを持ち、「……何してるんさ?」とこくりと首を傾げた。


「え、う、あ、その」
「うん」
「なんでも、ない、ます……」
「ご飯はしっかり落ち着いて食べんとなー?」
「う、うす…」
「ん、はい座る」
「は、はひ」


あれから私は、四六時中落ち着きがなかった。
どうしたの? と色んな人から首を傾げられて、ごめんなさいごめんなさいと謝るだけの私はとっても情けなかったのだけれども、それでも、あの人としっかりとお話がしたかった。
だって初めての同郷の人だ。何を話すか、どうしようか、そんな事ばかりが頭の中でぐるぐると回っていて、それ以上の事を考える事ができなかった。


ラビさんと、教団の中へとさくさくと探索をしているとき、またあの人の長い髪のポニーテールが、ふわふわと宙を浮きながら、曲がり角を曲がっていった。

私は思わず、だっ! と走りそうになったところを、ラビさんがすんでの所で私の手のひらをぎゅっと握りしめる。
「どこ行くんだよ」とラビさんは何処か不機嫌にぐいっと私をひっぱって、ううう、確かにラビさんを放って、他の人の所へ全力疾走だなんて失礼にもほどがあるな、ともの凄く反省した。

しゅん、と下を向いた床は、灰色の平べったい石がぺたぺたと積まれていて、足の先で弾いたそれはカツンと高い音を響かせた。

「ごめん、なさい」
「いや、別にいーんだけど、どったの?」

彼は私の手のひらを、ちょいと自分の目の高さまで持って行って、私は両手を上へとぱっとあげたような体勢で、そのままピタリとお互い固まった。

「え、う、えと」
「うん」
「うう、黒髪、ポニーテール?」
、ポニーテールにしたいんさ?」

じゃあ俺がくくってやろうか、と朗らかに提案された事項に、いやいや違いますから! と思いっきり首を横にふると、何処か残念のように、「そー」とラビさんは軽くため息をつく。けれどもやっぱりぱっと顔を輝かせて、
「じゃあ何か髪いじくってやろうか、俺結構器用なんよ」

その言葉にもぶるぶると首を振れば、彼はやっぱり残念そうに、くしゃくしゃと私の頭を手のひらでかき混ぜた。
何だかこそばゆい感覚にくすくすと笑いながら、どうやったらラビさんに伝えられるだろう、とうーんと考えた。あの名前も知らない彼の特徴を、ぐるぐると思い出そうとしてみても、日本人だったという事しか覚えていない。あとポニーテール。


「うう、ううう、うう、そ、蕎麦の人!」
「ソバ?」

こくりと首を横へと倒したラビさんに、「流石にこれは分からないか!」と自分の頭をぺちんと叩いた瞬間、「ユウのこと?」となにやら日本人らしい名前が耳を通る。「ゆう?」
ほぼ反射的に聞き返せば、ラビさんはこっくりと頷いて、ぐい、と眉根を寄せた。

「ン、ユウ。……なんでが、ユウの事聞くん?」
「ユウ!」
「いやそーだけど」
「ユウですか!」
「ユウだって」
「ユウですね!」
「ユウですよ」

私が彼の名前を叫ぶたびに、ラビさんはちょっとずつ面白くなさそうな顔に変わっていったのだけれど、やっぱり久しぶりに耳へと響いた日本人の名前に、私はドキドキと興奮していて、まったくもって気づかなかったのだった。



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2008.12.22



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