| 「あ!」 黒髪さんが、ささっと私の前を横切った。走り出そうとしたときに、やっぱりラビさんがどこか不機嫌そうに口を尖らせながら「」とぱっくりと口を動かしたのだけれど、私はバタバタと足を動かしながら、視界に消えそうになる黒髪さんへちらちらと視線を投げる。 「あ、うう、うあ」「あー……いいさ、いってきな」「えっ、あ、ありがとうござますー!」 半分ため息混じりな声だった気がするけれど、そんな事に私は気づきもしないで、ダッ! と黒髪さんの元へと駆け抜けた。 「ゆ、ゆうさん!」 「ああ!?」 ダメだ遠い! と思いながら、せめてもの! と叫んだ瞬間、思いっきり舌打ちをされつつ、黒髪さんがくるりと反転しつつ、恐ろしい形相で睨まれてしまった。ひいい、超こえー! と思っても、こんなところで引き下がっていられない。 「ゆうさん、私ですよろしくおねがいします!」 「黙れンな事どうでもいい誰から聞いた!」 「何がでしょうかゆうさん!」 「しゃべんな黙れこのクソミソが」 「うはぁ、日本語って素敵ですねぇ……」 思わずぽっ、と頬を赤らめてしまえば、ガッ! と眉毛をつり上げていたユウさんが可哀想なものでも見たかのように変化して、「駄目だコイツ」とぼそっと呟いた。ダメじゃないです。 ここは女の意地を見せるべき瞬間だ、と私はぐいっと拳を握り、身体を反転しかけていたユウさんの真っ黒い服をひっつかみ、びろりとその裾がめくりあがる。明らかに彼は嫌そうな顔をしたのだけれども、別に女の子じゃないんだからパンツが見える訳でもあるまいし、と私は、私よりも高い身長の彼へとぐいっと顔を寄せた。 「お話しましょう!」 暫くの間の後に、彼は無言でずるずると私を引き連れるような形で歩き出す 「放せ」 「お話しましょう、いいえしてください、おーねーがーいーしーまーすー!」 「放せ! 進めん!」 「土下座くらいならばいくらでも! あの、30分、いえいえ10分、5分でもかまいません!」 「オラもう5分はたった放せこのボケ!」 「殺生な! 殺生なユウさん!」 「ユウユウいうんじゃねぇ神田だオラ神田ァ!」 神田ゆうさんっていうんですかいいお名前ですね! と叫べば、彼は無言で、その大きな手のひらで私の頭を思いっきり締め上げた。頭蓋骨がミシミシというような感覚に、ちょっと涙が出てきたのだけれども、引き下がれない、ここは引き下がっちゃダメなポイントだ。 「おねがいします、日本人と、日本語で対話がしたいんです!」 大きく大きく教団の中へと響いた台詞に、白色のフードをかぶった男の人たちが、ざわっと震えた。「あのカンダが、女の子ともめ合ってる」「まさかまさか痴話げんか?」「そんなまさか」「いやいや意外と」 聞こえてくる台詞はちょっとばかし不評が立つものばかりだったのだけれど、この機会を逃せば、私はユウさんとお話するチャンスなど、どこかへと飛んでいってしまいそうな気がして、「ふんぬらばー! 逃がすものかー!」と私はさっきよりもまた力強く彼の服を握りしめた。ところでチワゲンカってなんだろう。 ユウさんは顔に青筋を立てながらも「あークソっ」とガリガリと右手でその綺麗な髪の毛をひっかいて、チッ! と思いっきり舌打ちをした。その後で私の腕をひっつかむと、「こっちにこい!」とどこだか分からない場所へと引っ張られた。 「カンダが女の子をつれこもうと」「うるせぇ黙れテメェら!」 ツレコムってなんだろう。 絶対にしゃべるな抵抗するなと低く呟いた彼に従って、私は見たこともない場所へと連れられた。絶対に喋っちゃだめだと自分の手のひらを口へと当てていると、どんどんと苦しくなって、げほげほといらない咳まで出てしまう。「………息すんなって意味じゃねぇよ」 す、すみません。 開けられた質素な扉の向こうに置かれた木製のテーブルと、椅子が一つ。「座れ」と指さされた場所に、私は腰を落とそうとして、「ゆうさんは?」と彼を仰いだ。 「神田だ、次いったらその指の爪全部はぎおとすからな」 「ひ、ひいい、ごごごごめんなさい神田さん!」 思わず手のひらをぎゅう、とお腹に隠すようにガードした。 ごくりと唾を飲み込んで、固い椅子へと座り込むと、彼は半目へとなりながら、備え付けのベッドへと、ぼすんと腰を下ろす。「で、なんだよ、くだらねぇ用事だったらたたっきるぞ」 発言が所々恐ろしい。 けれども全部の言葉を理解できての会話なんて、もの凄く久しぶりで、じんわりと染みこんだ心に、「うへー」とおっさんくさい言葉を出せば、ギロリと神田さんの目が光った。「オイ」「はいい!」 「用事をいえっつってんだ」 「え、いいません、でしたっけ?」 「アア? 聞いてねぇよボケてんのか」 「そ、それは寧ろ神田さんじゃ………ひいいごめんなさいー!」 これだけバイオレンスな日本人は初めてだった。もっと日本人といえば謙虚というかイエスノーをハッキリいえない事が美徳なはずなのに、神田さんは全てをノーでたたっきってしまいそうな空気を発している。 私はびくびくと指先を揺らしながら(指の爪をはがされたくないです)改めて、彼へと用件を伝える事にした。 「日本人と、日本語でお話してみたかったんです」 どれだけバイオレンスでも、とっても幸せな状況に、とろりととろけてしまいそうになりながら、神田さんの目つきはギリギリと鋭くなっていく。 ぎしり、とベッドのスプリングの音を立てながら彼は立ち上がり、ぐいっと私の首根っこをひっつかんだ。あれ、なぜ。 「出て行け」 「えええええー!? ひ、ひどいです!」 「ひどくねぇお前がウザイだけだ」 「う、ウザ……! ああでも確かに、そうかも?」 「納得したなら出てけ」 「お話、お話したいんですー!」 バタバタ思いっきり暴れていると、神田さんは重いため息と共に、ぱっと手のひらを放すと、私の顔は床へとぐしゃりとつっこんだ。「なんでそんなに執着してんだよ」と呟かれた言葉に、そんなどうでもいい事、と含まれたニュアンスに気づき、私は慌てて地面から顔を起こした。 「ど、どうでもよくないんです! もの凄く、重要なんです!」 「アア?」 「だって、だって、気づいたら、みんな英語で、言葉通じないし、いい人だけど、苦しいし、話したいし、ここどこなんですか、私なんなんですか、日本にいたんですよ、家庭科室ですよ、なんでこんなとこにいるわけですか、一体、ここ、どこなんですか!」 たまりたまった鬱憤は、案外大きくつもっていた。叫んだ声は、最後辺りはぶるぶると震えていて、泣きたくもないのに気持ちと一緒に溢れた水は、床へとこぼれおちた。 彼は低く、「アア……?」と首を傾げながら、「お前わかってねぇのか?」 何がわかってないのかさえも分からない。 「立って椅子に座れ、全部話しやがれ、断片じゃわからねぇ」 彼は静かに言い放つ。 BACK HOME NEXT 2008.12.23 |