| 一週間前の自分の思考を思い出した。 「う、あ、ああああああー!!!!」 子どもは延々と泣き続けていて、正直辟易してしまいそうだ、とラビは考えた。子ども? 好きさー。でも泣いてる子どもまで大好きなほど、子ども好きじゃない。嫌いじゃないけれども、物凄く困る。子どもはアレンの足にぴたっとくっつき、「この人きらいいいいい!!!」と何やら侘しくなるようなことを言っている、気がする。日本語通訳のソバ好きが、現在任務中で不在なので確かではないが。 子ども、ぶっちゃけ認めたくないがは、ふくふくと鼻を大きくし、ピンクの頬を真っ赤にそめて、涙の後が痛々しい。 一体自分が何をしたっていうのだ。確かにもともとあまり好かれてはいなかった気がするけれども、姿を見せた程度で大泣きするほどに嫌われていたとでもいうのだろうか。 「あー、ハイハイ、オレンジは嫌ですねー、あっちに行きましょうねー」 「ちょ、ちょちょアレン!」 「やー! オレンジやー!! やー!」 「うお、お、!?」 バタバタッ! と小さな手を精一杯泳がせて、近づくんじゃねぇと主張する小さな人間に、ラビはもうどうしたらいいのかわからなくなってきた。そもそもアレンはなんでこんなに懐かれているんだろう。俺子どもに好かれる方なのに! とぼやいても、誰も彼もこの状況を助けてくれることはない。じゃあラビさようなら、と手を振るアレンに、「え、ちょ」 なんじゃこら。 本当に。 (さっさと元に戻ってくんねぇかなぁ……) 「なぁ、はいつになったら戻るんだよ」 「さぁねぇ、わかんないなぁ」 「うあー、無責任さー」 コーヒー片手にくいっと肩をすくめたコムイに、ラビはうっと頭を抱えた。「それはそうと任務おつかれー」という軽いテンションに、「はいはい俺お疲れ」と疲れた声を上げる。現況が分からないってなどういうことさー、なんて呻きは大人だから口の中に抑え込んだ。 「うん、たぶんだけど」 「あん、なにさ」 「君は逃げてるから、嫌われてるんじゃないかい」 コムリンの助言だよ、とちちち、と指を振るコムイに、いったい何のことだとラビは眉をひそめた。逃げてるってなんだ。「ほら、任務とかで、ほっぽり出したでしょ」「いやいや任務つったのコムイ、お前だろー」「うんまぁそれは置いといて。ラッキーとか思ったんじゃない」 逃げれてラッキーって。 ラビは一瞬だけ口をつぐみ、「ん、んなこと、ねぇしー」 瞳につけた眼帯を、手の甲でかいた。「そう? ならいいんだけど、子どもって敏感だからね。逃げられたらそりゃ嫌うよ」 そんなラビに向かい、コムイは簡単にひきざがると、「まあでも、ホント大丈夫だから。ちゃんと戻ると思うよ、一生戻らないなんて、ボクがそんな危ないのつくる訳ない」 だから安心して。 ずずっと気楽にコーヒーを飲むコムイを苦い笑みで見つめながら、「安心しとく」と、どうにも不安な、硬い声のまま、ラビは言葉を漏らした。 ぴこぴこと、子どもが歩いていた。 まるで足音が響きそうなほどにぴこぴこてこてこ。おいおいなんでこんなところにいるんですか、ちょっと危なくないですか、と言いたげな気持ちをぐっと押さえこみ、ラビは少々微妙な気持ちでの背後数メートルを歩く。てこてこてこ。 アレンはどこだよ、と考えても、別にアレンはの保護者な訳でもなんでもない。面倒見の良さからか何かが現在と共にすることが多いだけだ。そもそもあいつらなんか元々仲よかったし。むかつくことに。 てこてこてこ。どうせ近づいたら嫌われるに決まってるのだ。このまま後ろから様子を見るだけでいい。(逃げてるから、嫌われるんじゃない)ふと、そんなコムイの声を思い出し、ケッ、とラビは鼻白んだ。逃げてませんから。 近づきすぎないように、遠ざかりすぎないように。適度な距離を保ち、歩いた。ラビは足音を消すことが得意だ。それくらいできなくちゃブックマン(予定)なんでできやしない。 てこてこてこ。すっすっす。てこてこてこ。すっすっす。 何やってんだ? と奇異な目を向けられようとも、ラビは進む。視線は特に気にならない。もともと目立つ方だし。 そのとき、不意にが倒れた。正確にいうとこけた。見事に顔からつっこみ、両手を前に出す体勢になっている彼女は、無言のままに床へと倒れている。通り過ぎる大人たちは、なんだこの無言で倒れている子どもは、とでもいうように、不審な目を向けた後、ささっと避けた。誰か助けろよ、とラビは自分のことを棚に上げて、うっと二の足を踏む。『きらいいいいい!』 ぶっちゃけ、彼女が何をいっているかわからない。わからない、けれど、(なんか、こたえるし) 泣かれたくないし。 けれどもはべたりと倒れたまま、ぴくりとも動かなかった。ほんの少しずつぶるりと震える肩は、涙でも飲み込んでいるんだろうか。 誰か、ちょっと手を貸すくらいいいじゃん、と思う。あの子はきっと、一人で立ち上がれるくらい強くはないんだ。弱くもないけど。 「ひぐっ」 鼻をすする音が聞こえた。あっ、とラビは小さく声を上げ、「ひぐっ」もう一回、聞こえた声に、足を踏み出した。あれ。 ぐいっと小さなの体の脇腹をひっつかみ、まるで米俵を担ぐように持ちあげる。「うひっ」 脇に抱えた幼児から、なんだか変な声が聞こえた気がしたけれど、ラビはそのままドスドスと足を踏みしめた。何やってんだろう、と彼は考えた反面、しょうがねぇ、と軽い体をぶらぶら運ぶ。「う、あ、きらいいー、オレンジきらいー!!」 なんとなくだったのだけれど、ああこりゃあ嫌いってってんのかも、なぁ、と分かり、まぁそれでも、「いいし」 歩いた。「嫌いでも、いーし」 の泣き声は、ぴたりと止まった。まさか言葉が通じたわけじゃない。う、とこぼれるままの涙と鼻水は、ラビの脇腹へとべたりとくっつく。きったねぇ、と思っても、口には出さなかった。「……ご、ごめんなさいぃ、きたないのして、ごめんなさいぃ」 お、謝ってる。ごめんなさいすみません。この言葉だけは、きちんと分かっていた。元々がよく口走る言葉だったのだ。 (何にあやまってっかわかんねぇけど、はだなぁ) 至極当たり前のことを考えながら、ラビはてこてこと、ほんの少しだけスムーズな、軽い足取りで道を進んだ。 BACK HOME NEXT 2009.08.25 |