strike.muss.death



隣の席は魔のゾーンぶっちゃけ近寄るな。




殴られる。ビシッ、バシッ、ボコボコッ。
雀くんは本当に短気なヤツだった。目があっただけでもやられる。うらうら。ビシビシ。ここ数日彼から聞いた言葉の大半は「咬み殺す」「ワオ」「バシバシ」「ボコボコ」「メキメキ」 最後あたりはなんだか違うような気がするけれども、顔を合わせればこんな言葉ばかりがぶっとんでくる。

何も雀くんは俺以外の人間にそこまで激しい暴力行為を行っている訳じゃない。俺が席についた瞬間がロックオン。彼の隣の席に俺が座る。ガタリ。「おはよう雀くん!」誠心誠意をこめてにっこり笑いながら挨拶をした瞬間にスイッチが入る。「咬み殺す」 何その口癖。


飛んできた裏拳打ちを俺は半分泣きながら、後ろの席へとマトリックスをし、がつん! と見事に後頭部を打った。けれどもその瞬間、ひゅんと自分の拳が通り抜けたことにびっくりしたように、雀くんはパチリと瞬きを繰り返した。「ワオ」 ワオワオいってんじゃないぞワオワオ!

こっちだって数日の攻防のうちに学習しているのだ、学習する生き物なのだよ人間とは!
半分慣れたようにクラスメートは教室の端っこへと移動する。その瞬間に、カーン! と大きなゴングの音が鳴り響いた。正確にいえば校内放送のキンコンカンコンとなる今から授業が始まるゼ! という合図なのだけれど、そんなこと知ったこっちゃない、雀くんが。俺は真面目に授業を受けたい。受けさせて!


どうせ逃げたって後ろからめった刺しにやられるのだ。だったら正面から立ち向かった方が男らしい。




なんて思わない。



明らかに俺の逃げ脚速度はレベルアップしている。駆け抜ける廊下の後ろには俺とまったく同じペースで響く足音がコンクリートの床に響いている。逃げるぞ俺逃げるぞオラオラ逃げるぞ今日こそ逃げるぞ!
幾人か隣を通り過ぎる先生は俺を止めようと声をかけようとする寸前その背後を見つめ、ヒッと響いた悲鳴と共にさかさかと見ないふりをする。コノヤロぐれちゃる。

すべりこむように、俺は角をまがった。廊下は走るな! そんなポスターにごめんよ! と心の中で呟いた、瞬間だ。


ぐらっとくずれた体は、まるでバナナか何かをふんづけたときのようにつるんと滑る。別に何に躓いたわけじゃない、何にもないところでつるりん。見事に空中一回転を遂げた俺の体は、冷たい廊下にぴったりとはりつき、ぐでえと舌を出しながら目の前を見た。



「咬み殺す」

そしてぼこられる。





なんで俺はこんなにぼこられるんだろう。俺が頑丈だからだろうか。けれどもそんな理由でヤッチマイナ! な奴なんているんだろうか。いやいるのか、そこに。いやん。

「おかあさま!」
「あらなぁに
「俺転校したいです!」
「馬鹿いってじゃないわよ」 

かなり本気だ。
激しく殴打された頭はもうすっかり順調なのだけれど、やってらんねぇー、と家のソファーでごろごろしながら母さんを見ると、エプロンをつけたまま、じゅっじゅとフライパンに向かっているのが分かる。無意味に毎日変わるエプロンは母の趣味だ。彼女なりのおしゃれらしい。

本日のエプロン、ピンクのふりふりをご満悦に見つめながら、母さんは火の元をカチッと閉じて、俺へと向かった。あんたなんでそんなこというの。という言葉に、俺はなんつーかねぇーとごにょごにょしながら、とクッションに顔をうずくめて、学校でいじめられてるんだよ、なんて言えなかった。流石に情けない。男のプライドだ。


「ちょっとね、隣の席の奴と咬み合わなくてさぁ、大変なんだよね、マジでホント」

咬み合わないなんてレベルじゃない。寧ろ咬まれている。いてぇ、なんて泣き叫ぶ暇もない。頭からバリバリだ。やってられん。もう嫌だ。「あのねぇ」 ちっちっち、と母さんが指を振る。

「大切なのはコミュニケーション、動物も人間も同じなのよ。ラブ、大きなラブを持って、ぶつかりなさい!」

ぶつかった瞬間、咬み砕かれますが。





それでも俺も、なんとなくそう思う、母さんに同意する。
逃げきれないのなら、追うことを止めさせればいい。動物にしても何にしても、いい言葉だ、そう、俺は雀くんを、動物か何かだと思えばいい! 雀といいたいところだがちょっと凶暴すぎるので、猫だ、そう猫、黒猫、毛を逆なでながら、近づくんじゃないと爪を出して威嚇している感じ。威嚇どころか向ってきてるけど。
広い心。カムヒアー、オウケイ、カムヒアー雀くん!



俺は彼とじっと向き合った。じりじりじり。詰まる距離に、周りのモブ。会話だ、コミュニケーション。ちょっと聴衆人が多すぎるな、と思いながらも、俺は「やぁ、元気!?」と声をかけた。それと同時に拳が舞った。めげない。めげてたまるものか。俺の生命の為に、素敵ライフスクールのために。なんかもう遅すぎるような気がするけど。

「今日はいい天気だね!」 ビシバシ!
「お昼寝でもしたい感じだよ!」 ボコォ!
「ピクニックにでも行きたいな!」 バシボコォ!


逃げる。逃げる。しかしコミュニケーションも忘れずに。「明日もいい天気なのかなぁ!?」 バコバコバコ!
大切なのは広い心。そう、広い心なのだよ。逃げまどいつつ時々マジ泣きしつつ、階段を駆け巡る。顔に張り付かせた笑みは忘れず、ただただ無表情な雀くんを見つめた。「きょ、きょ、今日は、」バコォ! 拳がしゅっと頭を擦った。「今日は、今日は、」 ずるんっ。タイミング悪く滑らした足にもつれて、階段にひっかかるようにダカダカ落ちる。

「おもいつかねーよ!」

一方的すぎるのだ。この無表情な男が、せめてなんとか会話を漏らしてくれれば俺だって我慢できる。理不尽だ、この状況はとても理不尽だ、「このボケマジしね!」 ぶっつん、と切れた頭の中は真っ白く、せめて穏便に、と済まそうとしていた気持ちはどこかへとふっとび、倒れた背中をばねにするように、雀くんの懐へと向かって、伸ばされた彼の腕を頬にかするようにすり抜け、同じく右手ガスッとつきだす。


少年の小奇麗な顔にめり込んだ拳がぎりぎりと肉がぶち当たり、パンチの仕方が悪かったのか、こっちの骨までビシビシと痛い。眉をひそめた瞬間、彼のキックが俺の脇腹へとぶちあがり、踊り場の壁まで吹っ飛んだ。
ぶち当たった体とぐるぐると気持ち悪い胃の中に、遠慮なんてせずゲロッと液を吐き出せば、口の中につんとした味が広がる。ああ、くせぇ、最悪だ、「おい雀お前何がしたいんだよ」 

恰好をつけたようにギロリと床に手をつけながら上目に睨んだのだけれど、俺といったら、ゲロゲロカエルのごとく口の中から朝飯をもどしつつなものだから、たぶんちょっとカッコ悪い。
無表情を徹していたらしい雀くんは、やっとこさ、ここでにやっと笑った。心底うれしそうに笑いやがった。

うわマジムカつく意味わかめ、なんて思った瞬間、ぼとっと彼の鼻から赤い液体がつたり、あ、さっきのパンチか、と思ったとき、雀くんが意外にも大きく瞳を開き、鼻の下を右手でこすると、呆然としたようにその血を眺めた。

「お前カッコワリー!」 
いや多分俺人の事言えない。
でもここは笑ってやる、おもくそ笑っちゃる。カッコワリー! ともう一回言って、「鼻血ぶーだぜ」と人さし指をつきだせば、その鼻血を右腕でぬぐいつつ、くっくっく、と雀くんが笑いだした。意味がわからん。


クエスチョンマークを頭の上でほいんほいんさせていると、雀くんが手すりに体をもたれかけるように、にやにやとして言った。


「君が初めてだよ、僕に血を見せたのは」



お前はどこの少年漫画の悪役だ。




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2009/04/08
1000のお題【264 殺人鬼に追われる心境】