こいつなんだかめんどくせぇなぁ 「 「はい」 きーん、と聞こえる音は、マイク特有の音だった。広い体育館の中で、ぐわんぐわんと響いた音に、俺は腹の底から返事をした。踏み出した足は、床とこすれてきゅっ、と音が鳴る。 手を伸ばす。何度も練習した形をとる。、と書かれた紙は、なんだか薄っぺらくて、その割には、豪華にも見えて。 その日、は小学校を卒業した。 雀くんは、いなかった。 終わった後に騒ぎ合う旧友も、笹川くらいしかいない、しょんぼり気味な小学校生活を送ったのだれど、なんだか特に不満はなかった。それよりも、めかしこんだ自分自身の格好に違和感があって、さっさと家に帰りたいなぁ、なんてもらった花を片手でぎゅっと握る。 さぁさっさと帰ろうか、どうせ笹川も同じ中学なのだ。一年も通っていない学校に感慨も起こる訳もなく、俺はさっさかと足を動かした。グラウンドを横切って、校門へと向かって。その間中、俺はずっと考えないようにしていた。無視していた。気にしないふりをしていた。 『 はい。と、俺は返事をしたけれども。 (なかった) なんでだろうか。 (なかった) 彼の名前が呼ばれることはなかった。 気付けば、足は勝手に動いていた。卒業式だからとかっこつけた新品のズボンを精一杯動かしたものだから、皺が入ってぐしゃぐしゃだ。マザーごめんな! と心の中でちょっと叫んで、なんでだろう、ともう一回考える。なんで? (雀くんって、なんだったの?) かんかんかん、と勢いよく階段を上る。今日で最後なのだ。この校舎の中を走り回るのは、最後。あそこの廊下で、雀くんにミドルキックを頂いた。あそこの踊り場で鼻血が出るくらい殴られた。 気付けば学校中が、雀くんの思い出でいっぱいだった。死ぬほど不本意だったけれど、そうかこれって今日で終わりなのか、と考えれば、痛かった思い出はどこか遠くて、そんなこともあったよなぁ、なんて平和ボケした考え方になっている。たった数ヶ月殴られなかっただけで。人間って勝手だ。 どんどこ上った階段は、一つの扉で閉ざされていた。知ってる。アグレッシブな雀くんの行動で砕かれた錠前を無視して、俺は扉を開けた。「雀くん!」 いる気がした。多分、ここにいる気がした。 雀くんは、やっぱりコンクリートの上に座って、なんだかさまになるポーズで空を見上げていた。切れ目のいい瞳を、きゅっと引絞り、俺の方へと顔を向けたかと思うと、「なんだ君か」ととてもどうでもよさげに返事をする。 なんだ君かって。おいおい。 なんだかとっても理不尽な気持ちになった。おい雀くん。「君ってなにもの?」 純粋な質問だ。 雀くんは不思議な存在だった。凶暴すぎる猛獣なのに、彼は小学校という名前の檻の中に居座っていて、その上、卒業式に名前を呼ばれることもない。 一人だけがどこか遠い世界にいて、たったの距離なのに、とてもとても遠い。 「なにもの?」 雀くんはこくんと首を傾げた。そんなしぐさに、俺は、ハッと気付いたのだ。ぞわりと背中の部分が冷たくなる。「お、おばけ……」 座敷わらし的な。 その瞬間にどこから取り出したのか、一本の棒が俺の顔の横を過ぎ去り、俺の後ろにあった鉄の扉がガゴオオオン!!! と泣きそうな悲鳴を上げる。こんな凶暴な座敷わらしは嫌です。ちょっぴり涙が出た。 「きょ、今日卒業式だったんだぞ?」 「知ってる」 「参加しようよ」 「めんどい」 「じゃあなんで来てるの」 なんでこんなとこで、一人でいるの。 あれ? というように首を傾げた雀くんを見て、あれ? と俺も首を傾げる。数ヶ月前に、おんなじようなこと言わなかったっけ。雀くんは、顎に指を当てて、真剣に考えているようだった。卒業式の間中、こんな顔して、この屋上から体育館を見下ろしていたのだろうか。前々から思っていたが、この子はちょっと暇な子なんじゃないだろうか。来るんなら、「……参加すればよかったのに」 人が多いところが、苦手とか、嫌だとか。それでも。 いや、と雀くんは考えるように首を傾げた。そのあとに、座ったまま俺を見上げて、心底不思議な顔をして言ったのだ。「なんで僕は、ここにいるんだ?」 そんなこと言われても。 俺は、ちょんとその場に座って、ちょんちょんちょん、とうさぎ跳びのように雀くんに近づく。「前々から思ってたんだけど」 授業を真面目に聞いてないくせに、それでも毎日学校に来る、雀くんを見て、思ってたのだけど、 「雀くん、きみ、学校好きなんじゃないか」 暫くきょとん、とした表情をした雀くんは「あっ」としたように驚いた表情をした。そのあと、うんと頷き、「なるほど」と一声。 「、きみは面白いね」 なにが? なんて首を傾げるまでもない。「雀くん?」と言ったとき、彼はニヤッと笑った。 並盛中学校、一年。 小学生のときと違って制服なんてものがついてくるものだから、なんだか首元が息苦しくてたまらない。笹川とは同じクラスだったらしい。名簿の中を、どれだけ一生懸命見ようと、雀くんの名前はなかった。そうか雀くんは、この中学ではないのか、と思ったとき、そういえばと思いだす。なんで雀くんは、卒業式に、名前を呼ばれることがなかったんだろう。 「中学では、ボクシング部に入ってみせる!」 とフンフン鼻息荒く語る友人は、体育館に並べられた隣の椅子にてガタガタと暴れていた。その振動が俺までやってくるのでやめてほしい。ガタガタ。 入学式の座りは、適当でかまわないのだ。 校長のあいさつが始まる。新しい校歌って、なんだかちょっとこそばゆい。 『 この代表って、成績のいいヤツなのかな、いいや適当なんじゃねぇ? というささやき声が聞こえた。なのでなんとなく、眠たくてしばしばしていた瞳を叩き起こして、壇上へと顔を上げる。 『新入生代表』 見覚えのある黒髪。 『ひばりきょうや』 雀くん。 ぱちり、と俺は瞬きを繰り返して、聞こえた名前をもう一度脳内でリピートさせてみた。ひばりきょうや。きょうや。雀ってどこ要素? それでも、彼は見覚えのある黒髪で、切れ目のいい瞳で、それで女の子たちがキャーキャーいいそうな容姿だ。現に今キャーキャー言われてる。 あれぇ? と首を傾げまくっている間に、雀くんはマイクに向かってゆっくりと、落ち着きのいい声を出した。 『群れる人間は 雀くんは、ニヤッと笑った。 BACK TOP エピローグ 2010.07.01 1000のお題【541 生き様】 |