今日は街でもゆらゆら散歩しようかな。

なんて、自分でも珍しい事を考えたのがいけなかったのかもしれない。



 第5話  私と見知らぬ少年のカツアゲ事情 2



どしん、とぶつかる体と、その先にジロリと睨む、俺よりも随分大きなお兄さん。「おいどうしたんだよ」「このガキが俺にぶつかってきやがった」「おいおい生意気だなボク」
へ、とか、あの、とか、そんだけ俺がぶつぶついう間に彼らの話は進んでいって、ここここれは誤らないといけないんじゃないか! と思って、懇親の力で「ご!」…、めんなさい、といおうとしたのに、その「ご!」といった瞬間にずるずると引っ張られる俺の体。
え、ちょ、ちょ、ストップたんまー!なになにこれどういうこと! ひいい、とお決りな叫び声が小さく口から出て、引っ張られる前に、と足下を踏ん張って。

でも悲しいかな、その結果はずるずる俺の靴底が、いつもよりも激しくすられるだけだ(な、なんで俺、こんな力ないんだ!)

「あ、あ、あ、あの!」
「ん、なんだよボク」
「は、放していただけると嬉しいかなー……な、なんて」
「俺たちちょっと、お前に用があるんだよ」
「よ、用って、いったい」

小さくかすれるような声が聞こえて、なんだと思ったら、自分の声で。うああ、俺いますっげ情けない声だしてるな、と思ってなんでそんな情けない声なのかと思えば、ああもうなんか、この先の話が頭の中で浮かんじゃうっていうか。

にやっ、とお兄さん三人はなんていうか、こう、「ああいじめがいがあるヤツ見つけちゃった!」って笑みをした(多分、これ比喩とかじゃなくて、マジでそうなんだろうな!)(い、いっててなさけねー!)
そんで、茶髪の人が、ゆっくりと、口を、ひらく。

「か、つ、あ、げ」

嫌みなくらい一文字一文字区切られた言い方に、涙が出そうになった、っていうか、多分出た。







押し込められた場所は俺みたいなバカでも予想できそうな、ちょろちょろとした光しか当たらない、どこかほこりっぽい、いかにも今からカツアゲしますよ! といったような場所だ。な、なんだって俺、こんな事に。今まで何度かあった体験だけど(俺って絡まれやすいんだと思う)、何度やっても慣れないよこんな事!(っていうか慣れたくない!)


ああもういつも見たいに財布の中身を彼らにあげちゃえば、もう終了だ、なんて考えてたのに、いつも財布を入っているポケットにはなんの感覚もない。お金がないって事はお金を渡さなくていいじゃないか俺ってラッキー! って思ったのはほんの一瞬で、ピクリピクリと歪んだお兄さん達の顔を見た瞬間、「ああ俺もしかしなくても、ヤッバイかも」とか思った。「おいコイツ引っぺがして確認しようぜ。その後商店街に裸で放り出してやる!」…………や、やばすぎ!

パンツ一丁でふらふらと歩く自分を想像して、いやいや、もしかしたらそれすらもないかもしれないソレを想像して。(おおおおオーマイガー!!)
どどどどうかそれだけは、それだけは! せめてパンツぐらい!(や、そういう問題じゃないけど!)

「パンツだけはやめてくださいお願いします!」といおうとして、ぱっかり口を開かせたとき、女の子の声が聞こえたのだ。

「………すみません」

(す、すみませんってなんだろう)
妙に堂々としていたけれども、なぜだか下手な言葉に、あの一体どうしたんですか、といおうとして、はっと気づいた。
ぶっちゃけ俺は今、そんな状況ではない事(パンツだけは残してくださいと頼まなきゃいけないこと)、そんでもう一つ。彼女の名前が、さんだってこと。


さんは隣のクラスの人で保健委員で、美人さんで、けれどもなんだか、近寄りがたい。俺も何度かこっそりと見た事はあるけれども、話した事は一回もない。けれどもなぜだか彼女はこの学校で、嫌なヤツ、もしくは性格が悪いヤツ、といった認識だった。友達なんて見た事もないし、俺自身、さんの声を聞いたのが、これが初めてだった気がする。

でも、時々廊下を通るとき見える教室の端っこで、一人こっそり本を読んでいる姿は、なんだか寂しげで、ホントに、噂通りなのかな、とか思っても、確認するタイミングなんてないし、俺がさんに話しかける事もない。

そ、そのさんが、な、なんで。


「何だよ、俺たちになんか文句でもあるっての」
「お兄ちゃん達を相手してくれんのかな?」
「可愛い顔して、中々度胸のある子じゃん」

ゆっくり、ゆっくり。距離を縮めるお兄さん達に、さんはキレイな眉をピクリと動かしたのが見えた。「ああああ…っ!」こっそり呟いた声は、多分俺にしか聞こえてないと思う。なんで、どーして、なに、なに、この状況!

思わずゆるみそうな涙腺に、ゴシゴシと目元をこする。いたい、けど、おれ今それどころじゃない。もう一度こっそりさんを見ると、にっこりと微笑まれた。びくり。いやいや、どきりだったかもしれないけど、俺は、本当に、びっくりしたんだ。(だってまるで、安心してっていってるみたいだった)
ぎゅ、と咬んだ俺の唇に、うっすらと動くさんの口元。『いまのうちに』頭の中で響いた声は、彼女が伝えたかったことなのか、それとも俺の都合よく解釈したものなのか、わからない。
けれどもしっかり響いた声に、俺は、心の中で、一瞬、一瞬、考えてしまったのだ。

(………おれ、今、逃げられる?)

たとえば俺がどっかの漫画の主人公だったら、こんな事一瞬でも考えないと思うし、もしそんなシーンがあったとしても、このまま真っ直ぐ不良達に向かっていくと思う。少年漫画のヒーローならなおさらだ。それにいうなら、人間として、きっと、ここは、逃げちゃだめなときなのだ(だって、さんは、多分、俺を助けようとして)

ゆっくり、俺は押しとどまった。まっすぐアイツら不良に向かって体当たりをするように、足首に力を入れて、右足を蹴る! ばし! くるん! 「うわあああああ!!!!」



けど、けど、けど。俺はホントのホントのホントの意味で、ダメピーな訳で、あんな俺よりも大きな男の人相手に戦える力なんて、到底ないだけで。
後ろの方で、「あ、コイツ逃げやがった!」って声がした。その声だけで、怖くてぶるぶる体のソコから何かが出そうで、口もとから、ぼとぼと胃液とかが零れそうで。

「うわああああああ!!!」
久しぶりに、必死で走った感覚は最悪だった。ぶるぶる振るう腕なんて、ピシリと音を立てるし、ずっと叫びながら走ってる所為で(今もだ)、喉だってそろそろ痛くなってきた。だったら静かに走ればいいじゃんっていわれたらそうなんだけど、でっかい声を張り上げなけりゃ、押しつぶされそうで、本当に、本当に、(怖くて、たまらない、んだ)

「うわああああああ!!!」
吸い込んでばかりの俺の息は、そろそろ限界に来ていた。げほげほげほ。うわあああげほうあげほうわげほげほげほ。
ペタリと地面にくっついて、真っ黒に落ちる俺の影に、おもいっきり息をだして、げほげほと何度も喉の奥から唾を出した。ぼとぼと口もとから落ちるそれは、影にかかった。

げほ、げほ、げほ。どんどん小さくなる音と一緒に、少しずつ体もいつも通りに戻っていく。けど背中の方からぞわぞわと追いかけられるような感覚が怖くて、俺は首だけ後ろに振り返った。

そこにはぐわりと広がるおおきな影も、追ってくる不良の姿も、はたまたにっこりと笑いかけるさんの姿もない(………ここから、家は、近い)


ゆっくりと、立ち上がった。見慣れた町並みを目に通して、暮れかけた夕日が赤くて、人の姿なんて全然なくて。これが俺の街で、俺の日常で、さっきまでが、うそみたいで。
(今まで、なんどか、あんなことはあった)(けど、ずっとずっと、お金だけ渡してたら、済んでたことだった)

今日の俺はラッキーだ。
お兄さん達に絡まれた。アンラッキーだ。財布がなかった。またまたアンラッキーだ。……さんが助けに来てくれた。ラッキーだ。俺は逃げた。ラッキーだ。お金は一円も損してない。ラッキーだ。プラスマイナスちょっとラッキー。ダメピーで、毎日がアンラッキーで埋もれてた俺にとって、珍しい。こんな珍しい日が時々あっても、俺は全然いいと思う。

「帰ろう」

と、思った。立ち上がった。もう一回、自分に聞かせるようにしていった。「帰ろう」
息を吸い込んで引きずる足をもっともっと引きずらせて、けど俺はゆっくり家へと歩く。

「あら、ツナ?」

背中から聞こえる声に、振り返った。手に持つスーパーの袋は、さっきさんが持ってたのと同じだ(同じスーパーの帰りなのかもしれない)
小さく俺は、母さん、といって、オレンジ色に照らされた母さんを見た。

ああ俺は、ちょっと今日はラッキーだったから。ちょっとぐらい、手伝ってもいいかもしれない、って思ったんだ。腕を伸ばして、「俺、持つよ」といおうとした時だった。
母さんが、俺をじっと見つめていったんだ。


「ツナ、何で泣いてるの?」

いっつもほわほわとした母さんだった。今も、ほわほわしてて、何気ない事の一つみたいに、クスリと笑っていった。ビックリした。何にビックリしたかっていっても、全部にビックリした。
ビックリしついでに、頬に手を伸ばしてみた。丸い、玉みたいな滴がぽとりと手の甲にのっていて、ああホントだ、なんでだろう俺、とちょっと思った。

「母さん」
俺はいった。

「ごめん荷物運び、俺手伝えないや」

母さんはにっこり笑って、いってらっしゃい、っていった。俺はいってきますの代わりに、駆けだして、背中の方で「ツナは、やればできる子なんだから」って声が聞こえた。
その後母さんが小さく呟いた「家庭教師、頼んでみようかしら」って声は、聞こえなかったけど。




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2007.09.26