| お隣さんに渡したお鍋は、きっちり玄関先に置いてあった。 もちろん、中身はカラで。 朝、がたん、と音がしたものだから、ドアの先をぱかっ、と開けてみると、見覚えのあるおなべが、コロコロと転がっていたのには、ちょっと吃驚した。意外や意外にも、しっかりと綺麗に洗われていて、ごくてら、違う、獄寺さんって、案外几帳面なのかな、と妙な気分になってしまう(もちろん、いい意味で、だけど!) おなべを、台所へとたったった、と持って行って、今日は球技大会だ、といつもの制服に袖を通さずに、体操服をきちっ、と着る。しっかりとハーフパンツに、きゅ、きゅ、と半袖を入れて、半日だからお弁当はいらないな、と軽い手提げ鞄だけ手首にひっさげて、がちゃりとドアを開けた。 その瞬間、何でだか、妙な匂いが、ぷん、と鼻を通って、こほっ、とほんの少し咳き込んでしまう(う、なんだこの匂い) 「おせぇ」 ぼそり。 そんな一言と一緒に、口元に咥えたたばこを、ぷかーっ、とふかして、彼はいった。(………遅いって、何のこと、だろう) 「あの」 「おら、並中、行くんだろ」 「……あの」 「さっさと行けよ」 「………(案内しろって事なのかな)」 うん、何だか、分からないけれども、一歩踏み出して歩いてみた。隣に獄寺さんが着いてこないものだから、一瞬本当にいるのかと不安になってしまったけれど、私の足音と一つ、後ろでカンカン、と響く足音と、やっぱり匂う、苦いようななんともいえない香りに、ごほっ、と咳き込んでしまいそうになる。 「お前さ、何その服」 思わず、私はその自分の服を、さっ、と見詰めてみて、後ろの彼をちらりと見た。「体操服、ですけど?」「違う」 何だろう、とピタリと足を止めてみる。 「半パンの中に、服いれんのやめろよ」 規則なんだから、仕方ないじゃないですか、とほんの少し思って、私はふんっ、と鼻をならした。「獄寺さんも、たばこ、やめた方がいいと思いますけど!」 してやったり! そう思った瞬間、ばしん! と頭をひっぱたかれてしまった!(いたい! ひどい!) ひったたかれた頭を、さすさすと撫でてしまった。校門を入った途端に、じゃあな、と一言だけいって、体育館の入り口と反対方向へとスタスタと向かっていく彼に、「あれ、獄寺さん教室とかに行かなくていいんですか?」 と声を掛けてみたけれども、チッ! と小さく舌打ちをするだけで、まったく相手にしてくれなかった。ちょっとヒドイと思う。 そんな思い出を、茶色い床に、体育座りをして、じーっ、と見てみた。早々に負けてしまった私のクラスは、やることがなくて、とっても暇なのだ。一緒に、観戦する人も、いないし(花さんに話しかけようかな、と思ったけれども、彼女のクラスは、ただ今対戦中だ) はああ、と他の人に聞こえない程度のため息を、ついてしまって、自分の体操服を、じっと見てみる。『半パンの中に、服いれんのやめろよ』 ………おかしいかな、これ。よいしょ、とハーフパンツに、手をかけて、ぴんっ、と上着を引っ張りだそうと、「何してんだ、?」「ひええ!」 いつの間にか、目の前には山本くんが、にかっと笑っていて、私が手を突っ込んでいたハーフパンツを、じっ、と見た。思わずささっと隠して、ちらっ、と彼を見ると、またにかっ、と笑う(タイミングが、いいのか、悪いのか) 「や、山本くんのクラス、対戦中じゃ、ないんですか!」 思わずとぎれとぎれな台詞に、ああ、と彼は頷いた。ほんの少しコメカミから流れた汗を吹いて、「前半戦、終了して、後半メンバー入れ替え」 山本くんが目の端っこでコートを見たものだから、私も改めて、じっと見てみた。見覚えもない男の子達だけれど、一人、ちょんちょんと茶色い髪の毛が立った男の子がいた。確か、ツナくん、だった気がする。 「のトコはどうなのか?」 と彼は尋ねながら、どすん、と私の隣に座った。見上げる目線が、ほんの少し楽になったなぁ、と思った瞬間に、はっ! としてしまった。誰か他の人に見られていたらどうしよう! ときょろきょろ辺りを見回してみたけれども、ピー! と鳴った笛と一緒に開始された後半戦に、みんな夢中らしい。「がんばれー!」とか、「ツナいけー!」とかいう声に、おおお、ツナくん大人気じゃないですか! とか私もこっそり拳を握ってしまう。 「なぁ」 ほんの少し、音に紛れる声が聞こえたけれども、案外しっかりと響いたその声に、なんですか? と、首を傾げた。 すると山本くんは、ほんの少し、眉毛を八の字にして、「上手く、いかねぇよなぁ」 なんですか、それって何のことですか? 「ツナが、とんだー!!!」 たくさんの人の声に、押されてしまって、私はそう訊くことが出来なかった。 それは、とても、凄かったらしい。残念ながら、そのツナくんが恐ろしい程の勢いでジャンプした瞬間は見逃してしまったのだけれど、教室で静かに耳を伏せていると、何でも人の背丈は軽く飛びこえたとか、まるで足にバネが入っているようだ、とか。(人の背丈って、そりゃホントに凄いなぁ) そういえば、と。山本くんが、呟いた台詞は一体なんだったっけ。何かぽつんと聞こえた気がしたんだけれども。 てこてこてこ。帰り道を、のんびりと帰りながら歩いていると、ふ、と目の前に影がかかった。 「おい」 やっぱり何処か不機嫌そうな声に、さっと私も上を見上げる。予想通りに眉間に皺を寄せて、じっとこっちを見ている、獄寺さん。ふん、さっさと行け、と横柄な言葉遣いに、ちょっとイラっとしたけれども、つまりそれって帰り道が分からないから、一緒に帰ってくれって事なんだろうか。そう考えると、ちょっと可愛いかもしれない(ちょっとだけど!) しょうがないなあ、と彼の目の前を、とことこと歩く。ちらり。背中越しにのぞいてみると、何でだろう、ほんの少し、朝よりも機嫌が良さそうな気がしたのだ。パチリと合ってしまった目に、見てんじゃねぇよと睨まれてしまったので、急いで前を向いて歩いて見たけれども、やっぱり、ほんの少し。(何でだろう) タバコの匂いは、しかなった (山本くんの事は、また今度訊いてみよう) BACK TOP NEXT |