| 山本くんが、自殺しようとしているらしい らしい、というのは、私ははっきりと知らないからで、いつも通りクラスで黙々と本を読んでいると、「大変だ山本が飛び降りしようとしてるらしいぞ!」とクラスメートの誰かが、扉を思いっきり開けて叫んだ。 次々に聞こえる女の子の悲鳴が耳に響いて、「屋上へ!」とまた誰かが叫ぶ。 すっかりと誰もいない教室の中で、私はぽつんと座って、ぴらりと本のページを捲った。 (………やまもと) この学校に、その名字の人間は、何人いただろうか。誰か、山本くん以外にいただろうか。思い返す中でも、彼一人しか私の中で該当しなくて、小刻みに震える指先に、無理に力を入れようとしたら、また震えた。 (………まさか) 他の誰かだったらいい、という訳でもないけれど、彼が、そんな事する訳なかった。いつでもにっこりと笑って、頼んでもないのに、「」と人の事を平然と名前呼びして。 そんな彼が、今から飛び降りをする人と結びつくはずがない。まさか、とまた胸中で呟いて、ぐ、と息を飲み込む。手に入りすぎた力が、くしゃりと文庫のページを無惨な形に変えてしまった。 (なぁ) いつもと変わらないように、私に語りかける山本くんの声が聞こえた、す、と深呼吸をして、もう一度その声へと、耳を寄せて、(なぁ)(なぁ)(なぁ) いつもと変わらないな、そう思ったはずなのに、何でだろう、胸の奥の方で、カチリと妙なパーツが音を立てる。 (最後に、山本くんと、話したの、いつだっけ?) 多分、球技大会の日だったような気がする。それ以前も、私が逃げてばっかりで、まともな会話もしていなかったような気がするけれど、お弁当を、あげた。 (………笑い方、変じゃなかったっけ) 笑ってるくせに、八の字眉毛だったり、いつもより、一割り増しで変な風に、にこにこだったり(………あれ) 教室の端っこで、ロッカーの中のホウキが倒れたのか、カタン、と小さな音をたてた。それにびくついたのか、私の大きく心臓が跳ね上がる。 イスから飛び上がるような格好のまま、私はごくんと唾を飲み込んだ。はき出す息が、喉の奥で揺れたようで、上手くいかない。 まさかぁ、と思いながら、ゆっくりと私は窓へと向かった。ガラスと爪の先が当たって、こつん、と軽い音を立てる。そのときだった。 なにが黒いものが、私の瞳の中から、もつれ合うようにして落ちた。 走った。教室から飛び出した。どくどくどくどくと大きく、けれども小刻みに心臓は震えて、とても嫌な音を耳の奥へと奏でる。それ以外の音はどこかへとぶっとんでしまっているようで、まるで真っ暗な空間の中で私は手足を精一杯動かしているかのようだ。階段を一段一段降りる事も面倒くさくて、一番上から飛び降りた。足の裏側から、骨まで響く衝撃に、唇を噛みしめて、また走った。 一階の窓の鍵を開けて、足を乗り出して、下履きのまま、中庭へと飛び降りて。 ぺたん、と地面に腰をつけた格好の山本くんが目に見えた。視界が薄くて、狭くて、私の隣を、誰か裸の人間が「うわわ」と妙な声をあげながら通り抜けたような気がしたけれど、よく分からなかった。 その人は、「お、」と左手を軽くあげて、その反対の腕は白い布を首もとから通し、くるりと包帯を巻いていた。折れちまったんだわ、となんともないような声をあげる彼が信じられなかった。 「飛び降り、って、なんですか」 「ん、何っていわれてもなぁ」 「落ちたんですよね」 「ツナに助けてもらったみてーだけどな」 「落ちたら、死にますよ」 「野球の神様に見捨てられたら、生きてけねーって思ったんだって」 ぶん、と振り上げた右手は、山本くんの頬を打とうとして、その直前で止まった。大きな音を響かせようと思ったのに、ぺちん、と軽い音しか聞こえなくて、彼の左の頬にくっついた。 「もうしねぇよ」「何が」「しねーって。俺バカだからさぁ」「バカって何が」「怒るなよ」「怒ってない」「じゃあ泣くなって」「泣いてない」 「嘘つくなよー」 私の指先をゆっくりと握って、なぁ、と笑いかける彼に、なんでこの人はこんなにバカなんだろう、と息ができなくなるくらいに、ぽろりと目から水が溢れた。 BACK TOP NEXT 2008.09.07 |