私はおにぎりを抱えたまま、途方に暮れていた。


 第12話  私と京子ちゃんのおにぎり事情 2



     山本にやれば?

そんな花さんの台詞を思い出して、初めはそうしようかなぁ、と考えていたけれども、私は山本くんとクラスが違う。同じ学年なんだから、その気になればすぐに会えるだろうけれど、なんとなくその気にならなかった。
だって、女の子達の視線が恐いし、どうせ夜になればお宅へと向かうのだ。いちいち、学校で会う必要もない(のに、山本くんはちょっかいを出してくる!)

思わずその怒りを思い出して、椅子をガタンっと動かしてしまったけれど、今が授業中なのだという事を改めて認識に、ちょっと顔を熱くしながら、机の上へと突っ伏した。どうしようかなぁ、とラップを巻いて、ずっと膝の上へと置いていたおにぎりがぽかぽかと暖かい。
(………どうしよう、かなぁ)




お昼休みのチャイムが鳴った。もう考える事も面倒になってきたので、中庭で、お弁当と一緒にあーんと食べてしまおう! と開き直る事にしたのだ。
スカートの折り目を気にしながら、芝生の上にすとんと座り、はわー、とあくび一つ。元々食べるつもりだったお弁当は、今日の晩ご飯にしてしまおう。

包んでいたラップをほどき、「いただきます」 両手をパチン!
と、したときだった。



ぐるるるるー、とまるで猛獣のようなうなり声が響き、思わず動きを止めて、きょろりと辺りを見回す。何もいない。もう一回、「いただきます」 パチン! ぐるるるるー……
確実に何かいる。

私はそそくさとその場を離れ、教室へ行こう、と何も聞かなかった事にして校舎の入り口へと歩き出した。丁度そのとき、さー! と目の前に黒い影が落ち、「うおおおおおー!!!」と猛獣の叫び声が聞こえる。
窓から飛び降りたのかなんなのか、すたーん、とサルのように四本足を地面へとつけ、短く髪を刈り取った、鼻の上へと絆創膏をつけた男の人が、かっ、と叫んだ「弁当を! 忘れてしまった!」

彼の横顔を見詰めながら、「なんでこの人はこんなに説明口調なんだろうか」と他にいろいろとツッコミどころはあるはずなのに、その一点でしか、思考が回らなかったらしい。混乱しながら、彼が白いシャツに、ズボンの制服を着ていて、ぐるぐると野獣のような叫び声は、彼のお腹からなのだ、とやっとこさ気づく。

「え、あ、あれ、え」
混乱すると、口から飛び出す言葉も要領を得なくなるらしい。ふらふらと頭をぐらつかせ、ぎゅう、と胸の内におにぎりを握りしめていると、私の存在に気づいたのか、男の人が「む?」といいながら、くるんと顔をこちらへと向ける。

一瞬の間に、男の人が口を開いた 「お前は誰だ!」 ………なんなんだろう。

「え、その、一年の、です」
「そうか! 俺は笹川だ!」
「(……笹川?)お、お腹へってるんですか?」
「うむ! 極限にな!」
「(極限?)そ、そう、なんですか」

笹川さんは、のすのすと私まで近寄り、胸の中でぎゅうっと握りしめていたおにぎりへと目を滑らした。なんとなく恐かったので、ぎゅう、と隠すかのように、おにぎりを崩さないように、さっきよりも強く握りしめると、「別に腹がへっているかといって、お前の昼飯をとったりせん」 意外と冷静な声が聞こえ、やっぱり、なんとなくほっとした。

彼は私の隣を通り抜け、なるほど購買部へと向かおうとしているんだろう。さかさかと足早に動く彼を見詰めながら、今の時間じゃあ、売れ残りは少ないんじゃないかなぁ、と考えてしまった。……考えてしまった。
私はつま先をぐりぐり動かして、胸の中のおにぎりを、またじぃっと見詰める。後で気持ち悪くなるなんて、なんとなく、嫌だった。
どきどき鳴る心臓を落ち着かせようと、すうっ、と息を吸い込んで、

「あのっ」






さぁ、今日、調理実習だったんだろぉ?」
「なんで、知ってるんですか、山本くん」

食卓の上へと暖かいおみそ汁を置きながら、私はきょとん、と彼を見詰めた。彼は多分、ほんの少し得意げに笑って(でもいつもにっこりしてるから、なんとなく分かりづらい) 「俺のクラスも、そうだったからよ」
そうか、山本くんは、花さんと京子ちゃんと、同じクラスなのか。

納得したので、それ以上会話に触れないでおこうと次のおかずをテーブルの上へと運ぼうとすると、その前を彼はささっと通り越し、両手にお皿を持つ。「あ、いいですよ、別に」「気にすんなって」

エプロンをほどきながら、台所で手を洗うと、「それで」と彼が会話を続ける。「おにぎり、くれねーの?」「え?」

なんとなく、山本にやれば? といっていた花さんの台詞を思い出しながら、台所にぴっぴっと滴をとばし、「ご飯なら、ありますよそこに」

その言葉を訊くと、山本くんは不満そうに眉を寄せた。なんなんだろう。「そうじゃなくてなぁー…」彼にしては珍しく、上手く言葉が出ないのか、ガリガリと頭をひっかく。ううう、と静かに唸った声が聞こえて、「そうか」と目を輝かせた。「次の調理実習、いつだよ」「え、来年ですかねぇ」
途端にしゅんとうなだれ、そのままパタン、とテーブルの上へとおでこをくっつけた。と、思ったら、ぴょこんっとバネのように顔を上げる。何だか忙しい人だ。

「あー、そのときでいいや! そんときは俺な」
「………なにがですか?」
「だから、おにぎり」
「山本くんっておにぎりそんなに好きでしたっけ」
「ハハハ。ある意味すきだわな」
「来年は、おにぎりじゃないかもしれませんよ」


ま、そんときはそんときで。と彼はパタパタと、軽く手のひらを振った。
な? と念を押すように、山本くんは私の右の小指に、小指を絡ませて、「うっそつーいたっら」ぶんぶん、と振り回されて、少しだけ、目を見開いてしまったけれど、だったら来年も、おにぎりだったらいいなぁ、と一緒に、ぶんっと手のひらを揺らした。



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2008.10.26