| ぷるるるる……… 家の電話が鳴っていた。私は珍しいなぁ、と、ぼうっと受話器を見詰めていた。うちは基本的に誰からも電話がかかってこないのだ。あるとしたら悪戯電話と勧誘のお電話で、めんどくさいなぁ、とピカピカ青く点灯する電話のディスプレイをのそのそと見に行ったのだ。寝ぼけまなこの瞳をごしごしとこすり、見たことのある番号だ、とぼけっとまた考える。 それだけで随分な時間を要していた。 プルッ、 最後に小さく震えた電子音で、はっと気づいた。 「お父さん!?」 慌てて手を伸ばした受話器を耳へとあてても、遠くで聞こえる電子音ひとつだけ。つー、つー、つー、………。 もうちょっと待ってくれてもいいのにな、と考える気持ちと、さっさと確認しとけばよかったと考えた後悔。 うーん、と首をひねって、もしかして、キャバッローネに何かあったんだろうか、と私は静かに受話器を置いた。 「おじさん、まだ帰ってこねーの」と首を傾げていた山本くんを思い出していた。確かに、そろそろ帰ってきてもおかしくない。いつもならこれくらいのスパンで「やぁやぁお父様がお帰りだ!」とインターホンを連打するっていうのに、何だか少し心配になってきてしまった。 まぁ心配してみたところで、こちらから連絡する訳にもいかない。案外、あの取り損ねてしまった電話は、そろそろこっちに帰ってくるという事前連絡だったのかもしれない。いつもはそんな殊勝な事をしないから、また変な気分になってしまう。 「 「は、はいっ」 私は丸い小さな椅子をはじき飛ばすようにしゃきっと背中を伸ばして立ち上がった。小さめなメガネを鼻の上にかけた男性教師が、「ちゃんと聞いてる?」と不思議そうに首を傾げる。 曖昧に頷く私に、彼はほんの少し苦笑して、「だからね」と手を組みながら柔らかい笑みでもう一度、同じ台詞を繰り返した。 「保健室に、新しい先生がつく事になったから。多分一時的だと思うんだけど、体育祭が近いからね。前の先生が体調不良を訴えてたし」 「はぁ」 「それで今日から来てくれるっていうんだけど コンコン、と案外控えめなノックの音が聞こえる。座り直した丸椅子から、先生の身体の影に隠れた、保健室のドアを私は身体を傾けのぞき込んだ。 「どうぞー」 先生の軽い声の合図に、「へいへい」とこれまた軽そうな声の男性が、ひょこっとドアから顔を出す。 やる気のなさそうな表情に、派手なガラのネクタイ。保健の先生だと分かるものは、身にまとう一つの白衣それだけだった。しかも何故か他の服はよれよれなのに、白衣だけが綺麗にぴっしりとアイロンをかけられている。不思議な人だ。でも無精ヒゲ。 「それじゃあさん、あとはまかせたよ」と男性教師と入れ違いに、彼は私の前へと現れた。 目の前に立たれると、やっぱり大きい。 「えー、と」 用具の場所やらは、きっと説明済みだろう。私はささっと立ち上がって、彼をじいと見る。運動部のかけ声がグラウンドからよく響いた。 背の大きな先生は、にかっと笑う。私もつられた。 「俺シャマルってーの、お嬢ちゃんは?」 「、ですけど……」 「じゃー、ちゃん!」 「です」 「ちゃんっしょーお」 「です」 「ちゃんはさぁ」 「…………なんですか」 なんだか同じ様な会話を前にもした事があるなぁ、とぐらりと頭が痛くなってしまった。あー、と頭を抱えている隙に、シャマル先生はにやにやと笑いながら両手をささっと目の前につきだしす。 ぽかりと目を開けてしまったときに、なんともなさげに先生は「まずは保険委員から身体検査ね!」「は、ちょ、うわ!!」 ぺったりと人の胸の前に両手を突き出された形に、私は思わず座っていたはずの椅子を持ち上げ、ガゴン! と先生の脇腹へと一発。予想以上の手応えにシャマル先生は軽く壁へとぶっとんだ。 丸椅子を持ったままの全頭姿勢ではぁはぁと肩で息をしていると、呻いているシャマル先生にはっとする。「う、わ、ご、ごめんなさい先生大丈夫ですか!」 「オーケイオーケイこれくらい問題ないない。うりゃ」 ガゴン! 改めて丸椅子を両手で握りしめつつ、床へとへこたえる男性教師一人からじりじりと後退し、この人本当に先生なんだろうかともの凄い疑問と不安が頭の中を過ぎった。 大丈夫なんだろうか、この人は! BACK TOP NEXT 2008.11.21 |