第16話  山本くんと彼女のお正月事情



「あけましておめでとうございます」
「ことしもよろしくおねがいします」

俺とは二人一緒にこたつに入ったまんま、ぺこんと頭を下げて挨拶した。毎年の恒例である。親父はというと、障子をがらりとあけて、俺たちに「来年もよろしく頼むぜ!」と言った後にさっさか風呂に向かっていった。二年越しの垢を風呂でおとさねーとなッ! とか言っていた。

毎年毎年親父は除夜の鐘を風呂場で聞く。とは言っても、本物の鐘が聞こえるわけがないので、気分の問題らしく、「ぼーん、ぼーん」と鼻歌ついで自分で歌っていた。は親父の鼻歌を聞いて、「セリフ除夜の鐘だねぇ」とケラケラ笑っていた。セルフってなんだよと思いつつ、がかわいいので、そうだなぁ、と俺もが作った年越しそばをずるずるいただく。んまい。


隣を見ると、はすでにうとうとしていた。俺の目の前の炬燵にごそごそと体をつっこんで、まぶたが落ちたり、上がったりを繰り返している。うとうとしている彼女を見るなんて機会は滅多にないので、じーっと見つめる。は俺が見ていることにも気づいていない。



と俺は幼馴染で、俺はちっちゃいときからのことを好きだった。だから正月はが朝までうちにいるという、滅多にない日だったので好きだ。「おーい、こたつで寝ると風邪ひくぞー」 俺が声をかけても、はうんうん頷くだけで、こっくりこっくりこぐ船はもっと大きくなっている。おお、かわいいなあ。俺はこたつに肘をついてにまにましながら彼女を見た。


昔からはかわいかった。そんで照れ屋だった。武くん。一回くらいそう呼んでくれたら、もっとうれしーのになー、とかごにょごにょ口の中でつぶやく。ごそごそ体を移動させて、の耳元につぶやいてみた。「たけし、たけしたけしたけし」 睡眠学習というやつである。

はうにょうにょと瞳を動かし、ううん? と寝言みたいな声を出した。「たけし……」「おう」「ビート……」「それは別人じゃねぇか?」 テレビに出ている有名人を出されてもなぁ。つーかたけしビートってなんだよ。武のバタ足かよ。水泳かよ。


テレビを見てみると、あけましておめでとうございます! と見覚えのある芸能人が言い合っている。はほとんど撃沈していた。こてっと軽い衝撃があったのでびっくりしてみてみると、が俺の肩を枕にしている。おおっ。人知れず焦った。


お前、恋人は野球なんじゃないか。

ときどきからかい混じりに言われる言葉だけれど、苦笑いして頷く。否定はしない。じゃあ女に興味もないんだなぁ、と言われるたびに、俺は少しだけ言葉を濁した。女に興味、アリアリだ。好きな人は。だ。でもそれをはっきり言うと、を困らせることになるのを知っているのでなるべく我慢するようにしている。



肩にもたれかかっている彼女の匂いがした。「ー、それ、苦しくないか?」 首痛くないか? と訊いてみたら、ううーん、と彼女は否定なのか肯定なのかもわからないような頷きをした。おいおい、どっち?
そしてやっぱり肯定だったらしくて、はずるずると俺の膝の方に頭を移動させた。膝枕である。

「おーい、ー」

さすがにこれはやばいってー。
なのに彼女は起きてくれない。うーん、とこたつの上のみかんを見つめて、俺は頷いた。役得役得。そういうことにしておこう。

よしよし、との頭を撫でて、「なあ、起きたらさぁ、初もうで行こうぜ、な?」 起きてたらどうせ断られる誘いだとわかっているけれど、今のうちに口約束を取り付けてみればなんとかなるかもしれない。彼女は今度は眠気混じりにきちんと返事をしてくれた。

「明日は……ししょーと……お稽古で……山本くんのお家の大掃除して……近所のみなさんにご挨拶もして……やることいっぱい……だめです……」
「そりゃあしょうがねぇな……」

むしろ手伝わねぇとなぁ、と思ったけれど、邪魔なんてどこかに遊びに行ってくださいとほっぽり出される気がする。
とうとうは本気で寝入ってしまったらしい。くうくうと可愛らしい寝息が聞こえ始めた。俺はよしよしとの頭を撫でた後、ちょいちょいと唇をいじってみる。ふにふに柔らかい。「おいしょ」
とりあえずそのまま襲おうと思った。これくらい、したってばれないだろうし、実は昔っからこっそりしちゃってるし。ちゅっとしようとした瞬間、背後の扉がガラガラと開いた。「あー、いい湯だった」 親父である。


慌てて素知らぬ顔をしてテレビを見ているフリをすると、さすがに父親なのか、親父は俺を訝しげな目で見た。「武、お前変なことしてねーな?」「ん? 変なことって、なんのことだ?」「ちゃん、襲ったりとかな。預かってる娘さんなんだから、妙なことすんなよ」「ははは」「何笑ってごまかしてんだお前」

親父もごそごそこたつに入りながら、「武お前が昔っからべたぼれなのは知ってるけどな、ちゃーんとけじめはつけろよ」
「でも親父、どうせこいつ、俺んとこに嫁に来るだろうし、まあいいんじゃねーか?」
「……ん? まあそうか」


まあそうか。まあそうかー、とぶつぶつ言いながら、親父はこたつの中に深く入り込んだ。がつんと俺の足に、親父の足が当たる。「こたつで寝ると風邪ひくぜ」 本日二度目のセリフを言いながら、テレビ画面の中の芸能人が、「今年もよろしくおねがいします!」というセリフに、なんとなく頭を下げた。







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2011.07.27