未だに混乱


第12話  未だに身構えチュウ





オーケイ。オーケイ理解した。何の因果か分からないけれども、何故か私の隣の席へと座っている茶髪ツンツン少年沢田くん通称ツナ。半分泣きかけながらガリガリと鉛筆を振り回す様は中々に見物だったけれども、どうやら提出分の宿題をし忘れたらしい。
「俺の見せましょうか!」 とニコニコ顔の獄寺に何のプライドか、後ろに突き刺さる獄寺ファン(多分)の視線が痛いのか、「い、いやいいや」と彼は引きつった笑みを見せて、わざわざ自分の席から離れ「オッスツナ俺も忘れたははは、しょーがねーって」と爽やかな笑みを見せる山本。

三人の関係性は、きちんと私の脳内へとすり込まれていたものだった。
けれども昨日まで小さなピコピコした武くんを見ていた訳なのだから、心中はとっても複雑だ。山本とぱっちりと目が合うと、にかーっとあらん限りの笑みをこっちへと向けてくれた。その笑い方が、小さな頃と同じなもんだから、やっぱり複雑だった。

「やまもとよ……」
「んん?」
「……………なんでもないッス」
「そうかー?」




取りあえず混乱してもしょうがない。そんなもんだと割り切らなきゃ生きていけない。いつも通りな授業中、僅かに違う事は隣の茶髪くんだけだった。うとうとと頭を上下に動かす様を見詰めて、シャーペンで刺してやろうか一応善意で、とカチカチお尻を押していると、随分離れた前の席で座っている獄寺が、ぐいっと顔をこっちへと向けて、あらんばかりに眉へと力を入れ、パクパクと口を動かしていた。
じゅ う だ い め の あ ん み ん を じゃ ま す る な ボ ケ 女
何故だか嫌われている気がする。いやいや獄寺はこういう態度がデフォなのだ、きっと。

沢田、獄寺、山本、笹川、黒川、内藤。すくなくともこれだけ増えた教室なのに、昨日とまったく同じ机配置と合計人数だった。
彼らの代わりに消えた人間がいるはずなのだけれども、どうしても思い出せない。それとも教室の面々が全て総代わりしたのだろうか。


時間はするすると過ぎていった。
     恭弥くんはどうなのだろうか。

漫画の中の彼らと同じように、やっぱりちょっとはっちゃけボーイなんだろうか。今更ながらに雲雀くん純粋培養計画なんちゃってみたいなものを計画していた私なのだけれどもそいつは成功しちゃったんだろうか、どうなんだろうか。
今朝方見た限りでは、なんとも発言できない。

重く沈んだ思考というのは案外時間を食うもので、終わりのSHRの時間、机の上に乗せた鞄へと顎をひっかけ、私は半分瞳を瞑っていた。既にそわそわとしている沢田は、さっさとお家に帰りたいのだろうか。私も帰りたいよ色々と。
「きりーつ、きおつけーれいー」

聞こえた委員長(ロンシャン)(なんかやる気でないよ)の号令に、沢田はささっと立ち上がり、その隣を獄寺がささっと付きそうように身体を移動させてきた、素早い。
私は何故だか座ったままの体勢で、思わず沢田のズボンあたりをぐぐっと掴んで「ぎゃあ!」と可哀想に、僅かに青いパンツが見える状態にある沢田は(誰の所為だとかいわない) 必死にズボンを持ち上げて
「何するんだよ!」
「オラアアボケ女! そんなに十代目のパンツが見たかったのか!」
「いや見たくないし違うし」


聞ける人間が、彼らしかいなかったのだ。山本には聞きづらい。よくわからん。幼馴染みってなんだそれ。

「…………雲雀恭弥先輩ってさ」

名前を呟こうとした。けれども沢田は雲雀のひば、辺りまで口にした瞬間、お決りの叫び慣れたであろう悲鳴「ヒイイイイイ!!!」で私の手のひらをささっとはずし、意外なまでの俊敏な動きで廊下を走り去っていく。すぐさま「待ってくださいじゅうだいめー!!!」と走る銀髪タコヘッド。

何も掴んでいない手のひらを空気の中でわきわきさせた後に、目が合った山本が、「じゃあなー」と軽い挨拶で颯爽と軽い足取りで教室から消えた。野球部だろう。

「……………なにも、そんなにびびらんでも」
かなり、不安になるじゃないか。そして嫌な予感がぶるりと来るじゃあないですか。


そしてそれは的中した。



後門前に集まる人だかりの中に、どんどんと飛び越えた頭が見えた。黒く真っ直ぐ前方へと突き出された個性的な髪型、ぶっちゃけリーゼントに学ランの彼らは、手を後ろに組みながら、一人一人後門を出る生徒へとチェックをしているらしい。
遠巻きに見てみれば、頭髪検査に服装検査かもしれない。セオリーでは朝方するものだと思っていたけれども、朝早くに来ない生徒の為だろうか。

私はこそこそと腰を屈めながらリーゼントの隣を抜けようとする。なんとなく恐いッス。
しかしながら鋭い閃光に射抜かれ、ついでに首もとをぐいっと掴まれぷらりと足先が宙に浮きそうになってしまった。「ぐえ」 我ながらカエルがつぶれた声みたい!「ぐ、…ぐるじいッス」 勘弁してほしいッス

さっと足がきちんと立つ位置まで落とされ、彼らはじろりと服装を一瞥する。「通って、ヨシ!」 腹の底から思いっきり圧縮して飛び出させたような空気が、顔の表面へとびりびりあたり、思わずうっ、と後ずさった。通っていいらしい。
その時丁度後ろから、「?」 と男らしく響く、聞き覚えのない声に、私はふいっと振り返った。

大きなおそろいリーゼントにそれに似合うデカイ図体。口にくわえたぴろぴろの草にう、うお! と思いっきり叫んでしまいたくなった。
それを何とか飲み込み、口元をひん曲がらしながら、「くくく、草壁、さん」

ああ、と人の良さそうに目を細めながら笑う彼に、ほう、とこっそりと安堵の息をついた。
というか私は彼と知り合いなんだろうか、もごもごと口ごもりながら、こっそりと小さく訊いてみた。

「………そ、そのう、雲雀、先輩は」
「委員長?」


眉をひそめると同時に、ぴろりと口元の草が動く。もしかして訊いてはいけない事を訊いてしまったのだろうか、と私は手をパタパタと横に振り、「ああいいいいええええやっぱいいですたい!」 たいたい!

けれども草壁さんはまた目をうっすらと細め、くいっと口元を上へと釣り合げた。
「委員長は、ちょっとした処理をしておられる」


処理。事務処理かなんかだろうか。案外平和的な答えに、思わずぽかんと口を広げて、「通って、ヨシ!」とまた大きな声が響く風紀チェックをちらりと見た。
やっている事はちょっとだけ大げさだが間違っていないし、格好は派手だが別に乱暴をされている訳じゃあない。
(………あれ、風紀委員って、なんか平和?)

もっと殺伐としていたイメージがあったのだけれども、格好を除いて普通っぽい彼らを見詰めながら、恭弥くんの事を、そんな重々しく考えなくていいのかもしれない。複雑なような安心したような、取りあえずこの後再びであったときに、「やぁ今朝方振り咬み殺すよ」にこり。なんてされないんじゃあないだろうか、とハーと息をついたそのときだった。


「不許可アァァアアア!!!!」


大声で叫ばれた言葉に思いっきり振り返ると、金髪の少年だった。ああ金髪かぁ、アウトだなぁ、リーゼントはいいのになぁー、とぼけーっと、野次馬半分な気持ちで見守っていると、彼の襟元を、ガッと風紀委員が掴んだ。「え?」 声を上げたのは、私だけだったようだ。周りにいる生徒は「ああ可哀想になぁ」とでもいうような目線で彼をじぃ、と見る。

バタバタ暴れる金髪少年は、叫んだ。「ひ、雲雀はやめてくれー!!」 ………ひばり?
そして彼を引きずるようにして風紀委員は異動する。グラウンドを渡り、人気の見えない校舎裏までずる、ずるり。

「………あの、草壁さん」
「ん、なんだ」
「そのう、今、雲雀先輩って」

上手く口が回らない。聞きたくない、正直。
しかしながら草壁さんは、平然として答えたのだった。

「処理をしている」

…………………なんの、ですか?






正直、恐くてたまらなかった。もちろん漫画の雲雀さんは大好きだけれども、あの愛用の武器トンファーでばしん! 顔を叩かれた日には、私は多分もうお嫁に行けない。痛いのは嫌いです。
子どもの頃の、その何枚もの威力で震われる拳を想像して、マンションの中でうおおおお!!! とお布団をかぶって震えていた。
思いっきり避けたとしても、隣の部屋なのだ、出会う。絶対出会う。いつか出会う。
(くううううああああひいいいい)
初めてこのマンションに来たときとはまたまた状況が違うのだ。やっだ何この子かーわーいーいーだった子は、見事立派な中学生であり、私の背丈を余裕で超えている。
ヤバイ、救急車。ケータイ常備。萌えとかいってる場合じゃありませんこれホントに、ホントに!

震える手のひらでケータイを取り出し、思わず119を押そうとした。いや今押しても意味ないやん。一瞬で素に戻った。
ぽい、と布団へ放り投げようとしたケータイが、ぶぶぶぶ……と静かなバイブ音が聞こえる。ほぼ反射的に相手など確かめず、「ヘイ!」と私はケータイを耳に当てた。

ざわざわ聞こえる電子音に、「………?」と誰かに声を呟かれる。
聞き覚えのありすぎる、綺麗な男の子の声に響きに、ひゃうっと喉もとから変な声が溢れてしまいそうになり、ぱちんと口をぶったたいた。「う、あ、でございまぁーす!」 私は一体どこのサザエさんですか……!


身が切り裂かれんばかりの沈黙に、思わずお腹を押さえながら、ケータイの電源をぶちりと切ってしまいそうな手のひらを力強く押さえこんだ。もしもしそんな事をして「なに勝手に切ってるの咬み殺してあげる」なんて事を親切にも助言されたら、明日私の命はない。命日は今日です。
ああでも恭弥くんとケータイなんか微妙にしあわせ……! とか微かにも考えちゃう私はもうダメだ。


『今日の晩ご飯、なに?』
「へ?」


一瞬、聞き間違いなのかと思った。
何で恭弥くんに、うちの晩ご飯を訊かれなきゃならんのだ。眉の根っこへと無意識に力を入れ、ない脳みそで精一杯考える。なんでだろう。

「………なんで、晩ご飯?」
『え?』
「え、って……あ、その、もしかして、一緒に、食べるつもりですか……?」

まさかぁ、と思いつつ吐かれた言葉は、「何いってるの?」と心底不思議そうな声でかわされてしまった。我ながら馬鹿な事をいってしまったものだ、と頭をひっかきながら「ですよねー」『食べるに決まってるじゃない』「は」 

そして電話側の声は、随分不機嫌そうに呟いた。

『何、君は僕を餓死させたいって訳?』

そんな訳じゃない。見えもするわけないのに、私はぶんぶんと思いっきり首を横に振り、布団に延々とくるまっていたものだから、晩ご飯の準備などまったくしていない事に気がついた。どうしようどうしようと考えつつ、一生懸命頭を回して冷蔵庫の中身を思い出す。

「は、ハンバーグ!」 

思わず思いついたオイオイどこのお子様が食べるんですか? 的なレシピを口にした瞬間、ワォしまった! とこれは本気で考えた。 なんで雲雀さんがハンバーグなんですか。お子様ランチが似合う少年ですか

「や、やっぱやめ」『ふうん』

雲雀さんはどこま満足そうに返事を返し、唐突に電話が切られた。
相手のいない電話を耳に当てつつ、はっと立ち上がる。
あわただしく動きながら、ヤバイ下手なもん食べさせたら咬み殺されるぜ! とかなり必死な思いが脳内へと頷く。
冷蔵庫の扉を力一杯開け、冷たい冷気を顔に当てながら、「あれ恭弥くんお母さんと一緒に食べないのかな?」とありきたりな疑問を思い出し、けれどもさっさと作らないと! とあわただしい思考の中で、そんな疑問はすぐさま流れていってしまったのだった。





  

2008.11.12