第16話 お弁当エレベーター相変わらず(私にとっては)新しいクラスは騒がしく、委員長のロンシャンの号令はがくっとやる気がそがれる。沢田は毎日宿題を机の上で頑張ってるし、獄寺はふれふれ、ふれふれ! と一生懸命応援してるし、脅威の直感男山本は、自分も宿題をしていないにも関わらず余裕な顔っぷりで爽やかに笑っている。 「山本ってうらやましいねぇ」 「うん、なんでだ?」 山本はほんの少し首をかしげた後、ああなるほど、と勝手に頷いていた。「そうか、寿司食いたいんだろ。いいぜー。なら親父も喜ぶって」と言いながらばしばし背中を叩いてくる。いやいや、違うって。でもお寿司は食べたいって。今度伺わせていただこう、よろしく! さて、今日の晩御飯は何にするかなぁ〜。このごろの思考の大半がそれである。最初の方は下手なものを作ったら、いったいどういう反応されるだろうか、主に咬み殺すとか思ってたけれども、そんな心配も杞憂なようで、自分が作ったご飯を誰かがもぐもぐ食べてくれるというのは楽しいものだとハッと気づいてしまった。 「ご、獄寺ァ!」 「なんだバカ女」 「私女子力アップしちゃったかも!」 「ばかかクソ女」 「っていうかさんよく怒んないね!? 意外と器が広いよね!?」 まあまあ獄寺の言うことにいちいち沸点をオーバーしてたら体力が持たないしぃ、と沢田にけらけら笑いつつ、「女子力アップ、女子力アップ」とらんらんるー、と一人教室を出て、廊下をスキップしていく。おトイレおトイレ。しばらく前までは上がるものは腐女子力だけだったから、これはもう大進歩だよ。さすがに現実相手を前にして薄い本相手にニマニマする暇はないので、このごろそっちの方面は下がりっぱなしである。らんらんるー。 「そこの女生徒、廊下はスキップするんじゃない」 「あ、すみません」 慌てて姿勢を正し、てっきり教師のだれかと思えば、ぬっと見下ろされた影は草壁さんだった。相変わらず草をもひもひ食んでいらっしゃるのだけど、おいしいのだろうか。例え激しく気になることであろうとも、訊けることと訊けないことがある。私はグッと力強く視線をそらし、「こんにちは!」と頭を下げた。彼は相変わらずのハスキーなお声で、「ああ……」とつぶやいた。 そしてそのまま、「スキップはしないよーに気を付けます!」と敬礼して、失礼しますと去ろうとしたのだけれども、草壁さんが、「」と声をかけたのだ。「はい?」 振り返り、草壁さんと向かい合うと、彼はどうにも言い辛そうな顔をしたまま、草をもぐもぐしていた。はむはむはむ。草のさきっちょがぴろぴろと動いている。手を伸ばしたくなるのでやめてほしい。ぴろぴろぴろ。「そのう」「はい、ぴろぴろ」「(ぴろぴろ?)」「はい?」「委員長と、喧嘩でもしているのか?」 ・ ・ ・ 「はい?」 何を言ってらっしゃいますか? 首をぐいんと横にかしげて、ついでに腕も組んで思いっきり眉を寄せると、草壁さんはほんの少し安心したように、「そうか、違ったのか」とうんうん頷いた。「だったら」「はい」 っていうか私さっきからはいしか言ってない気がする。「なんで委員長に弁当を作ってやらないんだ?」 「はいぃ?」 どうやら『わたし』は恭弥くんにお弁当を作っていたらしい。(え、え、え、えええう!?) お弁当だと。お弁当だと!? どういうこった! と急いで家に帰ってがさがさ戸棚をあさってみれば、見覚えのない、紺色のお弁当箱が入っていた。さささーっと血の気が引く音がする。もしかして、もしかしなくとも。 私の頭の中で、無表情のまま応接室のソファーに座りながら、ぐぐぅ、とおなかを鳴らしている恭弥くんの図を思い浮かべてしまった。(か、かわいそう……!) そして激しくごめん! なんでと理由を言われてもどうすることもできないので、お弁当を作ってなくってごめんね、と言うのも言い辛くて、恭弥くんと気まずくもぐもぐチャーハンを頂き、「それピーマン入ってるからね」とお伝えして、うんうんと頷きながら彼はレンゲをもぐっと口にした。そして静かに眉をひそめていた。 ちょっとかわいかった。 お弁当を作るだなんて久しぶりの行為にどっきどきだったのだけれど、案外上手にできたお弁当箱をきゅきゅっと布でくるみ、ちくたく進む時計を見つめた。準備のために朝早くに起きすぎてしまったのだ。 よし、と拳を握っていつもの時間に玄関を出て、同じタイミングでドアから顔を出した恭弥くんに、「お、おはよー」 軽く手のひらを振ると、彼は頷いた後、「おはよう」 そのまま並んで、てくてくエレベーターに向かった。いったいいつ言えばいいのか、と無言の中でタイミングを計りかねたのだけれど、彼がぽちっとボタンを押したとき、「ひ、ひばりせんぱい……お弁当です!」 サッと彼の目の前に突き出した。 恭弥くんは、いったい何が、とでもいうようにほんの少しだけ目を見開いた。そしてお互い固まった。ちーん。エレベーターが止まる音がする。やっとのことで動いた彼は、ゆっくりとお弁当箱を受け取った。そしてやんわりと笑った。「ありがとう」 死ぬほどびっくりした。 なんだかこっちのほっぺたが赤くなってしまいそうだ。いつの間にか、にこっと笑っていた恭弥くんはいつもの無表情みたいな顔に変わっていた。けれども恥ずかしくって、さっと足元に視線を落とした。もう一度ゆっくりと顔を上げて彼をうかがってみると、恭弥くんは不思議そうに片方の眉をくいっと上げていた。私は照れ隠しみたいに、「ははは」と笑って、「ごめんね、しばらくお弁当、作ってなくって」「別にいいよ」 よかった。怒ってないみたいだ。私が笑って、いると、恭弥くんもほんの少しだけ口元を上げた。うおお、なんだかドキドキするぞ。「」 彼が私にお弁当箱を持ったのと反対の手をひょいっと向けようとしたとき、 うぃーいいーいいーん 静かにエレベーターの自動ドアが閉まる音がして、「ああ、あー」と私は慌ててボタンを連打した。けれどもエレベーターは、知らないよーっとばかりにピシャリと閉まり、そのままランプは下の階へ移動する。「ああー……」 情けない声を出して、ぽちりと下矢印のボタンを押して、もう一回恭弥くんを見上げてみると、彼は素知らぬふりをしてエレベーターを見つめていた。 私も彼を見習って、隣に立ちながら、次にチーン、と音がするまで、一緒に並んでエレベーターを待ったのだった。 ← ■ → 2011.08.05 |