テストが近い


第5話   ぶつかった 2




教科書の付箋ページをぴらつきながらため息をついた。もうちょっとと目前に迫る文化祭前にテストをして、不安事項をなくすという学校側の政策には頷けるけれども、色々と先の事が頭の中で渦巻いて、なんともいえない(だいたい俺、文化祭とか、いやなんだよね) だって人多いし。

筆記用具を持ったまま、教室へと戻る最中に、とん、と肩を叩かれた。ぐ、と息を飲み込んで、目の前が真っ白になりそうな感覚に、ふいと横切る、小さな影。ゆらりと揺れた左右のくくった髪の毛に、ため息が出そうになった。『ヤッホ、げんきー?』 もちろん、オネーチャンが俺の肩を叩いた訳ではない。そんな事をしても、するりとすり抜けて、まったく意味がないからだ。


ー!」
「………藤代くん」


だから触るなっていってんだろアピールとして、叩かれた肩を、反対の腕でさっさっ、と払ってみても、きょとんとしたままの少年にはまったく気づいていないに違いない『無駄よう、誠二はそこがかわいいんだから』 それはすまない。バカな子ほど可愛いってヤツだったのか。


ひでーよ。移動教室から先に帰っちゃうし」

そういうと藤代は、後ろを振り返って、マイペースな速さで階段を上る笠井に、おーい、と手を振った。ちょこんと飛び出している頭が、ほんの少しずつ大きくなる。無視でもすりゃいいものを、アイツは小さく手を振っていた。意外と律儀なヤツだと気づいたのはこの間だ。

藤代の所為で、特に廊下も進めず、半分つったってる形になってしまった。何で俺がコイツの事をいちいち待ってなきゃならないんだろうか。ぶーぶー文句を垂れている藤代を見て、純粋にそう思った。本当に、何故いちいち他人を待って短い距離の教室へと、一緒に帰らないといけないんだろうか。そんな事を考えていると、そのまま思った事が口に出てしまったらしい。

「なんで俺がいちいち藤代くん待たんとあかんの?」


笠井に手を振ったままだった藤代は、とても不思議そうな目で俺を見て、こくんと首を傾げた。俺よりも高い身長のくせに、一瞬小さな子どもに見える。「なんでってお前、」
口にした瞬間だった。


どんっ、と後ろから押された。いいや違う正確に言えば、肩と肩がぶつかったんだろう。こんな狭い廊下で堂々と立ち止まっているから、他人にぶつかるのだ。痛くはない、まったく痛くはない、けれどもああ、





目の前に、画像が写る。相変わらず接触の悪いテレビのように、白黒の画面から、カラーへと移り変わって、またモノクロだ。ぐにゃりと画面がぶれた。

生徒が大勢いた。その真ん中で、ぽつんと唯一色がついた男がいる。名前は知らない。どこかで見た事があるような気がしたが、ソイツは、真っ白いテストへと、黙々と鉛筆を走らせる。確信は持てないが、あと一週間ほどで始まるテストかもしれない。
この次のシーンに、一体何が起こるのだろうか。見たくもない他人の状況を、目を伏せようとしても、体が動かない。眉間に入った皺を、伸ばしたいっていうのに。

一体何が起こるのだろうか、と見たくもないものを、延々と見た。特になんの変化もない。いいや、違った。

男は、机の引き出しに腹をよせるようにして、中から小さな白い紙を取り出す。そして、テストへと目を向けているフリをしながら、その目の端っこでは、小さな紙を見詰めているのだ。(    カンニングか)
やっぱり、気持ちのいいものではなかったらしい。



それだけで、シーンが終わると思った。けれども、中々移り変わらない場面に、はっと気づく。
ようやく動くようになった首もとを、教卓へと向けた。
しっかりと着込んだスーツに、きりりとした目線の彼女は、隣のクラスの担任ではなかったか。はっきりとした面識はないけれど、それでも俺には、彼女が教師だという最低限の事は分かる。
その彼女が、男を見ていた。男はそれでも黙々と小さな紙の書いている答えを、答案用紙へと書き写す。

(ばれている)

ガタン、と、彼女は教卓を立った。男はさっ、と紙を机の中へと押しつける(ばれているんだ)女は、近づいた。一歩一歩、近づく(お前は)

そして、男の腕を掴んだ。





     !」

ぱっ、とカラーになった視界の中で、すっかり追いついたらしい笠井と、聞いてんのかー! とぶんぶん拳を振り上げる藤代の姿。ちがう。あれはちがう。今起こった事ではない。未来か、過去か知らないけれど。

「あ」

俺とぶつかった男は、軽く俺へと会釈しながら、するりと隣を抜けていった。ふらふらとした歩き方は、どこか危なっかしい。「今のヤツ、」 笠井へと、目を向けた。ほんの少し笠井は、まるで猫のように目を細めた後に、男の後ろをじっと見る。「確か、二つ隣のクラスだったと思うけど」 名前は知らない。


「それが?」
「や、なんでも、あらへん」


扉を開けた教室は、ほんの少しうるさくて耳に響いた。藤代が、なぁなぁとかけてくる声を、聞こえないふりと一緒に、机に顔を押しつける。ほんの少し隣で、甲高いオネーチャンの声も聞こえた気がした




一週間後、二つ隣のクラスの男が、カンニングをしたという噂を聞いた








  

2008.06.23