| あ、アンチクショー! 第3話 教室見参 我が弟が、お弁当を忘れていった。ワオワオ、なんて古典的な男なのだ。きちんと今日の朝「へーまー、お弁当テーブルの上だかんね、忘れちゃダメだかんね」と朝ご飯をお口にもきゅもきゅ詰めながら、唯でさえぼうっとしている瞳をまた細めてグラグラする弟を見て、私は「みそ汁で顔でも洗えば起きるんじゃないだろうか」とちょっと本気で思ったのを思い出した。 あーあ、と出かけ際に気づいた時ももう遅し、せっかく人が丹誠込めて作ってあげたご飯を、あの少年はなんともなしに忘れていったのだ。これを怒らずして何を怒る! くそう! お昼にぐうぐうお腹でも空かしてしまえ天罰じゃ! と靴を履きながら、む、と靴ひもを握った状態で固まり、その姿勢のまま膝で歩くように、バタバタとペンギンのような動きで、テーブルまで向かった。低い視線から、テーブルの端っこにちょこんと乗った、ピンクの包みが窺える。むう。 …………こんちくしょー (平馬のクラス、どこだったかなぁ………) お昼休みになると、私は爆走の域で飛び出した。短い間の休憩時間に届けに行ける程、2年と3年の校舎は近くない。お弁当の中身を崩さないように抱きしめて、見慣れない学年の顔つきを窺うように腰を低め、廊下を歩く。 何だか違う学年の廊下って、ドキドキするのだ。 ここかなぁ、とクラスのプレートを確認しながら、扉を開けようかどうか、暫く足踏みをした。ピッタリと閉ざされたピンクの引き戸。せめて開けっぱなしになってくれていたら気が楽なのに、前も後ろも、窓でさえも閉められてしまっていて、ううう、と身体を屈ませる。時々私の前を通り過ぎる他のクラスの人たちが、不思議そうに首を傾げていった。ちょっと恥ずかしい。 誰か、開けてくれないかなぁ、ときょろきょろしても、飛び出してくるはずもない。腕に巻いた時計を確認して、腹をすえた。えいやっ 扉に手を伸ばす。 伸ばした手のひらはくるりと空振り、それと同時に、カラカラカラと聞き慣れた音が響く。 ぬうう、と目の前に出来た黒い影に、目線を上へと移動させると、またまた見覚えのある顔だ。 「あれ、ちゃん」 「………や、やまぐちく」 同じクラスだったのかあ、と考えたのもつかの間。山口くんの後ろに立っていた、幾人かの男の子達が、ひょいひょいと合わせたように顔をのぞかせる。「だれ?」「だれだれ?」仲がいい兄弟みたいで、ちょっと微笑ましい。 けれども私はうぐぅ、と口ごもり、1、2歩、後ずさった。けれどもそれに合わせるように彼らは足を伸ばして、気づけばトイレから戻ってきたのか、私よりも大きな女の子が、後ろににゅにゅり。「何かたまってんの?」 にゅるにゅる 「あれ、山口の知り合い?」 にゅるにんぱ。 口々に開かれる台詞に、私は思いっきり口ごもって、お腹にぎゅう、とお弁当を抱きしめていた。「えーと、」と山口くんの声が聞こえる。 そのときに猫のような瞳をした少年の一人が、、「山口のコレ?」 小指をぴんっ、と立てた。 どこか古くさいその仕草に、一瞬ぽかりとしてしまったけれど、ぐわりと顔が熱くなる。「ち、ちちちちちちちち、」お前は何処のチーズ星人だといわれてしまいそうな程、私は同じ言葉を繰り返してしまった。「ち、ちが、ちがいます!」 予想以上のタメに、予想以上の大きな声で、私自身がちょっとビックリしたように、周りもきょとんと目を見開いていて、しんと長い静寂が落ちる。 からかわれたとき以上に恥ずかしくなって、私は思わずうつむいた。よこやま、と書かれた上靴が、なんだかとても情けなくくたびれているように思える。 丁度そのときに、山口くんがはー、と大きなため息をした。びくり、肩がふるえる。 「お前ら、ちゃん、からかうなよー」 な? と優しく肩に置かれた手のひらに、反射的に顔を上げると、彼はにーっ、と微笑んでいてちょっと心臓がキュンとする。今度は別の意味で赤くなってしまうと、周りの男の子と、女の子達が「ごめんごめん」と軽く笑いながら私に頭を下げる。 ぶるぶると首が吹き飛ぶくらいの勢いで私は首を振り回す。私が、ちょっと過剰反応しすぎてしまっただけなのだ。 「それでその子は?」 髪の長い女の子が、首を傾げる。 私は、その瞬間、今だ! と感じた。今、横山へーまの、姉ですよろしく! といってしまえば山口くんに対する妙な誤解も解けるのではないかと、ぴんっとナイスアイデアが降ってきた! おおおお、私ナイス! とうんうん自分で頷き、準備体操のようにパクパクと口を動かして、うと喉の奥に力を入れた。 「わ、わたし!」 「この子はなー、ちゃんっつって平馬の妹」 なー? 邪気のない笑顔で、山口くんが私へと同意を求めるようにちょこんと首を傾げた。「へぇそうなんだー、似てるような、似てないような気がするなーハハハ」「ハハハそれってどっちなんだよウハハハハー」 肩をたたき合うように掛け合う少年達の声が、右の穴から左の穴へと通り抜ける。 ひゅるり。 決意したはずの感情が、ふしゅりとまるでパンパンに空気を入れた風船に、針を差し込んだかのように、情けなくしぼんで 力強く投げつけたお弁当箱は、見事に山口くんのお腹にフィニッシュした。「ぎゃあ!」 ごめん! 1000のお題 【238 不毛】 BACK TOP NEXT 2008.11.02 |