| 暑い。 第4話 体育祭 予行 あー、あっついなぁ、と首筋に垂れた汗をぬぐうことが出来なかった。じとじとと流れる汗が体操服にしみこみ、頭からぶっかけられる太陽からのレッツ攻撃に、私は何をどうする事もできず、黙々と段ボール箱を運んでいた。 なんでだろう。なんで段ボール箱なんだろう。なんでグラウンドの端っこを、何度もいったり来たりしなきゃあならんのだろう。 だって委員会のお仕事だから。 最高学年だから、女の子関係なく、体育祭だから。予行日だから。何度も忙しなく色んな荷物を運んで、自分の身体と同じ容量ほどのコーンを両手いっぱいに抱え込む。 ときどき歩く生徒達に、「がんばってねー」とかけられる応援にはじんわり来ちゃうのだけれど、明らかに年下の子達にまで応援されている。多分同学年か何かに思われてるんだろうなぁ、と何だか泣きたい気持ちになった。 体育祭なんて、私は嫌いだ。 別に運動神経が特別いい訳ではないし、まだまだ厳しい太陽光をわざわざ浴びたいなんて体育会系な気持ちにもならない。基本はそこなのだ。 運動神経ピカイチなはずの我が弟に、「へーま一体何にでるの?」と訊いてみると、「ん、あー……」と数秒間天井に視線を走らせたかと思うと、 「明日俺早いから起こしてね」「いやいや誤魔化すな」 忘れたんかい。 なんであの子は脳内文化系なんだろう。不思議な子だ。 (………こういうのは、男子が、持つ、べき、だと) いやまぁ、誰も持ちたがらないと、いつまでも残っていた箱を、しゃらくせえ! と持ち上げた自分の所為でもあるんだけれど、それはこの際置いておこう。 何が入っているんだと確認した中身は、リレーのフラッグを立てる、金属製の土台っぽいもので一杯だった。 見て後悔した。見なきゃよかった。知らなきゃよかった。ずん、と腰辺りに重い衝撃が響いたような気がして、半分泣きそうになりながら、段ボール箱でなるべく視界を覆い、うんうんと足を踏み出した。 丁度通りがかったクラスメート達が座っているコーナー(自分たちのクラスから持ち出した、自分の椅子をグラウンドに直接付けている)を見て、思わず「ああいいご身分ですこと!」といいたくなるくらいに、彼らはゲラゲラと笑いながら行われているリレーにゴウゴウと応援をしていた。 予行日だとしても、1つ2は予選があったりする。 「あ、横山じゃん」 クラスの男子が、ひょい、と指さすように私を見た。びくり、と身体を動かせば、周りのクラスメート達が、「うっわちゃん重そー」と大げさなまでにパタパタと手を振って、がんばってぇ、と応援してくれる。 本当はもう歩きたくもないし、腰砕けだし、いやです頑張れませんといいたかったけれども、大勢に話しかけられた事でどくどくと激しく動く心臓を誤魔化すように、うん、と無言で頷いた。こんなにたくさんいるんだから、誰か手伝ってくれ、ともの凄く無責任にも、私はそう考えてしまう。 けれどもリレーが盛り上がるにつれ、ふいふいと次々にグラウンドへと戻る視線に、安心したような、やっぱり悲しいような妙な気分になって、私はそのままぐっと足を踏み込もうとした。 そのときだ。 ふわっと軽くなった自分の手のひらに、あれ? と上を見上げてみると、低い男の子の声で「うわやっぱ重そうだなぁ」とどこか聞いた事のある声が聞こえた。 「な、ちゃん」 ぱちり。繰り返した瞬きの向こう側の、その体操服にはしっかりと「山口」と書かれていて、もう一回パチパチと瞬きすれば、彼の腕章には私と同じ委員の名前が書いてあった。 そうなのか、と気づいた瞬間、ドキドキとまた変なくらいに心臓が音を立てて、彼が両手に持った重しを、がん、とあらたに私の段ボール箱へと詰め込み、「うわあ」とバランスを崩しそうになった瞬間、ぐいっと箱を持ち上げられた。 「これどっち?」 「あ、あっち……」 「そ」 いやいやいや、とぶんぶん首を動かしながら、ぎゅうと箱を握りしめていると、隣に座って、ゴウゴウ応援していたはずのクラスメート達から「ちゃん何してんの?」と首を傾げられていて、いつの間にやらたくさんの視線が集まっている。 「あれ、それ2年の子?」 山口くんが不思議そうに私を見た後、「そッス」とこくん、と頷く。敬語を使っているところなんて初めてみて、あ、ギャップが格好いい! とキュンとした心臓を押さえつけながら、クラスの視線やらなんやらに、私の脳内はもうとっくに爆発寸前だった。 「じゃ、俺もってくよ」 すいっと持ち上げられたような体勢で、やっぱりカーッと耳当たりが熱くなり、ぐるぐると脳内が混乱しだす。ぐらぐらと視線も回る。 「だ、だめ!」 大きく喉を震わせながら、思いっきり段ボール箱を取り返した形で、そのままぺたりとお尻ごと地面にくっついて、そして明らかに流れた気まずい空気に、はっと視線を上げると、きょとんとした彼らの視線と、ポリポリと頬をひっかく山口くんの顔だった。 何で私はこんなんなんだろう。と泣きたい気持ちに彼は「ごめんな」とトンと私の頭に手を乗せて、段ボールの中から、ひょいひょいと何個か荷物を取りだした。 思わず視線を上げると、彼は困ったように笑って、「やっぱごめん」とぺこりと小さく頭を下げた後、そのままたっと走り出した。 向けられた背中はどんどんと小さくなってしまって、すぐさま消える。 私は軽くなった箱を握りしめながら、大丈夫かとクラスの女の子に手をひっぱられて、情けなくって情けなくって、死んでしまいそうな気持ちになった。 素直に、ありがとうといえたらよかったのだ。そしたら彼も、きっと嬉しそうに「うん」と笑ってくれて、今頃一緒に隣を歩いていたかもしれないのに。 たったちょっとの差なはずなのに。 なんでなんで、そんな簡単な言葉が、私はいえないんだろう、本当に本当に、なんでなんだろう。どうしてなんだろう。 ぐ、と泣き出してしまいそうな気持ちで、力一杯唇を噛みしめ、瞼を力一杯、手の甲でさすった。 (助けて、へーま) BACK TOP NEXT 1000のお題 【701 口が裂けても言えない】 忘れられてるかもしれませんが、時期的にまだ9月なんですよねこれ。 2008.12.08 |