| どうしよう。 第5話 体育祭 当日 私はぐちゃぐちゃした気持ちのまま、当日を迎えていた。頭の中では「ごめんな」と苦笑いをしている彼の姿が、簡単に思い描けて、何で山口くんが謝らなきゃならないんだ、私がありがとうっていわなきゃダメな場面だっただけじゃないか、とずっとずっと泣き出しそうだった。 そんな事を平馬にいえば、「バカだね」の一言ですまされて「今日の晩ご飯なに?」あまりにも腹が立ったので、平馬には白ご飯に梅干しをささっと出してやった。 特に何の文句もなく黙々と咀嚼する弟を見て、お前はどんなご飯でもいいんかい私の苦労を返しやがれうおー! とまたまた憤慨してしまった。 ジリジリ照りつける光線は重い気分をまたまたどんどん重くしていって、打ちのめされた気分になる。 つまり私はどうすればいいんだろう。山口くんに嫌われたくない。でもそれ以上にどくどくと主張する気持ちがあって、うん、と私は拳を握りしめた。逃げてるだけじゃ何にもならないし、きっと後悔だらけなのだ。 「うしっ」 委員会の仕事は、当日も予行も変わらない。山口くんが私と同じ委員だという事を知ったけれど、ぶっちゃけ学年が違えば仕事も違う。早々とタイミングよく出会える事もなく、はー、とついた重いため息と一緒に、気づけば体育祭は中盤へと近づいていた。 わー! と聞こえる大きな喚声に、私も自棄になったように「わー!」と両手を上げた。色物リレーの一つ、借り物競走は毎年盛況だ。中でも定番の「好きな子」と書かれた紙は、毎年一人は絶対当たる。当てた本人にしてみればたまったもんじゃないが、見ている側としてみれば面白いことこの上ない。 よーいドン! とピストルの音が鳴った瞬間飛び出した生徒の中に、見覚えのある顔が見えた。 「わ、山口くん」 もの凄く、意外だった。だって山口くんはきっと運動神経がいいだろうから、こんな色物チックなものではなく、本気の勝負ものに出ているに違いないと考えていたからだ。それとも、何個も掛け持ちしているんだろうか。運動神経のいい人は大変だ。 やっぱり彼は足が速くて、ぐんぐんと後ろの人たちと差をつける。けれどもこの競技、スピードはさして問題はない。つまりは彼がただ今手に持った、紙に書かれている内容しかりだ。 山口くんが、思いっきり顔をしかめた。 人様よりも視力がちょっとはいいと自負している私がいうのだから間違いない。そんなに難しい条件に当たってしまったのだろうか。私はこっそりと、「がんばれ山口くん」と呟いた。やっぱりできるところなら、一番に到着した山口くんを見てみたい。 山口くんはぐるぐると顔を回して、観客達を目で追った。 その度にううう、と頭を抱え、そんな姿を見るたびに、頑張ってくれー! と思いっきり拳を握る。 「が、がんばれ!」 大きな声を思わず喉からひねり出したけれども、誰とはいう事が出来なかった。流石にクラスが大量にそろっている面々で他学年の男の子の名前を、堂々という自信がない。 けれどもその瞬間、山口くんが、ぐいっとこちらを向いたのだ。パチリと合ったと錯覚してしまいそうな目線に、私はぐるぐると顔を振って、他のクラスのメンツの中に隠れた。なんとなく。 その間にも山口くんはぐんぐんとこちらへと行進し、「すみません」とクラスのメンツの間をかき分ける彼の声が聞こえる。 「ちゃん、ちょっとおいで」 ひょい、とその手を伸ばされてしまった。 今までずっとずっと悩んできた事はなんだったのか。ついこないだの自分の行いを恥じて恥じて恥じまくっていたくせに、私はいわれた通りにぐいっと小さな手のひらを伸ばしていた。 アレ!? と自分でもびっくりするくらいに素直な動作で、山口くんは満足げに「うん」と笑うと、予想以上に大きな手のひらで私の手を包み、ばっとかけだした。 アレッ? 力強く引っ張られるスピードに、自分でも驚くほどに速く足が動く。山口くんパワーだ! と考えた後、あまりの恥ずかしさに悶え苦しんでしまいそうになった。なんスかパワーって。 瞬く間に躍り出たグラウンドの中央に何故だか平馬がぽつんと立っていた。 あまりにもシュールすぎる光景にぎょろりと目をひんむいて、いやいやいや! と首をぶんぶんと振る。 「何でへーま!?」 「横山という名の審査員です」 めんどくさそうに平馬はちょいちょいと手を出し、なんだなんだと思った瞬間、山口君が私の手を握りしめていたのと反対側の手から折りたたまれた小さな紙を取り出した。 平馬はそれを受け取ると、私を何度も見返して、山口くんは「全然オッケーだろ?」とにっこりと爽やかに笑う。きゅん。いや違う私。 「まぁ……ぎりちょんセーフ。はいおめでとう一位ですよー」 「おっしゃー」 あまりにもおざなりすぎる台詞に感慨もなにもあったもんじゃないな、と私は思うのだけれど、山口くんはそれでも嬉しそうに、ぐいっと拳を握りしめた。 「ありがとうちゃん」とにこにこ笑いながら私の頭をぐしぐしと撫でる彼に、あ、今ならいえるぞ、と口をぱっくりと開けた。 「や、山口くん」 「ん、なに?」 「そ、その、この間は、ありが、」 そこまで口を開けて、ぱっと気になる事が出来てしまった。 平馬が握りしめているあの紙には、一体何と書かれていたんだろう。聞いてもいいだろうか、と顔をひょいと上げれば、にっこりとした笑みで、よしよしと再び山口くんにて頭を撫でられた。 (………もしかして) 今自分が思いついた考えに、自分自身恥ずかしくてたまらない気持ちになってしまったのだけれども、もももももしかして! とやっぱり僅かな希望が募ってしまう。「どうしたの、ちゃん」「い、い、いえ!」 聞いた方がいいんだろうか、そうなんだろうか、どうしようか! そんな事を考えている間に、二番目の人がゴールした。 「はい好きな人、おっけー」 「え、わ、私が!?」 「そうだ! 俺ずっと君の事好きだったんだ! 付き合ってください!」 「………ありがとう、わ、私も、好き!」 「はいおめでとう2位ですよー」 相変わらずやる気のない平馬の台詞にて閉められたその光景を、私は遠い目線で長めながら、ぐ、と自分の顔をひっつかむ。 「うわー、カップル成立だな」 「………山口くん」 「ん、なに?」 「山口くんの借り物、なんだったの?」 「え」 「教えてください」 彼はどこか恥ずかしそうに、ぽりぽりと頬をひっかいて、首を傾げながら笑った。 「ちいさい子」 「ば、ばかー!!」 「あ、おちた」 平馬のポケットから、1枚の紙がこぼれおちた。2位の人の分はただ今自分の手に握りしめられている。ただいま3位以下は爆走中だ。 眠たげのまま、彼はその紙をひょいと拾い上げると、僅かに開かれた隙間から、手書きであろう、かすれた文字が見えた。「かわいい子」 BACK TOP NEXT 1000のお題 【817 小さいことは良いことだ?】 2008.12.22 |