| 何で私は、こんなところにいるんだ。 第7話 文化祭 準備 自分で自分に疑問を持ったけれども、黒板のチョークを握り締めながら、精一杯背伸びした。がり、がり、がり。白いチョークの先っちょで書かれた文字は、ぶるぶると震えていて、慌てて私は黒板消しを使いながら文字を消す。右手にチョーク、左手に黒板消し。ある種最強コンボに、やっぱり背伸びはつかれたと半分泣きながら書いた文字は、「文化祭の出し物について」 「横山さん、こっちいいから」 ぽん、と肩を叩き、人の好い顔で微笑んだ少年は、下級生だ。 「いやですいやですなんでですか!」 「なんでっていわれてもね。ほら文化祭の出し物って、兄弟学級で作るじゃない。だからね、他の学年に委員を選出しようと思って。横山さんこのクラスに弟いるでしょ、仲良くやってきな」 「おおおお弟がいるクラスで前に立てっていうんですか! それは一体何の嫌がらせですか!」 「だからさ、弟くん前でかっちょいいとこ見せなよ、ほらほら」 ぽんぽん、と背中を叩く先生は切れ目のいい瞳をにっと弓なりに形作りながら、ガラガラピシャン、と素敵な笑顔のまま、思いっきり締め出した。ひどい。これはひどい。 先生からもらった資料をきゅううと右の手で握り締めながら、私はぽてぽてと廊下を歩く。何が悲しくて、平馬の前で、がんばって率先せにゃならんのだ。しかも平馬のクラスには、(や、やまぐちくん、が) いやちょっと冗談ですよね! と私はぐるり振り向いて、大きくヘルプミー! とクラスへと手を伸ばす。けれども嫌味なことに、僅かに開けられたドアからは、先生がパタパタと腕を振りながら、最後にぐっと親指を出すそのポーズしか見ることができなくて、「先生のばかやろー!」と叫びながら、私は走った。思いっきり走った。廊下は走っちゃいけません。ちょっとペースを落とした。 カラカラカラ。根性振り絞って開けたドアの先には、にゅっと背の高い男の子が、「お、来た来た」とにっと笑う。私はぺこりと頭をおとして、「3年の横山です」 と言おうとした台詞を「あー」とへにょりとした声にさえぎられる。 なんだろう、と後輩たちのクラスを見渡せば、案の定、我が弟は面倒くさそうに頬杖をついて、ぼけーっと窓の外を見つめていた。外の枝に飛び移る雀がパサパサと翼を動かすたびに、微妙に頭が揺れていることから、1羽2羽3羽と数えているのだろう。平馬の思考回路ならまかせてくれ。暇な少年だ。 そんな視線をずるりとずらせば、山口くんがこっちを見つめながら、パタパタと小さく手のひらを振った。振り返そうか、そんなことを考えながら、びくびくと挙動不審に周りの人たちを見つめ、ぎゅ、と手のひらに力をいれつつよし振ろう! と決意したとき、「あー」と力ない声で呟いた少年が、私をゆっくりと指さしていた。 「あれだ、横山の妹ちゃん」 「え」 「こないだ俺みたもん。な、山口」 「ん、おう」 見覚えのない顔に、私は瞳を白黒させて、「え、え」と何度もつぶやいた。弟よ! と助けを求めようと視線を投げれば、彼はやっぱり暇そうに、ガラスへと人差し指をさしながら、きゅっきゅと何かの絵を書いていらっしゃる。弟よ。 「弁当届けに来てたじゃん」 「あ、あー」 こくり、と首をかしげ、そんなこともあったな、とパチンと手のひらを叩いた。あの時ならば、恥ずかしい恥ずかしすぎると頭を抱えて布団にもぐりこみたくなるところだが、人は成長するものだ。今じゃ枕に顔をうずめたくなるくらいの恥ずかしさだ。どっちにしろ超恥ずかしい。 いや、その、とごにょごにょと口を動かす間に、ぽん、と叩かれた肩は、先ほどの背の高い男の子が、「そう、妹さんよろしくね」とにこにこにこ。 「がんばれー」なんて声が聞こえるクラスの中で、「違います!」と叫べるはずもなく、私は静かにへたりと項垂れた。気のせいか、瞳の端っこに映った山口くんが、楽しそうに笑っていた気がする。 黒板係はすぐさま却下されてしまった。足りない手の長さが恨めしい恨めしいと思いつつ、教壇へとまっすぐに立ち、「えーと、文化祭、なにか、したいこと、ありまるか?」 やばい、恥ずかしい。噛んだ。今思いっきり噛んだ。誰もつっこんでくれない。いやつっこまれても恥ずかしいけれども、総スルーだ。これはむなしい。やばい本気ではずかしい。 「………ありますか?」 こっそり言い直したセリフに誰も気づかないでくださいと、教壇の影でぐいっと拳を握る。 彼らは顔を見合わせるように、「特にないなぁ、去年なにしたんだっけ?」と小さな声が聞こえた。「休憩所じゃない、教室開放の」「じゃ、それでいいじゃん」「妹ちゃん、それで」 カリカリカリ、と背後で聞こえる音は、黒板に文字を書く音だ。休憩所。緑色の板に真っ白い文字が書き込まれていて、私はいやいやいや、と思いっきり首を振った。 「あの、だめです! 今年は、その、3学年一緒に出し物をやることになったので、その休憩所とかは」 ええ、と聞こえる不満の声は少し怖い。知らない人たちばかりで、ものすごく怖い。尻すぼみになるセリフを、がんばって伝えようとして、中途半端に声が裏返り、ものすごく恥ずかしかった。 「他の学年の人たちが考えるんじゃないの?」 「だったらうちのクラスは、特になしでいいんじゃないかなー」 「え、いや、それは、だめだと、おもいま、す」 特になし。カリカリカリ、と書かれる黒板の文字を、私はあわてて彼の腕をひっぱることで止めた。「その、誰か、なにかないですか?」 弟よ! 再び送ったヘルプの視線に、彼は何やらまじめな顔つきで折り紙を始めている。弟よ! 「あの、なにか」 困り果てた気持ちに、ぐるぐると混乱していって、足元がぐらついた。立っているのか座っているのかよくわからないような感覚に、ぎゅうっと瞳をつむる。拳を握る。「その、なんでも、いいんで」 ざわざわと聞こえるクラスの声は、まるっきり私を無視しているようで、苦しくなった。 無理して出さなくてもいいんじゃないかな。そんな言葉を、チョークを持ったまま彼は呟いて、いや、それは、とぶるぶると首を横に振る。だめだろう。きっと。 ざわざわ、ざわざわ。 (どうしよう) 「ちゃん」 ふと聞こえたような声に、ぱちん、と顔を上げた。かち合った視線の先の彼は、にかっと笑って、「はい」 まっすぐにのばされた腕に、ほんの少し、教室が静かになった。 「意見いい?」 「は、はい、どうぞ!」 にーっと、彼は笑った。 結局、お化け屋敷に決定してしまった。トントントン、とトンカチで間の壁を立たせるようにと釘を打っていると、後ろからにゅっと顔をのぞかせた山口くんが「あー、だめだちゃん、それ歪んでる」 乗せられた手のひらに、「ごげー!」 と叫びながら、彼へとパンチしようとした腕を、「危ないから」とぎゅっと握られ、ぴくりとも動かない。動かない。 彼がしゃべる度に、耳へとふーっと息がかかり、ぎゃあああああ!(ひいいいいい!) 「へ、へーまは」 「ん、平馬はなんか釘打ち職人と化してる」 目の端で、一心不乱にトンカチをふるう弟の姿が見えた。はまったのか。 とん、とん、とん。 重なった体の上から、山口くんが、まっすぐとトンカチを振り落とす。 とん、とん、とん。 ほんの少しずつ埋まっていく釘を見つめながら、ぐっと唇を一文字にしていると、「まさかなぁ、なっちゃうとは思わなかったな、俺」と彼はぽつりとつぶやいた。「え」「お化け屋敷」「ああ」 ありがとう。 そんな簡単な言葉が、やっぱり出てくることはなくて、きりきりした感覚が、やっぱり苦しい。簡単に、吐いちゃえばいいのだ。簡単に。気にすることない。山口くんだって、きっと、気にしてない。 「や、やまぐちくん」 「ん?」 「あ、」 「あ?」 「あ、あいうえお………」 「え? かきくけこ?」 (いやもうちょっと上手い誤魔化し方があるでしょうが!) ぐ、と息を飲んで、じっと手元を見つめた。とん、とん、とん。「山口くん」「ん?」「が、がんばろう、ね」 そんな小さな声に、彼はうん、と呟いて、ぎゅっと私の手を握った。 やっぱり耳にかかる息が、ものすごくこそばしい。 BACK TOP NEXT 2009/02/16 1000のお題 【109 君と一緒に 】 |