お疲れ様でした、と頭を下げた。


第10話  文化祭 終わり





体育祭に文化祭。この二つが終わってしまえば、何やら年内の大半の行事を終了したような気分になってしまうのは何故だろうか。
まだまだイベントごとはたくさんあるはずなのに、私は毎年この時期になると、おお終わったーと、ぼけーっと考えてしまう。やってくるテストはみないフリだ。

鞄を抱きしめながらゆっくりと帰宅路を歩いていると、ふいに、背後で声が聞こえた。「ちゃん」 同時にぽすりと肩に落とされた手のひらにびくんちょと体を動かせば、にこにこしたような山口くんの顔が見えて、「テスト嫌だね」 と聞こえる。

学年が違えど、日程は同じらしい。私は未だにびくびくと震える心臓を押さえつけるように、ぎいぎいこくこくと油が足りない機械みたいに頷いた。


私は山口くんの隣に並びながら、てくてくと歩く。どちらかといえば、会話はさみしい方だった。自分から話題をふらなければならないと分かっているのに、何を言えばいいのかわからなくて、自然と山口くん一人がしゃべっている状態になる。
年上として申し訳ない状況なのだけれど、そのかわりに、私は一生懸命うんうんと相槌を打った。


話した内容はたわいもないものばかりだ。テストが嫌だということから始まって、文化祭お疲れ様、俺この後練習があるんだ、平馬が授業中に寝てた。もう11月だ。


「次はクリスマスかな」
「え、うん、や」

それは、ちょっと早いんじゃ、と思ったセリフをごくりと飲み込んで、クリスマスといえば、と私はぽんと手を打った。「た、誕生日、で」 人差し指と視線ををくるくるとまわしていると、ああ、と山口くんは頷いた。「平馬、そういやクリスマスだったなぁ」

誕生日プレゼントと、クリスマスプレゼント、くっしょくたに貰っちゃってるんじゃないの。明るい声を誤魔化すように苦笑いして、山口くんはいつだったかな、とちょいと見上げた。

確か覚えやすい日だったな、と考えたとき、彼はパチリと瞬きをして、「10月10日」と人差し指でちょいと自分に向けながら、にっと笑う。「もう終わったよ」


そうなのか、と思った反面、なんだか残念な気分がひゅるりと胸を撫でた。私がもうちょっと根性を出していれば、その日「おめでとう!」と言えることができたかもしれない。ついでにいうと好感度アップにもつながったかもしれないのだ。打算的で申し訳ない。

「なにか、あげようか」

そんなセリフはただの反射だ。
ん? と山口くんは首をかしげて、私は慌てて両手で妙なジェスチャーをしながら、そのう、と眉を寄せる。「誕生日」

山口くんは、きょとりと視線を泳がせた。思わず私もそちらを見つめてみても、何がある訳じゃない。ううん、というように、一瞬山口くんが躊躇するような表情を見せたので、私はなんとなく足を止めると、彼もピタリと止まり、私を見た。山口くんは跳ね上がるように上を向いたかと思うと、軽く左右に視線を移動したことが分かる。


特に何もない路地の向こう側には、灰色の猫が細い鉄枠を通り抜けるだけだ。

「うん、じゃあ」

ひょい、っと伸びた手のひらは、私の背中に回っていた。
おでこが温かい。
人肌というものは意外と暖かいもので、私と山口くんの身長差の為か、すっぽりと埋まった体と、直接ぶつかるおでこがほわほわする。
多分瞬き三度くらい。



山口くんは私の両肩を持つように、ぱっと体を放して、ついでにぽんっと頭を右の手で押した。もらいました。とにっかり笑う顔に、とりあえず私は頷き、山口と表札に書かれた家の玄関を発見し、ぼんやりとしたまま「じゃあね」と手をふる山口くんに、ぱたぱたと手のひらを動かす。
ん?



その後十五分ほど冷たい風を頬に受けていると、やっとこさ帰ってきたらしい平馬が「なにしてるの」と相変わらずのローテンションで首を傾げる。
頬が赤いよ、と早くも手袋を装着している弟の手のひらが、私の頬を撫でた瞬間、「う、うおおおお! お?、お!」 沸騰した。


「へ、へへいま、へまいま!」
「俺そんな名前じゃない」
「い、いにゃ、いま、にゃ、お、うお」
「日本語喋れてない」

何があったの、とぼんやり顔を見つめつつ、平馬の首元をがっとつかむように手を伸ばそうとして、それが届かなかったので、ばちんばちん! と彼のおなかをひっぱたいた。
何をやっているんだ、と冷めた瞳で見つめる弟を尻目に、頭の中は、恐ろしいほどにぐつぐと煮えたぎっていた。

右手で顔を押さえながら、落ち着け落ち着けと念じないと、何かしてはいけない勘違いをしそうになる。来年の山口くんの誕生日、何あげよう、と考えて、ありがとう大好きだよ! というような彼の顔がほわんとした妄想のように浮き上がる、アウト。だめだアウト、それアウト、勘違いはやめい!

「へ、平馬」
「ん?」
「テスト嫌だね」
「別に」
「文化祭お疲れ」
「うん」
「この後サッカー?」
「そう」
「授業中寝ちゃだめだよ」
「うん」

どこかで聞いたような会話の流れに沿って、もう11月だね、と言おうとして、「もう卒業だね」 ふいに遮るように呟やかれた平馬のセリフに顔を上げ、瞬きを繰り返した。「…………あ!」


『あ、妹さん?』

聞こえたセリフは、ぐるりと回る。
(私、卒業しちゃう!)





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1000のお題 【300 滑稽千万】
2009/03/21