やばい


第11話  クリスマス前






すっかり忘れていた。
『あ、妹さん?』 
ちがいます!

なんて、さっさと否定しておけばよかったのだ。じくじくとせまるリミットに、思わず胸がぎゅっとつかまれるような気持ちになる。会えなくなる、ということがとてもさみしい。けれそもそれ以上に、嘘をついていたということが、ちくちくと刺すように胸が痛い。

どうでもいいことなのかもしれない。あっそう? 妹? 姉? ふうんそうなの。はたから見ればそんなどうでもいいことだったのかもしれないけれども、私にとってはずんと重く背中にのしかかった。早く訂正しなくちゃいけない、と思うのに、まだ大丈夫、と自分の中で先をのばしのばしする。

平馬、とシャツを掴むと、知らないよとでもいうように彼は軽く欠伸をした。このやろう。



山口くんがいた。



下足場へ向かう足が途端に重くなり、のろのろのろ、と亀の歩行をして、見つからないように体を縮こめてしまう。大好きだ。けれどもその分、ちくちく痛い。
全く何でこんなに遭遇率が高いんだろう。もちろん私が山口くんに会いたいから、わざわざ2年の教室の近くを移動することもあるけれど、それを抜きにしたってバッタリとはち合わせる。同じクラスの平馬にはかすりもしないのに。

いつもならうわあい! と両手を上げて、彼にばれないように、駆け出したいのを押さえこんで、怪しくない程度に早歩きをして、さも「偶然だ!」というように、わざとらしく驚いたフリをしてやるのに。くそう。さっさと行ってくれ。


のんびりのんびり。亀より遅く。
もう行ったか、と顔を上げると、丁度山口くんが靴を履き替え、グラウンドへと出ようとしたところだった。
ほっと溜息をついて普通のペースで歩き出したその瞬間だ。

ぐるり、と山口くんが振り向いた。(うお!) 一、二歩ぱたぱたと歩いたかと思うと、パチリと合ってしまった視線に、びくりと後ずさる。未だに遠い間の距離に、誤魔化してしまえ! と逃げようとすると、「お、偶然だ!」 …………どっかで、デジャヴ


一緒に帰ろう、とそのまま連れられて、一方的に気まずい気持ちのまま、道を歩いた。
さっさと言って楽になっちまえよ、と聞こえる声に、口を開けようとした瞬間、ひゅううと喉から息が漏れた。言えない。言えるものか。今更すぎる。

唸るような気持ちを押さえこんで、気がつくとついこの間、ぽんぽん、と山口くんが私の背中を叩いた場所までやってきていたらしい。背中を叩いたとはつまりそのことで、直接口に言うには憚られる。つまりはぎゅってヤツだ。ぎゅっと。ぎゅっぎゅっぎゅ。

一瞬にして耳が熱くなって、もしかして山口くん、なんて考える期待に、調子に乗ってはいけないのだ。恋愛なんてベクトルはお互いの矢印が向かい合わなきゃ成り立たない。この世に何百何千何億と人がいるのに、その二人だけで向かい合うなんてきっとありえない。(だから、) 勘違いしちゃダメだ。
がっくりするのは私なんだから。がっくりしてしまったことに、また恥ずかしくなってしまうだけなんだから。



このやろう



ふと踏み出した足は、大きな足音を立てた。ななめ前を歩いていた山口くんの左手がふいと視界に入り、ぼすりと大きな手のひらが私の頭を押さえつける。「ちゃんは」 大きな手のひらだ。「ちっちゃいなぁ」

笑いを含んだような声に、ほらやっぱり、と思った。結局この人は私のことを小さな子どもか何かとしか思ってないんだ。中学一年生と、中学二年生。その差って、結構大きい。本当は三年なんですけど。そんなこと言っても、結局何も変わらない。


やめて、とはじいた手は、案外強く叩いてしまった。
あ、しまった。考えたのは一瞬だ。誤魔化そうとして動かした口は、真っ白なままに動かない。
作り損ねた笑顔で、手のひらをぎゅっと握りしめると、山口くんは何にも気にしていないような顔で笑った。本当に気にしてないのかもしれない。どうせ私だけの一方通行だ。
悲しくなるのは、少々身勝手なんだろう。


ちゃん」

ぼんやりとそう考えていたときに、山口くんはじいっとこっちを見つめた。何だか妙な空気だ。かいだ匂いが、少し違う。どくどくどく、あれおかしい。心臓がなる。
おかしいぞ、これは、
(両側二車線なんですか?) 


「クリスマス、どうする?」
「平馬のお誕生日祝う」


僅かに残ったフラグが、ぽっきりと折れた音が聞こえた。
しまった。



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2009/03/24
1000のお題【953 もう少し頑張りましょう】