本屋に行こう、とただでさえ熱いってのに、あの子はいった。


グッドバイマイマネー




断る理由なんてない。それにが外へと出かけるのならば、俺はストーカーよろしく電柱の上から人混みの中まで紛れてその姿を守らなくちゃならない。
隠れるくらいならその隣で堂々と歩く方がましだと考えたのが、そもそもの間違いだったらしい。

ある程度多い人混みの中で、が目指す本屋へと俺たちは歩いていた。彼女は手提げ袋のを大きくしたようなバッグを肩へとかけている。あんなの邪魔になりそうだなぁ、と俺はポケットの手をつっこんで、手ぶらなままとぼとぼと歩いていた。

どすん、と隣を歩くが、俺の肩へとぶつかった。どうやらが何かにぶつかって、その衝撃が俺までとんで来たらしい。護衛失格だ。なんだ、とお互い驚いている間ににぶつかった男はするりと抜けていく。「むぅ、謝ってくれたっていいのに」
なんでこの子はこんなにバカで、運が悪いのだろうか。あいたたた、と頭が痛くなるのを感じた。
遠くの信号がピコピコと青く光る。

「あ、点滅!」

竹巳急ごう、と俺の手首をつかんでひっぱる手のひらからするりと抜けて、彼女と反対に踵を返した。「先、いっといて」
既に信号の向かい側へとわたろうとしていた彼女は大きく目を見開いて「なんで」とでも動こうとした唇を最後まで見る前に、目の前に俺たちよりも何倍も大きい大人が目の前を通る。はもう見えない。

ちからいっぱい、俺は駆け抜けた。






男はどこにでもいそうな、頭を茶色く染めた人間だった。ただ長い間髪の毛を手入れしていないせいか、軽いプリン頭になってしまっている。黒いTシャツに、だらんとしたズボン。パンツ見えるぞ。

俺はそいつの目の前へと回り込んだ。急に現れた子どもに驚いたのか、ほんの少し後ずさりをしたけれど、彼は「あぶねぇな」と一言呟いただけで、俺の横を通り過ぎようとする。俺はすかさず彼のズボンへと手を伸ばした。「お兄さん」

「なんだ、放せよガキ」
「お兄さんが返してくれたらね」
「何を」
「財布。女の子の」


彼の黒目がちの瞳が、ぎょろりと動く。何いってんだ、しらねぇよ、と語尾になるにつれて言葉を強めて、俺が無理矢理掴んでいたズボンを、彼は無理矢理ひっこぬく。
ふんっ、と鼻で笑われた事にはほんの少し腹が立ったけど、それだけだ。「バカガキ!」と呟かれる背中で、先ほど男と通り過ぎる際に引き抜いたの財布を手で遊ばせた。
「………ガキから、盗るなよな」

テレビか何かで見た事のあるどこかマヌケキャラクターのついた財布を、手の中でぽんぽんとはねさせた。行こう。が待ってる。





着いた先の本屋では入り口で、真っ青な顔をしたが、しきりに地面を見詰めていた。まるでコンタクトを落とした人みたいだ、とこっそりと思う。

「あ、た、たくみ!」
「どうしたの、慌てて」
「財布!」
「さいふ?」
「落としちゃったみたい!」


あわあわする彼女に、思わずぷ、と笑って、ポケットの中へと入れた財布を布越しからほんの少し撫でた。Gパンがほんの少し、そこだけでっぱっている。

「あ」
「え」

俺はの右側へと、人差し指をさす。思わずそっちを振り向いた彼女の視界を縫って手提げ袋の中に、ストン。
何の抵抗も、音もなく鞄の中へと落ちた財布を確認して、「なに?」と俺の正面から向きあった彼女になんでもない。と手を振った。何でってこんなに単純なんだろう。

「ちゃんとさ、鞄の中とかも調べた?」
「調べたよ、真っ先に」
「もう一回見てみなよ」
「ええ」
「ほらほら」

ほんの少し不満げに、は手提げ鞄を俺の前へとつきだして、一つ一つ中を確認する。伸ばした彼女の指先に、一つの感覚があったらしい。「あれっ」

ごめん竹巳、鞄の中に入ってたみたい、と肩を落としてしょげる彼女に、見つかってよかったね、と俺は笑いかけた。
うん、本当に。



1000のお題 【883 ちっ、勘付かれたか・・・】



  

2008.07.23