「おとうちゃん、赤ん坊や、赤ん坊がおる」
第1話 中途半端な蘇り
息が苦しかった。
生まく吸えない息を、力の限り吸い込んで、力の限り吐く。
その途端、どこかで「ほぎゃあああ!」と、赤ん坊の声が聞こえる。
(…苦しい?)
ちょっと前の事を思い出した。つるりと滑らした屋上に、ひゅるりと下へ真っ逆さま。地面と対面する前に意識を失ったのか、最後の瞬間は覚えていない。けれども、私は死んだはずだ。
(なのに、苦しい?)
死の世界ってのは、安穏が訪れるのではないのだろうか。けれども、苦しい。
息を吸った。吐いた。また、赤ん坊の声が聞こえた。
(夢? 全部、夢?)
まさか、そんな。あのふわりと体が浮いた落下が、夢?
ううん、違う。私は、しっかり、とあの場所から足を滑らせて
「ほぎゃああああ!」
また息を吸うと、赤ん坊の泣き声が聞こえる。いい加減ウルサいな、と叫ぼうとしても、また鳴き声が聞こえた。
(なんで)
「ほぎゃああ!」
(どうして)
「ほぎゃああ!」
(うるさいな!)
「ほぎゃああ!」
何度も、何度も叫んでは聞こえる声に嫌気が差して、もっともっと大きな声で叫ぶ(うるさいな!)そしたら、もっともっと大きな声で聞こえる(うるさいってば!)
何で、どうして、と考えて、ふと思った。
(これ、まさか、もしかして)
ほぎゃあ、とまた赤ん坊の声が聞こえる。
(私の、声?)
まさか、そんな、ありえない。なんでこんな、赤ん坊のような声に 赤ん坊?
私はゆっくりと目を開ける。ほんの少しづつ開けた先には、真っ白な光が溢れていて、何も見えない。これでぱっちりと瞳を開けてしまったら、私はいったいどうなるんだろう。
ぴくり、と右手を動かした。動く。左手を動かした、動く。
それをすっと自分の目の前へと持っていく。
(…小さい)
それは、とても。
ぴくぴく私が思った通りに動く体は、確かに、そう、私の
(何で?)
私は、ちゃんとした学生で、こんな赤ん坊なんかじゃない。おかしい、ありえない。私はあの屋上から落ちてしまったはずなのに。
それで、はっと気づいた。
(私、…生まれ変わった?)
こんな、中途半端に。
中途半端に!
(私の気持ちが中途半端だったから、なんてシャレにならない)
シャレにならないのだ。こんな赤ん坊が、どこかも分からない場所で一人きり。
数日もしないうちに、本当に死んでしまう。
生まれ変わって、すぐ死ぬ? そんな、ありえない。馬鹿馬鹿しい。けれどもそれが現実なのだ。
(誰か、助けて!)
「ほぎゃあああ!」
(死にたくない、死にたくない、死にたくない!)
(誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か!!!)
力の限り叫んで、息が切れて力を落とすまで叫んだ。
誰かに聞こえますように、と祈りながら。
(お願いです、神様でも、なんでもいいから)
お願いです、と心の中で何回も叫んだとき、す、と辺りが暗くなった。
いや違う、私に影がかかったのだ。
「おとうちゃん、赤ん坊や、赤ん坊がおる」
独特の発音、舌っ足らずな少年の声。 遠くで、「ユーシ、どうしたんや」という野太い男の人の声が聞こえた。
私はこの日初めて死んで、初めて命を助けられたのだ。

アトガキ
一話にまとめろよって感じですか。
2007.03.19
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