ざわざわざわ。
第3話 おまえロリコンってやつだろ
目の前を通り過ぎる人混みを、ちらりと横目で見ながら、私はきゅ、と目を瞑る。人っていうものは一つの器官がなくなると、他の器官で覆うようにできている、と昔聞いた事があった。気のせいかもしれないけれども、ざわざわ聞こえる音は、もっともっと、ざわざわざわと聞こえるような気がする。
何をしているかって? 声を聞いているのだ。もちろん、『ユーシ』を探す為(呼び捨てなんて、失礼かな?)。
正直、私が『ユーシ』を探す手がかりなんて、たかが知れてる。
1、名前 ユーシ(文字不明)
2、性別 男(多分)
3、年齢 中学2、3年(推測で)
(…ありえないー)
大体、『ユーシ』なんて名前も怪しいものだ。あだ名かもしれないし、苗字かもしれないし、はたまた私の聞き間違いで『ユージ』って可能性も捨てきれない。
私も出来る限りのルートで『ユーシ』を探してみた。けれども所詮は小学生の手だと考えて頂きたい。
人脈なんてたかが知れてるし、さっさと施設には帰らなきゃならない。だから、私が出来る最高の手段は、毎日人気の多い場所で、とても短い時間ただただ声を聞くだけという、なんとも低レベルなものしかないのだ。ちなみに目下、新プラン考案中。
ふー、と一回ため息をついた。バカバカしいといっても、こうするしか、今の私には手段がない事は知っている。力強く閉じたままの目は、真っ暗な暗闇しか映さない。
あーあ、私が、あの時彼の姿をはっきりと目にしていたなら、このまぶたの裏にも、目を瞑ると彼の姿が浮かび上がったかもしれないのに。
(…さみしー)
またバカバカしい事を考えちゃったよもう。やってらんない、と思いつつも、耳はしっかりとざわつく人混みの声を捉えている。
もし、今この状況が、姿も分からないような少年を追っているんじゃなくて、ちょっと待ち合わせ時間に遅れてしまった『彼』を待っているものだとしたらどんなにいいだろう。 目をぱっちり開けたら、少年が立っていて、「遅れて、ホンマごめん」なんていってきたら。
…うん、すっごい、バカバカしい。
トントン。
そのとき小さく肩を叩かれた。変な空想をしていた直後だったものだから、ぴくりと震える体が情けない。まさか、そんな、アリエナイよ。と思って、ゆっくりと瞼を開ける。
「…『ユーシ』さん?」
「ユーシって?」
待ち合わせの相手かな? とその私の肩を叩いたヤツが気味の悪い笑顔を浮かべながらいう。スーツ姿だか何だかのその姿で、私の(今の)年をあと10くらい足したらいいかんじになるんじゃないだろうか。
ちょっと、もう。いま、すっごいまぬけな事しちゃったじゃないですか。何すんの、何すんのこの人は!
イライラする気持ちを落ち着けて、ふー、と一回ため息、落ち着け私。
「わたし、ひまじゃないです。さよなら」
…舌っ足らずな発音気味がちょっとかなしい。
「暇じゃないって、キミみたいな小学生が、なんでこんな所に?」
「小学生、ちがいます。しつれーなひとですね」
「ランドセルが」
「(ちっ)あらなんのことでしょー」
こんなとこに居るのは危ないよ、お兄さんの所についていきなさい。
にっこり。と邪気のある笑み(もうちょっと頑張れよアンタ)を浮かべつつ、すすすっと私に手を差し伸べる。うざい。超うざい。
残念ながら、今の私は何気に、機嫌が悪いのだ。
「ろりこんには、用はないよ」
にっこり。あんどすっきり。 でも、いわれた方はたまったもんじゃない。みるみるうちに真っ赤になるその顔は、まるで、あれだ、ヤカン。いよっ! ヤカン男! じゃない。
(あ、やりすぎた?)
遅いよ私。
うふ。なんて今更愛想ぶっても遅い。じりじり。じりじり。こんな多い人混みの中、私達を気にするような人なんていやしない。うう、どうしよう、なんて。
「あ! ユーシ!」
会いたかった、ユーシ! といいながらその人にがばりと抱きつく。ロリコン男は、それを見て、ちっと軽く舌打ちをして、するすると人混みの中に紛れていった。ばーか、あっかんべー。
「ちょ…」
「あ、ごめんなさい。人ちがいでした」
間髪入れずにするりと抜ける。得意の笑顔で、にっこり相殺。「人違いかよ」と、微妙にどもっている茶髪の少年を、じーっと見つめてみる。背中に背負うテニスバックに、案外筋肉の付いている体。額に走るバッテンの傷。…多分、中学生だ。にやり。
「おわびのしるしに、お茶でもおごってあげます」
(ユーシの知り合いでありますように)
私の声がこの少年に届くはずもない。
にっこりと笑う笑顔の外で、そう思った。

2007.03.27
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