冷たい缶を、手のひらで掴んだ。


第4話  お茶をしばきに




ぐっと缶を口につけて、手を上へと上げた。流れ込んできた水分が、じゅわっと俺の喉にしみこんで、ふう、と一つ息をついた。ホントの事をいうと、炭酸が飲みたい気分なのだが、スポーツマンとして炭酸は観月さんから強く禁止されている(まぁ、観月さんがダメっていうなら)

隣の小学生を見た。両手でしっかりと包み込んだ缶は、しっかりとコーラと書かれている。ちろりと舌を出しては、「うひっ」と妙な声を上げて、こっちまで何故だか気になってしまう。


この、妙な小学生、どうしたらいいものかと、ほとほと困り果てている。『お茶』をおごるといって、引っ張られた自販機前で、ごそごそと財布を漁って、流石に年下におごられる訳にはいかないので、先に俺の小銭を入れて、「ほらよ」というと、とても微妙な顔をされた。「私が、おごってあげるんです」「いや、いいって」「わたし、が」「何飲む?」「あ、コーラで」「ん」

ぽちっと押したボタン。ガタン、と下に叩きつけられた缶の音。
(…なんで、俺がコイツにおごってるんだ………)

はあ、と一度息をついて、ベンチへと腰を下ろした。さっさと飲んで、あの缶入れの中に、この缶を入れて、さぁ、おさらばだ。と心の中で、力を入れてみた。

「おにーさん」

初め、誰の事をいっているのか分からなくて、ごくり、とまた喉を潤す。うまい。そしたらまた、「おにーさん!」と揺さぶりつきでやってきた。何だよ、と返事する時間もないぐらいに。

「おにーさん、名まえ、は?」
「…………」
「わたしはねー、っていうの」
「……そうか」
「人になのられたら、ちゃんと返さなきゃだめなんだよ」

めっとこちらに向けた人差し指に、お前は、人に指をさしちゃダメだと教わらなかったのだろうか、と少し思った。けれども、その子のきょろりと回る大きな瞳に、後押しされる。
ふー、と一度吐いたため息と同時に、気づいたら、名乗っていた。

「裕太。不二裕太」
「ふーん、ゆーた」
「違う、ゆうた、だ」
「ゆーた」
「ゆ、う、た!」
「ゆ、う、た」
「そうだ」
「ゆーた」
「なんでだよ!」
「ゆーた」
「…もういい」


手元の缶を、ぐいっと垂直へと掲げる。
ぽとん。ほんの一滴、俺の口の中へと滑り落ちる。

「小学生が」
「ん?」
「小学生が、んなトコに居んなよ」

取り敢えず俺がコイツと同じ年の時、ラケットを振り回してた思い出しかないが、コイツみたいにあんな人通りの多い所には寄りさえしなかった     気がする。

、は、んー、と人差し指を口元へと持ってきて、首をコクリと傾げる。

「ゆーたは、やさしいんだね」
「は!?」
「ジュースおごってくれた」
「そこかよ!」

はんんー、と小さく唸って、残っている缶の中身を、ぐびりと口の中に詰め込む。けれどもけふっと一回息を吐いて、諦めたように、缶の中身をタプタプ言わせていた(まぁ、小学生が飲むにしちゃ多い量だな)

「やさしいゆーたに、一つ質問」


きゅるり、と大きな目をこっちに向けて。
なんだよ、と小さく言葉をはいたら、にこり、とまた一つ微笑んだ。

「関西弁のしりあいとか、いる?」

その言葉を飲み込んで、頭の中で理解することが、暫く時間がかかった。「え」と小さく声が言葉に出て、そのままするりと「何のことだよ」とに訊いていた。
するとは、またくいっと首を傾げて、「ざんねん」と小さく口を動かす。

「おい、」
     じゃあね、また会おうね、ゆーた」

伸ばした手元に、置かれたコーラの缶。
ゆっくりと駆けだしたの後ろ姿は、少しずつ小さくなる。

缶を振ると、ぽちゃりと、一つ音がした。


「どうしろってんだ」


炭酸類は飲んではいけませんよ、と。
観月さんの声が頭の中に、ぐわりと響いた。




  



2007.04.30