取りあえず、ちょくちょく跡部さんのお家にお邪魔させてもらうことにした


第26話  ほくろさまの住処にて




なんてったっておおきい。なんてったってすごい。普通に過ごしてたら、一生お目にかからなかったんだろーなーとか思える外装内装そのほかもろもろ! 今すぐテレビのレポーターさんが飛び込んできても、まったく全然とーっても違和感がないくらい凄いのだ。パタパタ尻尾を振ってくる可愛らしい洋犬には、思わずこっちもへらりとしてしまう。

始め辺りは、へこへこ腰をひくーくして、「あ、おじゃましまーす」とかいってたけれども、こっそりと私は知っている。跡部さん(息子さんの方ね!)は、実は子ども好きかなんかじゃないかな、とか思う。もしくはただたんに、世話好きなひとだ(こう、大胆な外見に、似合うような、似合わないよーな?)

「………ちびは、何か特技とかあんのか」

取りあえず跡部さんは、私のことをちびと呼ぶ。いつもなら「ていやんでいべらぼーめ! ちびじゃないやい!」とか叫んでやるところなのだけれど、ここは人様の家って事だし、そういってくる跡部さん自身がどどーん、と大きいので「ちびじゃないもーん!」と言い張れる自信がない。でかいよ跡部さん、中学生って嘘だべー!


「…………習字を、ちょこっと」
「習字か、渋いじゃねぇか」

ふふん、と鼻をならされた理由はよく分からなかったけれども、取りあえず私は、目の前のふっさふさな洋犬(こっそりフランソワと名付けている)の頭をぐしぐし撫でる事に夢中だったので、取りあえず突っ込まないでおいた。しゃっしゃっしゃ! はげろ、フランソワ禿げるのよ!

私が何を考えてわんこの頭を高速で往復させているのが分かっているのか、いないのか。フワンソワは、「くうん」と犬らしくないて、(犬だけど!)おっこらしょ、と私の足下あたりにすりよってくる。「かわいいじゃないかもおう!」
たまらず、このあっついのに、毛皮を着ているあんちくしょうを抱きしめて、もふもふもふ。もふもふもふー!

「ちびは犬が好きなのか」
「いぬも、ねこも、だいすきー!」

ふうん、と跡部さんは呟いて、行くぞ、と呟いた。何がだい、と思ったら、フランソワもてこてことついて行く。綺麗な綺麗なフローリングの上を、フランソワが歩く、ちゃかちゃかと爪と床がこすれる音がした。(こんなでっかいワンコが室内犬だとは、かねもちはやる事が、ちがうぜ!)

ぼけっ、と見守っていると、フワンソワが、ちらりとこっちを振り向いて、「ふうん」と鼻で音をならす。私の半分よりも、きっと大きな体をゆさゆさとゆらして、「こっちこいよベイビー!」ってってるかんじだ。ベイビーってなんだ。


さーっ、と光が差す窓に、跡部さんは手をかけて、カラカラと音を立てながら窓を開ける。ざわっ、と顔にほんの少しの風がかかって、フランソワが、しゅぱっ、とベランダの外へと駆け抜けていった。真緑色の、芝生の中を、わんこがわっふわっふ! と走り抜けていく。「うおお」 すみません跡部さん私もちょっくら青春してきていーですかー!

裸足のまんまで行こうとした私に、「待て」と小さく声をかけた。私の足にはほんの少し大きなスリッパもどきを、よっこらせ、と履いて、一緒に出された楕円形のプラスチックを持って、「ほら」
………なんだ、このプラスチック。「…………(はっ)」

「おぼんですか!」
「フリスビーだ馬鹿野郎」






ぎゅ、と握りしめて、水平に、さーっ、と投げ飛ばす! 空気の中でふよん、ふよん、ふよよよん、と浮かんで沈んでを繰り返すフリスビーを、フランソワは、はっは、とお口から舌をぺろろんと出して、追いかけた!
いつまで経っても元気なフランソワを流石といえばいいのか、手加減なんてしなくても、フリスビーが外にも飛び出さず、障害物にも当たらないお庭の広さを凄いといえばいいのか。………僻んでない、決して僻んでなどいないぞ!

さーっ、と空気を滑っていたフリスビーは、ほんの少しずつ弧を描いて沈んでいく。その瞬間、フランソワが、ぐ、と後ろ足に力を入れた。びょーん!

ぱっくりと見事に咥えられた獲物を、私の前へと持ってきて、ぽとりと落とす。「おまえ、ホントに、すごいねぇ」 よしよし。頭を撫でてやった。


ベランダで腰掛けながら、じーっと私たちの様子を見ていたらしい跡部さんが、「もう少し、遠くへとばしてやったらどうだ」
今でも、十分遠いとおもうんですけど。とほんの少し反論すると、「ちびは投げ方が下手なんだよ」と綺麗な眉を、寄せて不機嫌そうに見る。
別にいいじゃあないですか、といおうとした瞬間、がっと右腕を取られた!

「お前な、腕の力で投げるんじゃねぇんだよ、力じゃねえ、軌道だ。分かったかあーん?」
「(わかんないですあーん?)………うっす」
「ほら、こうやって。………おら、フリスビー持てよ」
「オス」

しゃっ、と手前に投げたフリをする跡部さんのマネをして、鏡みたいに、体をカチコチと作ってみる。うむ、なんとなくわかるぞ。つまりは筋肉の形なのだ。本当にマネが出来ているか、頭の中の、もっともっと高いところで、自分を見物してみせて、そのままそのまま、マネをして、「うりゃー!」


びゅーん! と真っ直ぐ、真っ直ぐ、遠くへと飛んでいくフリスビーを見詰めて、跡部さんは「やるじゃねぇか」と嬉しそうな声を上げたけれど、それどころじゃない。フランソワが、嬉しそうに駆け抜けていくのも見たけれど、もっともっとそれどころではない!(ちょっと、遠すぎるよ!)
いくら跡部さん家のお庭が広かろうと、限界ってもんがあるんじゃないだろうか。それなのに、スピードも変わらずぐんぐん小さくなる粒を見詰めて、「うあああああ!」

     どうしよう、何か高価なものにぶつかって、壊れてしまったら。いいや、お庭にそんなもの置いてないかもしれない。けれども、誰かの後頭部にでも、ズゴーン! とめり込んでしまったら!
なんだかついこないだ、テニス部の部室で紙飛行機をびゅーん! ととばしていた所、手塚先生のコメカミへと突き刺さってしまった感覚が、デジャヴ! ヒイ!

「うあああああ、あとべさーん! 私様子みにいってきますうわーん!」

せんせい怒ったらこわかった!(そしてグラウンドはしらされた!)
背後で、跡部さんの、「おい!」という声が聞こえた気がしたけれど、ついこないだのトラウマが、体の中を走り抜けて行くんだぜちくしょー!



あんなにも広く思えた跡部宅にも、限界があったらしい。茶色い煉瓦のどどんとそびえる壁を見詰めながら、そう思った。目の前には、尻尾をパタパタと振るフランソワがいて、その口元にはしっかりと獲物を咥えている。けっして埋没した後のような、真っ赤な液体もついていない。よかった!

きっと、壁へとぶつかったフリスビーを、見事拍手喝采な運動神経で、フランソワがゲッツしたのだろう。偉いよお前は本当に、とぐしぐし頭を撫でてやると、気のせいかほんの少しお目々を細めたような気がした。濡れそぼったお鼻が真っ黒で、可愛いじゃないかこのばっかん!

さぁいい汗かいた、跡部さんのところへ戻ろうか、とフランソワの首根っこを捕まえて、ずるずる引っ張っていこうとしたとき、妙な、声がした。(いいや、音がした?)

がつ、がつ、がつ。壁の向こう側に、何かが叩きつけるような音がして、聞きとりずらいような声が、ぼそり。「おい、やめといた方がいいって絶対!」 ………なにが?

思わず、音がする方へと、そろそろ近づいて行くと、さっきよりも、はっきり声が聞こえる。

「全然問題あらへんって、がっくん。ほら跡部もサプライズに飢えてると思うんや。そこで俺らの部長様のフォローを可愛らしい部員がするってのどうや、サイコーやん」
「どこがだよバカにも程があるだろいい加減諦めようぜ! ぎゃああきっとこの壁の向こう側には真っ黒い服来たSPとか、目ぇぎらぎらさせたドーベルマンとかがいるんだ!」
「大丈夫やって。跡部んちはゴールデンしかおらんって」


気のせいだろうか、少年みたいな、男の人みたいな声が耳に響いて、聞き慣れないイントネーションが耳を過ぎる。思わず抱きついたフランソワの首もとに、顔をうずくめると、「ふうん」とやっぱり鼻をならした。

がん、がん、がん。音が、大きくなる。一体何をしているんだろう、二人だ、この人たちは、きっと、二人いて、(そうか、不法侵入を、)

大きな声を上げようとした時だった。見事に逆光のような体勢で、高い壁の上に、大きな背が見えた。顔なんて見えない。侵入者だ、不法侵入者だ、もしかしたら、お金を盗みに来た泥棒さんかもしれない。ぐるぐると頭の中で色んな思考が巡っている間に、泥棒さんは、なんとも身軽に、高い壁から、緑の絨毯へと、すとん。


まあるい丸メガネをかけていて、ほんの少し、だらだらとした髪をしていた。大人びたような顔つきに、高校生だろうか、と思ったけれど、手塚先生とか、跡部さんだかの例を思い出すと、なんともハッキリとしない。その隣に、小さな影が、またストン。

「お、がっくんもちゃんと来たんやん」
「うるせぇな侑士、ここまで来ちゃ今更だっつの」



なるほど聞き慣れないイントネーションというのは、関西弁だったらしい(どこの地方とかは、はっきりしないけれど)それで、彼の名前は侑士というらしい。ユーシと、いうらしい。

まさか、とパクパク口元を動かしたけれど、声が出なかった。やっとこさフランソワを、ぎゅっと掴む事だけが精一杯で、私は小さな影を、フランソワに隠す事しか、できなかった。


「うっわ侑士、犬がいる」
「いうたやん、ゴールデンがおるって」

うるせぇなぁ、という小さな人と、目が合った。「お」と大きな目を、その人はキラッと光らせて、つんつんと、侑士の真っ白いシャツを着た制服を、引っ張る。


「あれ、お嬢ちゃん、跡部の妹さんか何かなん?」


微笑んだ。声を聞いた。それでも、


(この人は、ユーシじゃない)
関西弁だけど、侑士だけど、ユーシじゃない。(だって、声が、ちがう)
はっ、と私が息を吐き出して精一杯呼吸をしている間に、ジリジリと近づくその人が、呟いた。「ややわぁ、ちっこい子ってめっちゃかわいいわぁ」
にかーっ、と、口元を、緩ませて、(ヒイイイイ!)



「イヤアアアアアアアア跡部さぁんへんたいさんがいるううううううう!!!!」
「「へんたい!?」」





  


2008.06.01