私はユーシを、探さなきゃならない



第28話  銀髪青年




半分習慣のようになっていたユーシ探しも、どことなく気が入らない。電車を使えるようになってから広がった行動範囲に、ここを左に曲がればすぐそこに跡部さんのお家だ。けれども私は迷わず右へとのしのし進んだ。それで、ぽかぽかと日差しが当たるような木の周りにちょこんと置かれたレンガに小さく体育座りをして、目を閉じた。
(ユーシの、声を、さがす)

ざわざわ聞こえる音の中に、一瞬忍足さんの声が聞こえたようで、はっとした。パチッ、と目を開けて辺りを見回してみたけれど、あんなに目立つ容姿のまるメガネさんはどこにも見あたらない(気のせい、だ)

もう一度、目を閉じて、抱え込んでいた膝を、もっともっとぎゅ、と握りしめる。けれども聴こえる音はやっぱりざわざわ音で、一つ一つの声がしっかりと聴き取れない。
ぐるぐるしてきた。もの凄く、ぐるぐる、してきた(これは、いったい)
もの凄く、集中できないのだ。

小さく小さく、体育座りをして、風がバタバタ耳に響くとか、目の前で、クルッポー! とか鳩の声にビックリしたり、日差しがじわじわしてあついな、とか、まったく関係のない事が、頭の端から流れ出した。(集中、しなきゃ、いけない) けれど、できない


      だめだ。
こんなんじゃ、ものすごく、だめだ



うつむけた顔のまま、唇を、ぎゅ、と噛みしめた瞬間に、ふっ、と私の上に、影がおりた。ほんの少し、驚いて、反射的に顔を見上げると、大きな大きな男の人が、ほんの少眉毛を八の字にして、首をこくん、と傾げている。「ゆず、」 ちがう。大きさが、まったく違う。キラキラと、太陽に透けるように反射する銀色の髪の毛が、ほんの少し似ていたけれど、優しそうな目つきとか、首もとにかかった十字がまたキラリと主張した。

私が、ぱくっ、と口を開いた瞬間、ひょっと不思議そうに目を開いたけれど、すぐまたにこりと笑って、とっても優しそうな、糸目さんに後光がさしてもここまで優しくならないような、そんな笑顔で、「気分でも、わるいの?」


彼の背中に掛けた、バック(テニスか何かかな)の中身が、カラン、とこすれるような音がした。ぼけーっ、と見ていた私を勘違いでもしたのか、八の字を、もっと八の字にさせて、「だいじょうぶ?」
今度は私の目線よりももうちょっと高いぐらいまでその大きな腰を折って、問いかける。


「え、いや、ちがいます、げんきです、ピンピンです」
「本当?」
「ほんと、ほんと」

ぱ! と私も立ち上がって、その大きな人と同じぐらいの目線で、じーっ、と見詰めた。そっか、よかった。と呟いた声に続いて、「じゃあ、誰かとはぐれちゃった?」


その大きなひとは優しい口調のまま、テニスバックにぎゅ、と手を伸ばして、ほんの少しひっぱった。はぐれちゃった? 訊かれた言葉に、もの凄く、一瞬、「あ、もしかしてそうなのかもしんない」とか、ちょこっと。私はむぐむぐ口ごもって、もう一回、レンガに、ちょこんと腰を掛ける。きっとおしりが汚れているのだろうけど、気にしない事にした。

「さがしては、いるんです、が」
「うん」
「よく、わからなくなって、きて」


大きなひとは、そこで少し、不思議そうな顔をした。きっと、どんな人か分からないのに探しているなんて、変だなぁ、とか思ってるに違いない。「いえ、わかっては、いるのですが」

ぐるぐる、ぐるぐるぐる。

「わかっては、いるの、ですが」
もう一回呟いても、ぐるぐるする気持ちは変わらなくて、もっともっと、ぐるぐるしてきて、つまりこれは、私は、どんな事で、どんな、で、どんな、で、

「消化ふりょう、と、いう、やつなのです」


「それは、胃の中身が、ごろごろしそうだね」とワンテンポずれたコメントを送ってきた大きい人は、テニスバックを、地面にすとん、と置いた。よくよくそれを見れば、名字はかすれて見えなかったけれど、微かになんとか長太郎、と綺麗な文字で書かれてあった。





  


2008.06.05