どうしようかなぁ、と思いながら、またまた一歩、跡部さんのお家に足を踏み出していた。
「あ、なんやちゃんまた来たん、暇やなぁ」

まったくもって、失礼な!



第29話  それは恐怖の鬼さんこちら






「わたしは、まったくもってお暇ではないのです。それをいうのなら、みなさんの方が、暇そうに見えるのです」

もの凄く不本意な事をいわれてしまったので、ビシッ! と跡部さん忍足さん、がっくん、カバGさんの順番に指をさした。カバGさんはこの間うろちょろお庭をお散歩していたときに、ぬーっ、とイキナリ生け垣の中から飛び出してきたまさにビックリ人間だ。普段ウスウスしかいわないのに、跡部さんは、「そうか」「ああ」「なるほど」なんてしっかりお返事を返しているもので、まるで普通の会話が成り立ってるんじゃないのかね!? と錯覚してしまう、またもやビックリ人間だ。


「俺らも暇じゃねぇぜ。部活の開いた時間を有意義に使ってるだけだっつの」

ふんふんと自慢げに手元にあるトランプを、ビシッと出した。「8キリあがりー!」 さっさっ、と山積みトランプを横にだして、最後に手元に残っているトランプを、置きみやげ。
「あわわがっくんヒドイわぁ!」「う、ウス!」「やった俺大富豪じゃん」「跡部いつまでたっても大貧民やね」「……っく!」「う、ウス!」


「………おまえら、ふけんこうだなぁ………」


フローリングに散らばるトランプの一枚を、ひょいっ、と持ち上げて、ぽつり。隣でがっくんが、「もうちょっと人数欲しいよなぁ」とか呟いている。「よっしゃ次は宍戸とかよぼか」 そして着実に何かの計画を立てている。跡部さんは無言で自分の手元を見詰めて、もの凄い八の字眉毛だ。眉間の皺は癖になるからやめた方がいいんですよ! そのお隣では、跡部さんよりも少ない手札のカバGさんが不安気に跡部さんを見詰めている。…………もう一度、いうけど。
「不健康、すぎるとおもうのです」



ぴたり、と止まった空気の中で、跡部さんが、バサッ! とトランプをばらまいた。「ちょ、何すんねん!」
ばらまいたトランプの大半が何故か忍足さんの顔面にぶちまかれた。ばしっばしっばしっ! それを見ながら跡部さんは、「あーん? こんなちまちまやってるなんて俺の性に合わねぇんだよ」 だからってばらまくなよ、とため息と一緒にがっくん。ちっ、と跡部さんは舌打ちをしながら、「樺地、拾え」「ウス」「いや自分で拾えよ」「そうやな」

もう一度舌打ちをした後に、黙々と拾う跡部さんが、ちょこっと哀れだ。


「なにか、ほかに、することはないのですか」
「他つってもなー」
「俺らテニスばっかで、特になにするかわからんから、跡部ん家にいるわけやし」
「ウス」
「ああ、樺地はなんか違うけど」

バラバラになったトランプをみんなでいそいそと集めて、ケースの中へと入れていく。もくもく。もくもく。

「次はあれするかぁ、7ならべ」
「ふけんこうなのです」
「せやったら座布団」
「ふけんこうなのです」
「ウスウスウス」
「よくわかりません」
「あーん? ここはアレだろ、ブラックジャック」

トントントン。綺麗にケースの中に入れて、カパリと蓋を閉める。「………ルール、わかんねぇよ」 がっくんが、呟いた。
しんとした空気の中で、ちらり。視線が集まる。ちらり、ちらり、ちらり。ピッタリ集まった4人分の視線に、ぐぐっ、と息が詰まりそうになる。「う、うえ、」「ちゃん、なんかあらへん?」 不健康っちゅうやつじゃない、お遊び、あらへん?

トランプを、ぎゅ、と握りしめる。えええっと、と口元で、何度も濁らして、ええっと、ええっと、

「…………かくれんぼ……?」

何故に。私。








じゃんけんをした。私は一番最初に、ぐーを出す癖があるらしい。やっぱりぐーを出した手を見詰めながら、カバGさんもぐーだった。そんでがっくんもぐーだった。見事なことに、忍足さんも、ぐーだった。「…………」 一人無言で、自分のちょきを見詰める跡部さんがいた。


「いーち、にーい、さんしごろくななはち」


かくれんぼちゃんと分かってますか跡部さんちゃんと50数えて鬼になっちゃってみんなを見つけるんですよ! いいですかちゃんと50数えてくださいね! と何回も何回もみんなで念押しして、さささっ! と散らばった。お部屋の中じゃ広すぎるし、危ないので、お庭のみが行動範囲だ。それでも結構大きいと思う。
後ろで聞こえてくる跡部さんの数字を一つ一つ数える声が、気のせいか最初よりも数えるのが早くなっている気がする!「きゅうじゅういちじゅうさんじゅうごにじゅう」あれあれあれ跡部さーん!?

あわわわ! と駆け抜けて、取りあえずがっくんと一緒に逃げさせてもらう事にした。なんでこんなことしてんだっけ! と考えてみたけれど、隣でぴょんぴょんはねながら「ドコに隠れるか、隠れるか!」とちょこっと嬉しそうながっくんに、どうでもいいような気がしてきたし、何よりユーシの事で、ぐちぐち考えててもしょーがない!
「いよっしゃ力のかぎりかくれるぞう!」


取りあえずありきたりな所で、物置(だと思われる)建物と塀の間に、二人でこっそりとよいしょよいしょ。微かに聞こえる跡部さんの声に、がっくんと二人で、「しー」 ちっちゃいからこそ入れる場所だ。

ぺったりとくっついた壁は、ほんの少しひんやりとしていていい感じだ。このままずーっとぼけーっとしておきたい。うっすら瞳を閉じたその瞬間だった。さっきまで聞こえていた無駄にいい声の数字数えが、ぴたっと止まった。
ぐぐっ、と二人で息を飲み込んで、日陰の中に埋もれる。

しん、とした空気の中で、ふー、ふー、とがっくんと私の息づかいだけが聞こえる。ごくり。

「だいじょーぶかな、がっくん」
「ん、まぁダイジョブだろー」

くっついたままの体勢は、ほんの少し、つらい。ずるずると壁にそって背中を降ろして、小さく体育座りをしてみた。ピッタリとはまったサイズに、おおこれはまるで私にあつらえたようじゃないか! とかこっそり思ってしまう。隣でがっくんが、「専用サイズだな」と呟いた。やっぱりですかね!



特に、何も話す事もなく、真っ暗な中で、体育座りをしていた。これだけまっくらだと、何故だか妙な事を思い出しそうになる。屋上から、空と地面が反対になってしまったとき、途中でぷっつりと、真っ黒い何かを通り抜けたような気がした。

それは多分本当に一瞬で、気づくと上手く動かない体と、ぴかぴか光った視界が広がって、(うん、だめだ)

この頃、どうにも思考がそっちの方へいってしまう。ほとんどお決りのポーズになってしまった体育座りで、ぎゅ、と小さく体を抱きしめた。「がっくん」思わずぱっ、と口にしてしまった言葉に、「ん、なんだー」と、ほんの少し間延びする言葉で、がっくんが答えた。なんでもない。
そういおうとして、ぱたぱた首を振ると、「なんだよ」とまた声が聞こえる。


しんとした空気は、予想以上につらかった。


ってさぁ」

ぽつり。唐突に、がっくんが呟いた。がっくんも、静かな空気が気持ち悪いな、と思ったのかもしれない。なぁに、と体育座りをしたままの体勢で、こっそりと声を忍ばせながら答える。ざわざわと通り抜けた風が、冷たい。

「うん、ってさぁ」
「だからなんだい、がっくん」
「いやまぁどうでもいいんだけど」
「どうでもいいのかい、がっくん」

うんまぁどうでもいいんだけど。呟いたまま、がっくんは、壁にくっついたまんまだ。ざわざわ聞こえる風の音しか、耳に届かなくて、寂しい気持ちになる。それこそ本当に、思考の渦に巻き込まれてしまいそうだ。「いいよがっくん、どうでもよくても。なぁに」

やっぱり、声は潜めたままだけど。
うん、と頷いて、ほんの少しの間があった。なんだろう、とひょいと顔を上げてみると、丁度ぱっちり、私を見下ろしていたらしいがっくんと、目がかち合う。ぱちぱち、ぱちぱち。
って、変な顔してるよな」

…………なんですと?


「やっぱりひとりでかくれる。がっくんどっか行け」
「え、あ、違うわりぃわりぃ、違う違う」
「何がどう違うってんだい!」
「うーん、顔っていうか、なんていうか、そうだよ表情!」
「ひょうじょー?」


私は自分の顔を、ちょんっと指さしてみた。それを見て、がっくんが何度も首を縦に振って、「そうそうそう」
何が変っていうんだろうか。とっても失礼だと思う反面、微妙に、ほんのすこし、気になるようが気がしてしまった。じっ、とがっくんを見てみると、がっくんも、「ううん」と唸って、首をひねっている。………ひねりたいのは、こっちだぞ!


「ああ、うん、なんていうか、時々、変な顔してるっていうか、うん、そう、頑張った顔してるっていうか」
「なんだそれ」
「だよなぁ、ううん、えっと、ああそうだ!」

ぱっとがっくんは目を輝かせて、短いオカッパ髪の毛を、ばさばさっ、と振った。暗い中だったから、分からないけれど、日向で見れば、きっと綺麗に赤の光を出していたんだと思う。

っていつも、」


まるまるまる。がっくんが、何かいった。


「見つけた!」


丁度そのときだった。物置と壁の間から、にゅうう! とぶっとい腕がこっちへとつきだした! 「ぎゃああああ!」 がっくんの叫び声が響いて、それでもにゅっ、にゅっ、と狭い中を上下させる手が、なにこれなにこれさながらホラーじゃね!? 「くっそお前ら出てこい卑怯じゃねぇかあーん!?」 跡部さんなんか必死だあーん!?(きっと一人でさみしかったんだろう!)

どうするどうする。ぐるぐるぐる。「えーと、えーと」

「私のために、ぎせーになって、がっくーん!」


どすん! 力一杯突き飛ばしてみた!

視界の端っこでがっくんが腕に捕まえられたのを確認して、ががが! と逃亡させてもらった。綺麗にふわふわ埋めた芝生はとっても走りやすい。「イヤアアアアア!」 さながらどっかのヒロインさんのようながっくんの声を背にして、それでも走り続けてみた!(だってなんか恐かった!)


「コノヤロオオオウ!」
「ひいいっ」


背後で聞こえた声に、ずばっ、と振り返ってみると陸上部走りで着々とこっちに近づくハーフさんの姿。しゅっしゅっしゅ。手のひらをパーで開いて、ロボットのように肘を固定させた姿は中々様になっている。がっくんはどっかにほっぽり出されたらしく、、うがー! と跡部さんは叫んだ! 

「かくれんぼってのは鬼に見つかったら終了じゃねぇのか!」
「いいえそんなことはないのです、鬼にタッチをされたら負けなのです! つまりは、さいごに勝敗を、きめるのは、かけっこ!」
「嘘つけテメェ!」
「わたしのしょうがっこーじゃそーでしたー!」
「そんなローカルルール知るかこのヤロウ!」


いつもの紳士な態度はドコへいった。勝負となったら真っ赤に燃えてしまうタイプらしいぜ跡部さん! ヒイヒイ私が口から息を出しているっていのに(念のためにいうなら、かけっこは得意だ!) 涼しい声で叫びながら、どんどん距離が近くなっていく跡部さん。

やばい、やばいぞこれは。
いやいや、もうここまで来れば、跡部さんに優しくターッチ! してもらえば済む話なんだろうけれど、何故だか私の本能がそれを避けた。後ろの物体、おそろしい。とまってタッチ、おそろしい!(何故だかものすごく、こわい!)

ほとんどがむしゃらに動かしていた足に、あっれなんだこれ青学でもあったぜデジャブ!? とか考えている最中。茶色いぶっとい木が何本も立ち並ぶ中に、真っ黒い何かが見えた。気のせいかゆらゆらとほんの少し揺れるソレを見て、思わず、ピーン!(カバGさんだー!)

ちょっとこれは卑怯な手かもしれないけれど、跡部さんにはカバGさんに気をひいてもらって、その間に私がすたこらさっさと逃亡ってのがオッケーなんじゃないだろうか!
気づけば叫び続けていた跡部さんのお声が聞こえない。きっと跡部さんも、カバGさんに気づいたんだと思う。(いよっしゃラッキー!) ぐっとガッツポーズ!


「樺地、捕まえろ!」
「ウス!」


な ぜ に !


跡部さんのお声に間髪入れず、しゅぱっ、とカバGさんは私の進行方向へと飛び出した。「ふふんコレが大人の力ってヤツだ!」「意味わかめだけど大人げないのはよくわかったー!」「う、ウス!」

つまりは跡部さんには鬼ごっこの最中なんて関係なしに、カバGさんと協力体制に入ってしまっているらしい(駄目だろそれそっちこそルールいはんだぞう!)
「ここここなくそー!」


私の目の前で、バッ! と長い長いお手々を横に開いたカバGさんに、向かい合った。ダッダッダ! と足を動かしたままの私は、ほんの少しずつカバGさんに近づいていって、ただでさえおっきいなぁ、と常日頃から思っていたそのサイズが、ずずずん、とそびえ立つ! 「よし、今だ!」

跡部さんの声がした。カバGさんがいつものように、ウス! という前に、その長い手が、私向かって伸びてくる。ぐ、と目に力を入れた。伸びる右手の下を、ほんの少し屈んで、右足ステップで、くるり!「こなくそ、ぱーとつー!」 えいやーほう!

前屈みになってしまったカバGさんの間をすり抜けて、そのまま彼がピッタリとくっついていた、大きな木へと向かって、ほんの少しのでこぼこを足かけに、トントントン!
セミのようにくっついた状態でいると、露出した肌が、チクチクと痛い。なにやってんだあぶないぞ! と下から叫ぶ跡部さんの姿と、気づけば合流していたらしいがっくん。(うん、たしか、青学じゃ、ここからおりれなく、なったんだよねぇ)

今回も結構な高さになってしまったソレを見て、ぐらり、と頭が揺れた。「しかし!」
人間とは、成長する生き物なのである!


高い木を、するするする、とどんどん上にあがる。「こらおりろー!」という声を無視しながら、一本でっぱっている太い枝へと、つい、と手を伸ばした。ぎゃあああ! という男達のハーモニーが聞こえた気がしたけれど、そこんとこは無視だ。ごめん。

伸ばした手に、ぐ、と力を入れて、そのまま両手へと移りかえる。まるで高い鉄棒にたらん、とぶら下がっている格好になってしまったけれど、そのまま腰辺りに力を入れて、ブランコみたいに、体を揺らした。そして、

「何してんだー!」

ぱっ、と手を放してみると、ぶうん、と思いの外空高く飛び上がってしまった。一気に広がった真っ青な空に、一瞬ぼけーっ、としてしまったけれど、思いっきり手を伸ばす。二度目にぶらりと垂れ下がったのは、高い高い、跡部さん家の塀だった。
おいしょ、よっこらしょ。力一杯登った塀に、両足をつけて、下を見下ろす。小さな三つの点に見えてしまう彼らが、いやぁ絶景だ!

「フフフ! アデュー!」

そのまま駆け抜けた!








「いやいやいや、アデューはないよアデューは」

ただ今現在、は頭を抱えてしまっている。すっかり調子に乗ってしまった。青学で、糸目へと雪辱を果たそうと、前々から計画していた状況に、ぴったりと似てしまったものだから、やってしまった。(ノオオオオウ)

ぶんぶんぶんっ、と頭を抱えて振ってみても、誰もいない。暫く塀を走っていた後に、はっ、と一瞬正気に返ってしまった私は、早々に大きなお庭へと降りて生け垣の中に身を隠させてもらった。
(だって、これ、確実に、おこられる)

たいへんだ、おしりぺんぺん百たたきとかされてしまうんだろうか。嫌すぎる、それはもの凄くいやだったけれど、このままノコノコと顔を出せば、あの綺麗な瞳に、綺麗な笑みを浮かべて、「ちび、しりを出せ」なんていう跡部さんのセリフが、頭の中でループする。どどどどうしよう、とってもリアルに想像できるよ!

跡部さんのお家の使用人の方々も、私を捜しているらしい。時々聞こえる、「さーん! ドコにいるんですかー!」なんてセリフが、耳に響いた。(しかし、ながら、ううう)

一生この場に居る訳にもいかない。けれども、今すぐ飛び出してごめんなさいという程、私の神経は図太くできていない。(ああ中途半端にチキンなんだからー!)


ひとしきり頭を振った後で、もうちょっとここに居て、それでも誰にも見つからないなら、きちんと謝りに行こう。うん。けっしてこれは後々に問題を先送りにしてるとか、そんあ訳じゃないぞうん!

「うはあああ」

小さく小さくなった格好で(別に見つかりたくないとかいう気持ちの表れとかじゃないぞ) 
なんなんだろう、本当になんなんだろう。もう考える事もいやになってきたものだから、健康的にうっはうっはと遊んでやろうと思ったのに、何で私はこんなところで一人寂しく小さくうずくまって居るんだろう。

ほんの少し太陽にかげりが見えた。てかてかと光っていたお日様が、大きな雲に覆われていく。うずくまっていく。(………へんな、かお)人差し指で、ほっぺたをつまんでみた。

彼曰く、変な顔を、しているらしい、私は。
っていつも、』

がっくんの言葉が、またほんの少し、耳に響く。その続きを、頭の中で拒否しているように、はっきりとは聞こえない。そうだ聞きたくないのだ。

(………いま、おおきな声を、だしたら、きづいてもらえるのかな)

おおきく、おおきく、おおきく、子どもみたいに泣き叫べば、誰かが私の前に来てくれるんだろうか。そう考えると、ぱっと頭の中に丸メガネの忍足さんを思い出した。(そんなわけ、ない)
きっと、誰かが来てくれるんだとおもう。けれども、それは忍足さんじゃない。ユーシでもない。跡部の家に仕える、使用人さんだ。きっと彼らが一番に気づいてくれると思う。

はふう、とほんの少し、ため息を吐いてしまった。幸せがそのぶん何処かへ消えてしまうらしいけれど、それはドコへ行ってしまうんだろう。『って、いつも、』

(忍足さんが、来てくれるかも、しれない)

もう、あの人が、ユーシでいいじゃないか。それでいいじゃないか。違っても、そうじゃなくても、あの人でいいと思う。関西弁で、ユーシで、中学生。そんなにピッタリとその条件に当てはまっている人なんて、少なくとも私が知っている中では一人もいない。(でも、本当に、そうなのかな)
何かが、頭の中でピッタリと収まらないのだ。後のこり一個のパズルなはずなのに、どうしてもピースの形が違う。無理矢理押し込めようとしても、絵柄が、ちがう。(そうなのか、な)


ふいに、ワン! と犬の声が聞こえた 「ふらんそわ?」 ほとんど無意識に出してしまった声に、また大きく、ワン!
「ここにいる!」

大きな、声を、出した。ここにいるよ! 喉がすり切れるぐらいの大声を、お腹の底からひねり出してバッ! と口元から息を吐き出した。もう一度、ワン!

にゅっ、と飛び出してきた顔は、一つじゃなかった。ガバリと私に飛びついてきた大きな固まりをのぞいて、どこか目尻に優しそうな笑みを浮かべて、かけていなければ、もっと格好いいのに、といいたくなるような丸メガネを、きゅ、きゅ、と彼は右手で上へとあげる。
ぱたぱたぱた。尻尾を振りながらぺろりと舌を出すフランソワの向こう側で、困ったような笑みを見せた、その人だった。「おしたり、さん」


もう一回、その人は笑って、「あかんで、ちゃん」 みんな心配しとる。とやっぱり独特な発音を口にした後で、私を見た。ごめんなさい、とフランソワに顔をうずくめて、謝った。うん、ええよ。跡部はしらんけど。ケラケラ笑うその人は、「ちゃん、中々面白いことしたらしいやん」 今度俺にも見せてぇな。


何故だかとても静かな気持ちで、その人を見た。フランソワが見つけてくれたの? と小さくフランソワに訊いてみたけれど、彼女はくうん、と首をひねるだけだった。
「うん、まぁ見つかってよかったわ」 ぽんぽん、頭に、手を置かれた。(やっぱり、何かが、)


私の視線に合わせて小さくしゃがんでくれていたその人は、ばっと、立ち上がった。そして、何処へ向かってか分からないけれども、さっきの私よりも、もっと大きな、大きな、声を出す。

「跡部ぇ、ちゃんや、ちゃんがおったでー!」
『おとうちゃん、赤ん坊や、赤ん坊がおる』


ふいに、頭の中で、何かがかぶった。姿が見えもしないけれど、そのセリフだけは、しっかりと覚えていた。私から目をそらした体勢で、大きな声を上げた彼。(ああ、そうか)

笑いが、こみ上げた。ク、と情けないような声が喉につまって、忍足さんはビックリしたように私を見る。「どうしたんや、ちゃん、どっか痛いとこでもあるんか」 いいえ、大丈夫です。大丈夫なんです。
小さくまた私に合わせてしゃがんだ彼を見て、小さく、ああチクショウ、と呟いた。


彼は、ユーシだった。侑士は、ユーシだった。
けれども、私は何か違うと思った。きっと声が違うと思ったのだ。
(けれども多分、それすらも違った)

っていつも、頑張って何か思い出そうとしてるよな』


がっくんの、声が聞こえる。


そうだった。そうなのだ、私、は、命の恩人であるはずの彼の顔も、姿も、声も、まったく、まったく、
(覚えて、いなかったんだ)


多分間違っていたのは、私だったんだ。




  



2008.06.12