さてさて。俺は転校生となってしまった。
07
俺は長くこの学校にいる気はない。亮の家に居座る気もない。俺がそんな事をいえば、亮はんな事きにすんなこの馬鹿め! と顔に青筋を立てながら自分の頭をガシガシと右手でかきむしるんだろうけど、やっぱり俺は、さっさと元の田舎に戻る気満々だった。こんな高い私立の学校にいつまでも居る理由がない。
さっさと俺があの家を出るには、俺が女らしくなったと叔母さんを安心させればいい訳で、そうするにはカレシというものを作ればいいらしい。なーんだ簡単ジャン! とか思ったけれど甘かった。そもそもカレシってなんだな訳だった。亮がいうには、イイオトコじゃないと駄目らしい。………あれイイオトコってなんだ?
(あー難しい)と俺は小さく小さく呟いて、腕を組みながら目の前を歩く俺の担任を見た。ふーう、と鼻から溢れた息に担任は驚いたように振り返って、「なに一体どうしたの」
綺麗に口元へとひかれた赤のラインが、ぱっくりと口を開く。
「あ、や、なんでもねぇッス」
「(ねぇッス?)……うんまぁそれならいいんだけどね」
どうすればいいんだろうなぁ、とまた考えた俺は、黒板を背に、無駄にでっかい教室の中でどどんと立ちつくしていた。30ちょっとの視線に、うっ、と思わず後ずさりそうになったけれどそんな訳にもいかない。似合わねぇ制服、ちょっとワリィなお前ら。キモくても我慢してくれ俺がしてんだから。
「彼女はさん。みんな知ってるだろうけど転校生。さん、ご挨拶よろしく」
「(……どうしたもんかなぁ俺)うーむ」
「さん!」
つんざくような声に、「ふえはい!」と妙な返事をしてしまった。「挨拶、よろしくね」とにっこり微笑まれて、挨拶って俺なにすんだ。
クラスの中をじっくりと見渡しても、イイオトコというヤツがよく分からない。そりゃあ一人一人の個性はあるが、どれがソレに合致するんだろうか。亮に訊いた方がいいんだろうか、俺よりも詳しいし。(………ヤ、いつまでも頼ってばっかってのもなぁ)
ふー、とついたため息は予想以上にでっかかった。「さんどうしたの?」という担任の言葉を聞いて、そうだ挨拶挨拶どう挨拶。(いっその事、イイオトコってヤツが、俺に挨拶してくりゃ楽なのに)
そう考えて、頭の中の電球がぴかりと光った。
「あー」
ごほん。と一つ咳をついて。
「俺の名前は。えーとまぁいろいろあってだな、どうやら俺はイイオトコってヤツが必要らしい。だからお前らイイオトコを見つけたらすぐさま俺に教えてくれ、よろしく!」
ビシッと右手で敬礼。やっべ俺かっこいい。さっきまでとはどこか違う静けさが教室の中で溢れかえっていたけれどそれが何なのか、俺にはよく分からなかった。
視界の端っこでぶるぶると震える担任の左手。きらりと光る指輪に、あ、この人結婚してんだー。とちょっとどうでもいい事を考えた。
「ブハハハハ!」
教室の中に響いた下品な笑い声に、誰だ誰だと探す必要もない。その笑い声の主はヒーヒーいいながら体を上下にさせて真っ黒い髪の毛が前髪までかかってちょっとした貞子状態だ。や、男だったけどさ。
「おい忍足、隣で叫ぶなうぜぇ」
ひーひーいう男の隣で、色素の薄い瞳と髪の毛をした男が、本当に鬱陶しそうに口元を歪めて、眉間に皺を寄せている。それでもゲラゲラ笑うソイツに、俺はちょっとイラついた。
「おいお前、いつまで笑ってんだ。俺なんかおかしい事いったか」
「ぶっはー!」
「会話になってねぇ!」
笑いすぎたのか、男のおでこが机にと当たって、ガッゴン! と痛そうな音を上げた。未だにぽかんとしているクラスメートの横を通って、男の机に、拳を振り上げる。ガッゴン! 二回目。響いた音に、涙目なまま、丸いメガネは俺を見上げた。それで「ぶっはー!」 俺の顔に唾がとんだ。
「おい転校生」
丸メガネの向こうで、やっぱり嫌そうな顔をしたままの男が、チッと小さく舌打ちをする。なんだケンカうってんのか。それならうけて立ってやる。と顔にとんだ唾をゴシゴシ制服の先でぬぐいながら、ギロリとにらみ返してやった。
「なんださっきの紹介は。意味がわかんねぇんだよあーん?」
「あーん? ってなんだあーん? ってアホかお前」
改めて、教室の中の空気が固まったような気がした。
「」
何故だろうか。おっかえりー! と玄関先で亮を迎えると、亮はもの凄く不機嫌そうな顔をして、テニスバッグを持つ手が震えていた。なんだなんだ疲れてんのかしょうがねぇなぁ、と前の学校で聞いた疲れが吹っ飛ぶ台詞ってのをいってやる事にした。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも」
「ああうんお前………って何いわせんだちげーよバカ!」
「え、違うのか」
真っ赤な顔をしたまま、亮は「お前今日学校で変な事いってねぇだろうな」ととても早口でまくし立てて、俺はしてねぇぞ? と首をこくんと傾げてみた。
「ホントか」
「おう」
「イイオトコ探しに来たとかなんとかいってないんだな」
「探しに来たとはいってねぇけど、必要とはいったぜ」
それだけ告げると、亮はヘナヘナと情けなく靴を履いたまま、沈み込んでしまった。なんだやっぱ疲れてんじゃねぇか。しょうがねぇなぁ、と頭をグリグリ撫でてやると「もう俺なきそう」なんて小さな声が聞こえた。どうした誰かに苛められたか?
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2008.07.23