「……あいつ、うざくね?」
ぽそりと、きこえる。



11



「なぁ、ごめん、俺さぁ、まだ校内の見取り図覚えてなくてさ、次あれだっけ、理科室? はは、ワリー教えてくんね?」

にこっ! とクラスメートの女子に笑いかけたけれども彼女は面倒さそうに眉根を寄せた後、ついっと人差し指を右へと向ける。「……あ、もしかして、こっち?」 返答もなしなクラスメートに、あれ? と思わず首を傾げたのだけれど、「ごめん、それだけじゃわかんねぇや、もうちょい詳しく頼むわ」とごめんなよろしく! と手刀を切った。自慢じゃないが、前の学校では俺は女の子にモテモテだったのだ。お前勝利の秘訣はその顔か? この女顔め、と友達にぐいっと頬を掴まれたりした。まぁ事実だった訳らしいが。

うへ、と笑いながら相手の反応をうかがっていると、彼女はツン、と顔を斜め上四十五度へと上げ、くるりと反転した。「……あれ」 俺きいてんじゃん。
なんだろう、もしかして聞こえなかったんだろうか、ともう一人と声をかけても、おんなじように、まるで空気みたいに無視された。……あれ。「俺なんかしたっけ?」 ぽりぽり頭をひっかくも、理科室ってどこだよわかんね、とううと唇を横へとひっぱる。

ちゃんなんや変な顔してどないしてん」

うんうん右へ左へと振り子をしていた頭をがっと掴まれ、「おお」と振り返ると、えせ臭い笑顔の眼鏡関西弁が「よぉーう」とにやにや笑っていた。なんだぁメガネかよ、そもそもお前名前なんだっけ? と思いつつ、ちッとしようとした舌うちに、こいつってテニス部じゃん、とふと気付く。イイオトコはイイオンナが(以下略)「……メガネくんどうしたの? 私びっくりしちゃったァー!」 てへ! ウホ! 俺きめぇ!

「……うんまぁええけどな。俺メガネくんちゃうからな。忍足やから」
「おったりくんだね覚えたよぉー!!」
「言えて変から。忍足やから」
「おったりくんだね覚えたよぉー」
「ローテンションになっとるとこごめんな忍足やから」
「……同じじゃねぇかよチッ」
「あれ今舌うちせんかった? 自分舌うちせんかった!?」
「気のせいじゃね」
「自分ビックリするほど爪が甘いな」

甘くねぇし。辛々だし。なめんなメガネ。それはどうでもいいんだかメガネ教えてくれメガネ。「理科室ってどこだっけ」 見上げたメガネ(いやおったりだっけ)は「うん?」と一瞬首をかしげ、「あっちやけど。他の子に案内してもらいぃな」とひどく思いやりのある助言を求めた。「うんまぁ」 なんとも言えず言葉を濁していると、おったりはにやっといやらしい笑みを浮かべ、「なんや自分友達おらへんのかぁ、しゃあないなぁ、侑士くんが案内したろー」とメガネをきらきらさせた。

まぁ、そうですが。事実ですが。うるせぇ、と思いたい気持ちをひっこませて、ありがたくおったりについて行くと、「自分なぁ、悪目立ちしすぎやもんなぁ」とどこか分かったような口調だったので、なんだかイラッとした。

さぁ行こか、と筆箱と教科書を取り出した忍足が、丁度教室へと戻ってきたらしい部長(だったか確か)と、ぴたりとかち合った。「おう」と偉そうに首をそらし挨拶をした部長は、俺を見ると、とても嫌そうに口元をゆがめ、「チッ」と舌うち。あ。

あいつ聞こえるようにしやがった。








あの背中は亮だ! とちょこちょこがばっと抱きつくように回りこむと、「うわっ!」と亮は驚いたように両手をばたばたと暴れさせた。部活も終わり、どっぷりと暮れた日は既に真っ暗と夜の帳が下りていて、ぽつぽつと照らされた電灯の明かりが地面へと一つ二つ浮かんでいる。
亮は、なんだか知らないけれど、他の部員の倍練習する。はい解散、と言われた後もコートに残り、パカパカなにやらしているらしい。同じ時間に終了したはずの亮が、家に帰っていない事実に、あっれおかしいなぁ、とやっとこさこの間気づいたのだ。「げっ、かよ!」「ゲじゃねぇ、ゲ、じゃ」 失礼なやつだなぁ、とゲラゲラ笑っていると、「……え」 ふと、俺と、亮以外の声が聞こえた。

「……マネージャー?」

にゅっと長い体の頂点にくっついた銀髪が、僅かな灯りにきらっと光った。誰だこいつ。
俺がんん? と首を傾げる間に、銀髪の男はぐるぐると頭を混乱させたらしく、
「あ、あれ、え、何でマネージャーが、宍戸さんと、あれ?」
「や、長太郎」
「あ、あもしかしてつ、つき」
「いらんこというなが混乱する!」
「ツキ? ツキなんだ?」

「え、宍戸さん、あれ、違うんですか?」と銀髪は首をかしげ、それでも納得いかないように、「あっれぇー……?」と腕を組み、うんうんと唸る。そんな彼の様子を見かねたのか、亮は俺と自分をちょいと親指で行き来させ、「イトコ。終わり」「え、に、似てない、あ、すみません」「いや別にいいけどよ」 俺もそう思う、と亮は頷く。

宍戸さん宍戸さん、と何度も連呼する彼を見て、俺はふうん、と頷いた。なんだ亮、好かれてんじゃん。図体でかいから、後輩かどうか自信もてないけど。俺はなんだか嬉しくなって、にかっと笑った。すると彼もつられたように、ほんわかとした笑みを浮かべて、
「俺、
「あ、はい知ってます、マネージャーさんですよね」

「はい、だから」
「あー、長太郎」

亮は呆れたように笑い、「名前」と呟いてぐいっと俺に顎を向ける。あっ! と呟いた彼は恥ずかしそうに頬を染めた後、「鳳長太郎、2年です」「お、やっぱ後輩かー!」「あ、はい後輩です」

ぱしぱしっ、と彼の高い背に合わせるように、無理をして背伸びをして肩を叩くと、鳳は恥ずかしそうに視線をちらと外した後、亮を見た。「、長太郎こまらせんな」「お、ワリ」

後輩っていうと、無条件に可愛く見えてくるものなのだ。困ったものだ。
亮は「あー、暗っ」と空を一度眺めた後、「帰るかー」と頷き、ぐるんと体を反転させた。

「荷物取ってくる。長太郎は」
「あ、俺も取りに行きます」
「や、いいわ、ついでに持ってくっから」
「え! いやいや宍戸さん」
「いいんだよ、付き合わしたの俺だし。、待っとけ」
「ん」

じゃっ、と飛び出した亮の足は速い。「おー、はえーなぁ」と勝手に呟いた声に、鳳はそうですね、と頷いた。そのあと、ほんの少し口ごもり、「あの、マネージャー」「でいーよ」「いやいや、先輩ですし、あのさん」「かってぇなぁ、なに?」

改めて鳳を見ても、彼は、うーん、と「失礼だしなぁ」と大きな体を縮こませながら腕を組み、頭を下げた。「いいよ、いってみ」 きっと一人ごとだったであろう台詞に反応すると、必要以上にびくりと飛びはね、「あの」「うん」 彼は気合いを入れたかのように息を吸った。「口調、変わってません?」


「あ」とぱちんと口元に手をはりつける。「あ、あ、あー……」やべ。亮がいたから。
「あの、それに、俺って今」 気恥しくてポリポリ頭をひっかき、「わり、変な先輩でごめんなぁ」 
ふと、おったりの悪目立ちという言葉と、部長の舌うちが聞こえた気がした。「変だよなぁ、俺」

そう呟いたとき、驚いたようなスピードで、鳳は「いやいやいや!」と首をふる。「気になっただけで、変とか」「変だろ俺」「変、かもですけど」「お、おう」「かもですけど、別に、そんな」「おう」

もごもご口ごもる言葉は、上手く形にすることができないらしくて鳳は「うー」とちいさな子どもみたいに唸った。そんな姿を見て、別にもともと気にしていた訳ではないのだけれど、ふと体が軽くなるような気分に、「鳳、お前いいやつだなぁ」「え、違いますから!」 うん、いいやつだ。

両手をぶんぶんと振る鳳を見てゲラゲラ笑っている最中戻ってきた亮は、「こら困らすなつったろ」とぱかりと俺の頭をはたいた。「別に違いますよ」と鳳は首を振って、「さん大丈夫ですか」とあわあわし、「あ、宍戸さん荷物ありがとうございます!」とせわしなく頭を下げる。
イイオトコというのはまだよくわかってはいないのだけれど、鳳みたいな奴だったら、たぶん、嬉しいかもしれない。



  


2009.08.24