「なんで俺が、亮のイトコだってしってんだ?」
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「あーん? なんで知ってちゃいけねぇんだ」
「いや、隠してることでもないけど、俺そういうこと言ってないだろ?」
「まぁな。別にどっからか聞いたんだろうよ、いちいちンなこと覚えてねぇ」
思わず驚いて、「私」と言わなきゃならないのに、「俺」と話してしまった。え、ちょっと、ちょっと待って待って、と思うのに、我が部長様はラケットをぶんぶん振りまわしながら去って行ってしまう。うー、あー、あー。という感じである。別に隠してない、そう隠してないことだけど。
(……鳳が言ったのかなぁ?)
と、考えたけれど、そういう話を進んで自分から話すような子じゃない。(うーん) じゃあ、学校の教師の誰かが言ったのかなぁ、と思って、俺は特に気にすることなく黙々と洗濯を終わらせて帰宅した。話はそこで終わりじゃなかったんだけれど。
「さんって宍戸くんのイトコなんだよね。そういやちょっと似てるかも。ねー」
「かもねー」
「ん?」
私はサンドイッチを口にほおばりながら、うむうむ? と首を傾げた。女の子は沢山の机を囲んで、その上でご飯をもそもそむさぼり食うのだ。そして何故だかお菓子まで常備してるのに、お弁当のサイズは小さい。いや、お菓子を食べるためにお弁当が小さいのか? なんなのか? よくわからん。
「似てるかー?」
「うん」
端っこのちっちゃい女の子が俺を見上げながら頷いた。頭の中に亮の顔を思い浮かべて、あー? と首を傾げてみる。いやいや、その前に。
「なんで知ってんの?」
「え?」
「いや、亮がイトコって」
女の子たちはそろってきょとん、とした顔をした後、お互いでこそこそと話し合い始めた。え? いやいやなんなの。訊いちゃいけないことだったの。「まぁ言いづらいならいいよ」 もふっと俺はまたサンドイッチにかじりついたところで、一番ちっちゃい女の子が、またひょいと顔覗かせた。「宍戸くんが」「ん? 亮が?」
「俺のイトコ、ちょっと人とはずれてるかもしんないけど、よろしくしてやってくれやって」
ぽろっと俺の手からサンドイッチがこぼれ落ちた。
あ、もったいない。
俺、そんなに頼りにならなかっただろうか。一瞬頭がカッとなって、亮のクラスに行って色々訊きまくって、首を絞めてやりたいような気持ちになったけれど、別にあいつが意地悪でそんなことを言った訳じゃないのは分かってるのだ。
女の子たちが、『まぁ、宍戸くんに言われたのはきっかけだけど。さん話してみると普通だし』『最初ちょっとびっくりしてさぁ、ねぇ?』と言っていた。そうかやっぱり、俺一人じゃ駄目だった訳である。あーっ、くっそう。と思った。なんだちくしょう。なんだなんだ。テニス部のフェンスにガツン、と一発頭を叩きつけてやりたくなった。
そして事実してみた。ガシャーン! とドマヌケな音がして、あんまり痛くない。ちくしょう。もう一回してみた。ガシャーン! 足りない。と、もう一回頭を振りかぶろうとしたとき、「うるさいんですけど」 とキノコカットがやってきたのだ。
俺はフェンスを握りしめたまま考えてみた。なんだっけ、「こないだ上半身裸だった……」「日吉です嫌な覚え方をしないでください」 ですよねー。
日吉はギロリとこちらをにらんだ後に、「うるさいのでそういう行為は余所でしてください。っていうか何をしてたんですか」と至極もっともな疑問をこちらに投げかけてきたのだ。
「い、いや、こうすると頭が活性化すると昔きいたことがあってさ!」
「寧ろ脳細胞が死滅していると思いますが」
「返答がかしこくって俺泣きそう」
ノリで流してくれないこの子!!
ふー、と日吉はため息をつきながら、首をふるふると振った。前髪もふるふると揺れている。ちょっと気になる。俺はフェンスを握りしめたままの体勢で、このいたたまれなさから逃げるために、このフェンスよじのぼったろか! と、まったく関係のないことを考えた。変質者として捕まるかな。
「あなたが奇行に走っていると宍戸さんに迷惑がかかるのでは? 俺には関係のないことですが」
「奇行って……お前……マジ泣くぞ」
後輩にののしられました。
俺はフェンスからぱっ、と手をはなすと、やっぱこいつも知ってんだな。と思った。亮はこの氷帝学園では有名人物なのだということくらい、転校してきてすぐにわかった。やぁ、亮すげぇなぁ、おばさんも自慢に思うだろうよ、と珍しく、ほんの少し、俺は卑屈になった。「悪いな日吉」と言って、通り過ぎ際に、ぱんっと彼の背中を叩こうとしたら、「やめてください」と彼はさっと避けた。「いい反射神経だな」と笑ったら、うっとうしそうに手を払うような仕草をされてしまった。
「あー、じゃあ、真面目におしごとすっかなぁ!」
と、誰に聞かせるでもなく、わざとらしく叫んだ。じゃーな! と振りかえって日吉に手を振ると、やっぱり無視されてしまって、そのまま去っていった。ははは、と笑った後、「情けないなぁ……」とぽつりとつぶやく。俺って、亮に手助けされないといけないくらい、駄目なのかな。
そして一番情けないと感じることは、亮の善意をありがたいと、そのまま感じ取ることができないことだ。(……仕事、ちゃんとしないとなぁ)フェンスに八つ当たりするだけして、何もしないだなんて、そっちの方が最低だ。(……なんかこう、今の俺って卑屈だなぁ) ぼんやり見上げた空は、黒ずんでいて、ぽつぽつと小さな粒がグランドに落ちていく。「やっべ」 洗濯物! と俺は走りだした。
今の俺、ばーちゃんに殴られそうだ。
「、傘がないのか?」
「ん、亮か。おう、ないなぁ」
部室のドアを開けたままぼんやりとしていたとき、練習着から学生服に着替えた亮がコンビニがさを片手に俺の前に通って来た。鳳はいないらしい。珍しいな、と思ったとき、亮は当たり前のように「入ってけよ」と、傘を差し出した。
今の俺は、ちょっと素直になれないのだ。気分がギスギスしている。あえていうのであればギザギザハートなのだ。下手をすると亮に八つ当たりをしてしまいそうになる。それはとてもよくない。俺は「別にいい」、とできる限り笑ってパタパタ手を振るとそのまま雨の中じゃぶじゃぶと革靴をならしながら歩いた。
亮が後ろで慌てたようにこっちに向かう。
「おい、、なにしてんだ。濡れるぞ」
「や、だからいいって。ほらさ、亮ぬれちまうし。俺これくらいなら全然ダイジョーブなんだよ」
「だから聞けって」
「いいから」
「」
「いいって!」
予想以上にも、言葉が大きくなってしまった。、あんたをそんな狭量な人間に育てた覚えはないよ! と頭の中でばーちゃんが俺に向かって怒った。ざーっと体を打つ雨に頭は冷えた。相変わらず亮は遅くまで自主練習をしているから、周りには誰も生徒なんていない。俺達だけだ。
「俺さぁ、ガンジョーだから。モーマンタイ」
できるだけ明るい声でへらへらと手のひらを振った。こぼれる雨に前髪からしずくが伝って顔に流れてうっとうしい。手のひらでそれをぬぐった。「大丈夫じゃないだろ」 何故だか亮は怒ったような声をして、「大丈夫じゃないだろ。ほら、お前女子なんだから」といいながら傘を無理やり俺にさしだした。「うるさいな!」
反射的に叫んでいた。女子なんだから。その台詞が胸につんざいたのかもしれない。
なんちゅうこっちゃ、と俺はそのままその場で体育ずわりをして泣きそうな気分になった。実際にはそんなことはできないので、立ちっぱのまま亮と一緒に固まった。
無言が痛い。
そうだ、よくわかってたことじゃないか。
亮と俺とは、イトコとは言うけれども名ばかりで、この間会ったばかりの人間で、甘えてはいけない人間なのだ。俺に亮や亮の家族に甘える資格なんてどこにもないのに。初めはちゃんと分かって、自制をしていたつもりなのに、気づいたらまたこれだ。
(俺のばかやろ……)
なんてこった。ばあちゃん、なんで死んじゃったの。なんで俺一人になっちゃったの、なんて、関係のない責任逃れまでしそうだ。
「あのさぁ、」
ふいに亮が俺に呟いた。俺は何を言われるかと怖くて、びくりと体をこわばらせた。「お前、虫の居所が悪いんだろ。つーか機嫌悪いんだろ。わりーな」「なんじゃそら!」 俺は思いっきり顔をあげて呆れた顔をした。なんでそうなるんだ。
「いや、だってさ、お前馬鹿だけど、案外気ぃ使うやつじゃん。理由もなしにさ、怒ったりしないだろ。でもまぁ機嫌悪いときなんて誰にでもあるし。お前、今機嫌悪いんだろ?」
だから俺が悪いな。
亮はそう言って、俺の肩を取って一緒に歩き始めた。ゴールは一緒だ。宍戸宅。別に俺が怒鳴ったことに対して、怒ることもなくて、気にすることもなくて、気まずい空気は勝手にどこかへ消えていて、俺は濡れた前髪をもう一度手のひらでといた。そうしていると、ふと、亮がこっちを見ている気がして、なんだろうと見上げた。
じいっと俺の胸元辺りを見ていたものだから、「なんだ? 俺の胸になんかついてるのか?」と訊いてみたら、亮は心底しまった、という顔をして、「お前すけてるぞ」
なにがだろう、と思うと、俺の胸にくっついた脂肪の塊がシャツにすけている。ああ雨が降ったからか、と思って、「ふーん」と言ったままそのまま歩いていると、「お前なー!」と亮が怒り、スポーツバックからタオルを取り出して「拭け!!」と叫んだ。
「いや、別に。寒くねーし」
「そういう問題じゃねーんだよ。俺、が。むらむらすんの。中学生なんだよ思春期なんだよ!」
わかったか! 俺激ダサやべぇ!!
俺はぼんやりと亮からもらったタオルと自分の胸とを見比べて、どうしようと眉をひそめた。「俺さ、長い間さ、自分が男だって思ってたけど、むらむらとかそういうのはわかんねーよ」前の学校でも、そんな話題についていけなくて、きょとんとしてた。って子どもなんだな! とか言われたりした。
亮はブハッ! と焦ったように噴出して、「分かられてたまるか!」と叫んだ。そうしたあと、何度か台詞をどもらせた後、「当たり前だろ、お前、女子なんだから」
その台詞に、今度はああなるほど、と納得した。
そして俺はこしこしと亮の助言にしたがい、亮からもらったタオルで胸を拭いた。俺って情けないなぁ、女々しいなぁ、と思っていたけれど、当たり前なのかもしれなかった。だって俺は女だから。ふとそのとき、きとんと実感ができたのだ。
「亮」
「ん?」
「お前って、イイオトコだなぁ」
俺はそう思ったから、にかっと笑ってそう言った。
すると亮はほんの少し顔を赤くしてゲホゲホとせき込んだ。「つ、付き合うのか!?」 ああ? と思いつつ亮を見ていると、「え、だからお前が言うにはイイオトコがカレシになって、で」と言いながらこっちを見てくる。もう一回、「あ?」と首を傾げると、「くそう」と亮は一言呟いた後、「語の意味はわからん」と言いながらずかずかと雨の中を二人一緒に帰った。
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2011.01.05