子狐、こんこん



「幽助ー、酔った勢いで子ども確保しちゃったー」

てへぺろ、なんて顔をしながら母親から告げられた言葉に正直ぴくりとこめかみが引きつった。




ガキが端っこの方に座り込んで、じっとこっちを見上げていた。「おいガキ、蹴り飛ばすぞ」 ケッと俺は舌打ちをしてばしばしガキのケツをぶったたいても、ガキはむっと眉を寄せたままなんにも言わないし、とにかく体を丸めて部屋の隅にすっこんでいる。「おいオフクロ。確保ってどういうことだ説明しろやオラ」「いやほんと。そのままで。あたしにもよくわっかんないのよー」 

よくわっかんないのよーじゃねえよ。なんて言ってる場合なのかてめー、と学ランのポケットに手のひらをつっこんでため息をついた。「つーか、さっさとサツに連れてった方がいーべ。犯罪だろ」「だよねえ」

色々とまずいわよねえ、とぷかぷか煙をふかすオフクロから、タバコをひょいと取り上げてほれほれさっさと準備しろっての、とどすんと床に座り込んだ。その間もガキは部屋の丸まりながらじっとこっちを見上げていた。(まるでたぬきかなんかだな) 動物みたいな動きだ。そういや、暫く前に出会ったあのたぬきは、どうしてんのかね、とふわふわ霊体になって飛んでいたあのときを思い出して、箱ごと取り上げたタバコを一本取り出して、口にくわえようとしながら、ガキを見てやっぱりやめた。

「おいおめー。さっさと帰らねーとママが心配するぜ」

無視である。つまらん、と舌打ちをして、「お前、ガキ、がきんちょ」 名前もわからん。「お前、名前は?」 やっぱ無視だ。

つまらんガキだ、とあくびをしながらテレビをつけた。浦飯家、一匹無口でつまらんガキを預かってます。そんな言葉を警察に告げてみても、ガキの親は見つからなかった。よくわからんオフクロの黒ベンツの知り合いたちにも首をかしげて、お前は一体なんなんだ、と何にも喋らない陰気なガキの首根っこを掴みあげた。ガキはきゅっと瞳を釣り上げて、ただつまらなさ気に犬歯を見せた。


   ***


俺は今、浦飯の家にいる。浦飯はなんだか変な黒い服を着て、髪の毛をぐいっとでこにあげて、その上やっぱりびっくりするほど弱っちい。それがものすごくつまらなくて、むかついて、俺はとにかく尻尾を太くしながら威嚇した。そんなふうに、自慢の銀色の耳も尻尾をピンと伸ばしているのに、浦飯は気付かない。おい、俺の耳、ほんとに見えないのか、なんて言っても、多分こいつは気づかない。

いったい、どれくらい昔に俺は来てしまったんだろう。ばあちゃんはばあちゃんのまま変わらないけど、ちらりと見た親父や浦飯だって、そんなに見かけが変わっているとは思えない。なのに全然中身が違う。
こっちに来てから得た知識で、きっと俺は数年前の世界に来た。そう思っていたのに、だんだん自信がなくなって、俺は一人でしょぼくれた。こんなにちょっとで、人間の中身っていうのは変わっちまうもんなのか? 

考えれば考えるほどわからない。多分これが、堂々巡りってやつなんだろう。俺は浦飯のかーちゃんに首根っこを掴まれて、ケーサツってとこに行った。悪いやつが連れて行かれる場所だと思っていたから、俺は一体何の悪さをしたんだろうか、と尻尾がきゅっと縮み上がった。けれどもそれは心配のしすぎというやつであったらしく、「かわいそうにねぇ」と優しいおねーちゃんたちに頭を撫でられて、もらった飴玉にほっぺをふくらませながら俺はぼんやり待合室で足を揺らした。ついでに術を使って、そのままひょいと逃げ出した。

別に行く所なんてない。前と同じく、公園で知らないおっちゃんたちと一緒にダンボールの中にいてもよかったけど、何をしているんだと尋ねてくる知らない人に、いちいち術を使うのも面倒だし、俺は相変わらず浦飯の家のドアをばしばしと叩いてそのままソファーに転がり込んだ。

「お前、何してえの? おこちゃまはさっさとお家に帰りやがれ」

そう浦飯に言われて、警察に連れて行かれて、また戻ってくる。そんなこんなを繰り返した。
別に、また術を使えばよかったのだ。親父の家に転がり込んだときみたいに、浦飯の家のおこちゃまってことにして、ぬくぬくと過ごせばいいだけだった。けれどもなんとなくそれは嫌で、俺は無口な子どもってやつを演出しながら最終的にテーブルの下にひっこんで体育座りをした。「おいガキ」と浦飯は俺のことを呼ぶ。俺はガキじゃない。だ。お前より年上だ。

そんなことは、浦飯はとっくの昔に知っていなきゃいけないことなのだ。でもこの浦飯は知らない。おれは恨みがまし気に浦飯を睨んで、浦飯のかーちゃんの、ねーちゃんみたいな格好をした温子さんと一緒にテレビを見た。世の中には色々と難しいことがあふれている。ぺっぺと変わる画面を見ながら、俺はそう思った。きっと俺のこれも、その理不尽で難しいことのうちの一つなのだ。

「さっさと家に帰った方がいいんでないの、狐ちゃん」と温子さんは俺に言った。どきっとして、なんでわかったんだろう、と温子のねーちゃんを見上げると、ねーちゃんはちょんちょん、と俺の靴下を指さした。トレードマークの狐のアップリケが、こんこん、とヒゲを伸ばして笑っている。

南野家で買ってもらった服も、靴下も、ポシェットも、俺は大切に抱きしめて、浦飯家に居候した。子狐、とみんな俺のことを呼ぶ。
俺の名前はで、妖怪で、親父の子どもで、銀狐。でも言わない。誰にも言わない。ばーちゃん除く。
どうしたらいいかわからないから、俺はじっと待つことにした。耳をぴんと伸ばして、鼻をひくつかせて、時期を待つ。

南野家には、まだ行ってない。