子狐、こんこん







玄関先に、女の子が立っていた。
肩口まで伸びた髪の毛をさらっと揺らしたそのねーちゃんは、きょとんとして俺を見た。街を歩けばよく女の子が着ている服をひらひらとさせて、四角い鞄を持っている。俺は考えた。そんで気づいた。

「温子ねーちゃんより、ねーちゃん……?」
「ん!?」

これがちゃんとした、おねーちゃん?



   ***



このおねえちゃんの名前は、螢子さんと言うらしい。(けーこ、けいこ?) どっかで聞いた名前だけれど、数年後の俺はこの人に会ってない。「ちょっと幽助、あんたとうとう子どもまで誘拐しちゃったの!?」 と叫ぶ螢子ねーちゃんに、「ちげーよこいつが勝手にいるだけなんだっつの!」 ひいひい浦飯は叫んで逃げた。なんなんだ。俺はめんどくさげにそこら辺をぶらぶらして、とりあえずくんくんねえちゃんの匂いをかいだ。危ない匂いならすぐわかる。

問題ないな、と理解して、くいくい、とねえちゃんのスカートをひっぱった。「螢子のねーちゃん。俺、ゆうかいとかじゃない」 あ、そうよね、と螢子のねーちゃんは慌てたみたいに笑った。「たぶんだけど?」「ゆーすけー!!!」「ちげーよだからちげーって!」


とりあえず螢子ねーちゃんが浦飯の顔を2,3発殴って、事態は収束したようである。俺は温子さんからもらったジュースをちゅーちゅー飲みながらばたばたと両足を動かした。「なによー狐くん。螢子ちゃんのことおねーちゃんだなんて。よっぽど気に入っちゃったわけ? おませな子ねー」「別に。温子さん俺おかわりほしい」 ちょうだい、と両手でコップをにぎりしめて、見えない尻尾をぱたぱたさせると、温子さんはピクッとこめかみを震わせた。

「…………温子のねーちゃんっしょ?」
「温子さん」
「ねーちゃん」
「温子さん」
「ねーちゃんは?」
「あっち」

螢子のねーちゃんをびしりと指さすと、温子さんは暫く額に手のひらを置くと、「ゴルァ!」といいながらビシッとチョップが炸裂した。一体全体、なんで俺は怒られたんだと頭をかかえて温子さんを見上げた。「だって、あっちが本物のねーちゃんなんだろ?」 おれ、間違ってないよう、とずずっと鼻をすすると、また思いっきりチョップされた。理不尽である。

結局俺はおかわりのジュースをもらえないまま、かみかみとストローを口で噛んで、つまらなさ気に螢子のねーちゃんの隣に座った。浦飯はいつの間にかどっかに消えていて、「忙しいやつねー」なんて言いながら螢子さんはかちゃんと玄関のドアを開けた。俺はなんとなくそれについていって、パタパタ尻尾を振りながらねーちゃんを見上げる。

ねーちゃんは暫く無言でてくてくと歩いていたけれども、ふとしたときに下をむいた。「きみ、家にいなくっていいの?」 ちっちゃい子が危ないわよ。と言われたから、「別に。俺の家、あそこじゃないし」「そうなの?」 うん、と頷いた。

浦飯の家は居心地がいい。
変なガキだ。そんなふうに思われてるくらいで、温子さんは適当に相手をしてくれるし、俺が何も答えないとわかれば深いことは訊かない。最初こそケーサツに連れて行かれたけれども、俺が毎回ひょいと一人で帰ってくるから、まあこいつはそんなもんなんだ、というような適当加減がちょうどよかった。

「ねえあなた、名前は?」

俺はぷいっと顔をそむけた。ばたばた、と尻尾を揺らす。誰に答えるつもりもない。螢子さんは暫く困ったみたいな顔をしていたけれども、「あたし、雪村螢子っていうの」と、いまさらながらの自己紹介をして、俺の視線に合わせるみたいに座り込みながらひょいとこっちに手を出した。俺はパーカーのポケットにつっこんだままの手を、ごそごそと動かした。それから暫く居心地悪く視線をきょろきょろさせた。

螢子さんは、ほんのちょっと、しょうがないなあ、というみたいなため息をついて、またパッと立ち上がった。てくてく、と歩く。俺は螢子さんの隣を歩いて、俺よりも大きな彼女をひょいと見上げた。「あ、夕日が綺麗だね。明日は晴れかあ。体育、なんだったかなあ」 そんな彼女の言葉の意味は、ちょっとよく分からない。俺はパーカーから手のひらを出した。ぷらぷらと揺れる螢子さんの手を握ると、螢子さんはぱち、と大きく瞳を開いた。それからほんのちょっと笑って、きゅっと俺の手を握り返した。ぱたぱた、と尻尾が揺れる。

俺と螢子のねーちゃんは、夕日の中で一緒に帰った。「危ないから、後でまた幽助の家に送って行ってあげるね」「子ども扱いするなよなー」


   ***



浦飯が、何やら妙なことをしている。
さすがにそんなことに気づかないほど、俺はおたんこなすではないわけだ。これまた新しい、知らないお姉さんにずるずるとひっぱられて帰って来た。いつも着ているまっくろ服をボロボロにさせて、「ぎゃーっ!」と温子さんが悲鳴をあげた。

温子さんと、髪の毛をきゅっと高い位置でくくった、死んだ人間みたいな匂いを出すねえちゃんと一緒に無理やり浦飯をベッドに運んで、「まったくあいつったら何してんのかしらねえ」とぶつくさ温子さんとジュースを飲んだ。「お医者さんとかいらねーの?」「あとで顔見知りのやつに頼むわよ。ちょっと狐ちゃんからもなんとか言っといてちょうだい」「おー」

ハハオヤに心配をかけさせるのはよくないな、と俺はコクコクと頷いた。死人のねーちゃん、ぼたんさんは、その間に座り込んで、「たはは」となぜだか自分が怒られたみたいな困ったような声を出して笑っていた。見かけはねーちゃんなのに、なんだかばーちゃんみたいな笑い方の人である。

浦飯は起き上がった。俺はばこばこ温子さんが浦飯を殴って、変なことしてんじゃないわよとうえうえ泣いている姿を横目に、テレビのニュースを見つめてふむふむと一人頷く。

     同じ地域の小学生が、4人も原因不明の昏睡状態となり……』

つづくテレビの台詞をきいて、「はー、こえーなー」とぼそっと呟いた。人間界も、やっぱ怖いことで溢れてるらしい。