子狐、こんこん
ぴこぴこボタンを連打する。その隣で俺はぱたぱた尻尾を振った。ぱたぱた。びしり。鉄拳がとぶ。ぶぶぶ。尻尾が膨らむ。「あんた」「う、おおう、おうっ」 拳が舞った。主に画面向こうの敵に対して。
「毎回毎回うちにきて、暇なやつだね」
「ばあちゃんほどねーよう」
殴られた。
だから画面の向こう側で。
「ばーちゃん、これなんつーの? すーふぁみ? なんで俺はいちいちこんなもん持って戦わないといかんの?」
直接ぶったおしたらいかんの? とばあちゃんにぶっ倒されてぶくぶくと泡をふいているらしい大柄の男を見て、俺は静かに正座をしなおした。意味わかんねーよまじわかんねーよ秀一が持ってるマリオくらいわかんねーよひげのおやじ。
「それがわからないたあ、まだまだガキだね」なんて言ってばあちゃんはずるずると茶をすすっている。別に俺ガキでいいし。っていうか多分ばあちゃんより長生きしてるし。「文句があるなら口でいいな」「きゃんっ!」 おもいっきりに耳をひっぱられた。
耳はだめだ、耳はだめだ、あれだ、耳はだめなんだよう、とぷるぷる部屋の端っこでうずくまっていると、「ほんとにあんたは暇なやつだね。あっちに来たりこっちに来たり。街のすみかは見つけたんだろ?」「うむう」 浦飯のとこ、なんて言ってもばあちゃんには分からない。このばあちゃんは、まだ浦飯には会っていないばあちゃんなのだ。
ばあちゃんは変わらずばあちゃんなのに、こういうときにふと変な気持ちになる。ほっとするのに悲しくなる。
(……っていうか、浦飯はいつばあちゃんと会うんだろ)
まあ、そんなのわかったところでどうでもいいか、と俺はまたゲームを再開した。こんどこそ、ピンク髪のおばばをめっためたにしてやるのである。
***
ケケケケ ケケケケ ケケケケケ
変な笑い声が耳に響く。俺は慣れた足取りでぽすぽすと地面を踏んだ。ケケケケ。くあー、とあくびをした。ケケケケケ。おなかが減ったな、なんて尻尾をぱたつかせた。
「ひるめしはー……ばーちゃん……」
は、作ってくれなさそうなので、適当になんとかしよう、と頷きながらサバイバルな精神を見せていると、「ちょっと!」 耳元で悲鳴があがった。
真っ黒い服を着て、ばさばさ羽を広げながら、ぷんぷんとほっぺを膨らます。きいきい羽をひろげるコウモリたちを見て、俺はめんどくさげにため息をついた。「なんなの? てかどちらさんー?」 まっくろけっけでちょっと色々見づらい人だな? と首をかしげると、「ななっ! コウモリ使いの僕の縄張りに入っておいてのその態度! なんたる侮辱!」と、コウモリ使いは顔をカッカと真っ赤にした。
「えー、わりーわりー。でもばあちゃん昼飯だしてくんないから、俺自分でなんとかしなきゃなんだよ。ここ、うまいものいっぱいだろ? 人間心は広く生きた方がいいって温子さんが言ってたぞ?」
そのあと浦飯に酒をとられて、拳で息子を殴ってたけど。「そんなこと知るかい!」 コウモリくんは、思いっきりに犬歯を向いた。「僕は腹が減ったんだよ! 誰彼かまわずかみつきたい気分なんだ! ちょっとサイズは小さめで満足できないかもだけど、小さな子狐くん、きみはちょっとしたデザートに…………キツネ?」
あれ、人間じゃなくって、キツネ? と俺の両耳を確認したコウモリくんが、ぴくぷくっと鼻を動かす。俺はううん、と考えた。とりあえず、喧嘩を売られてるってんなら。「はい、おっけー」
まかせてちょんまげ?
「ばあちゃーん、変なのつかまえたー」
ずるずるコウモリくんの首根っこを捕まえてひっぱると、ばあちゃんは呆れた顔でこっちを見て、「なんだい変なもん拾ってきて。はなしといで。……ん? なんだコウモリ使いか」
そろそろ山が賑やかしくなるかもしれんから、まあそのときはよろしくたのむよ、とコウモリに話しかけるばあちゃんを見て、思わず首を傾げた。「知り合い?」「山に住んどる腐れ縁さ」
ふうん、と俺は顎をひっかきながら、また遊ぼうね、とばいばい手のひらを振った。知るかバカ! と捨て台詞を吐きながら消えていくコウモリの背中を送って、「ばあちゃん、ひるめし」 すっかり忘れてた。「自分でなんとかしな」 放置された。
浦飯の家にいて、ときどきばあちゃんのところに遊びにきて、そんでまた浦飯の家に行く。いっつも同じ繰り返しだ。「なあ、ばあちゃん。俺、元の場所に帰れるのかな?」「知るもんかい」 なんとかなるだろ、と昼飯を放置するような気軽さで、相変わらずな返答だった。