子狐、こんこん
俺は今、どこにいるんだろう。
人間界で、地球で日本で、ついでに浦飯の家。そんだけわかってりゃ十分だけど、今の俺は一体どこにいるんだろう。そんなことを考えたのは、ぱちりと目を開けると、魔界の中にいたからだ。懐かしい匂いがする。
ざわざわと揺れる葉っぱの中で、俺はパッと顔を上げた。どろどろの土を片手でぬぐって、息を吸い込んだ。重っ苦しい魔界の空気だ。勢い良く立ち上がった。誰もいない。
コーンッ
叫んだ。力いっぱい叫んだ。ぐるぐると視界を回しても、俺の背丈よりも、もっともっと高く、遠く、頭のてっぺんで木々がうごいて、ざわめいている。
焚き火のあとを見つけた。これは俺だ。俺がずっと火を炊いていた。腹が減ったから、狩りをして、肉を食って座り込んで、眠っていた。ずっと一人きりでいた。
コーンッ
また叫んだ。でも誰もいない。誰も声をかけてくれない。じわりと目の前が滲んだ。俺は何をしているんだろうと両手のひらで顔をぬぐうと、母親が死んだことを思い出した。父親はいない。いいやいた。あの妖狐は、人間界に行った。俺は人間界に行くことはできない。
ずるずると鼻をすすって、丸くなった。尻尾ばかりがぷるぷると震えて、縮んでいた。
***
全部が全部、夢だった。
俺はずるっと鼻をすすって、ベッドの上から飛び起きた。ぐしゅぐしゅ、と部屋のティッシュで鼻をかんで、ぽいとゴミ箱にいれる。洗面所で顔を洗って、ぷはー、と息をしたあとに扉を開ける。「あら、きつねちゃんおはよう」「んむ」
温子さんに頭を下げて、てとてととソファーに移動した。よっこらせ、と座って、ひきずっていたタオルケットを膝にのせてあくびをした。「幽助のやつ、また帰ってこないのよねー」 まったく、どこほっつき歩いてんだか、と溜息をついていた。俺はうん、と頷いて、浦飯は相変わらず妙なことをしているのだなと思った。
ばあちゃんの家があんまりにも騒がしくなったから、俺がちょいと空けている間に、浦飯はばあちゃんの弟子になってしまったらしい。別にそれはいいけれども、なんでお前がこんなところにいるんだ、と浦飯に問いかけられたらと考えると、なんとなく居づらい気分になって、暫くばあちゃんの家から距離を置くことにした。
その代わりとばかりに、相変わらずの浦飯の家に居座って、温子さんと毎日のニュースを見て、暇を潰してぱたぱた尻尾を振っている。
ソファーの上で体育座りみたいなポーズをしていた温子さんが、呆れたみたいにテレビを見てため息をついた。
「せっかく生き返ったくせに、何考えてんのかしらね」
浦飯は、なんでも一回死んだらしい。そのくせに生き返った。人間にしても、魔族にしても、変なやつだと俺は思う。また温子さんはため息をついた。呆れと心配と、両方の匂いがした。
(温子さんは、浦飯のかあちゃんなんだ)
俺の母親は今どうしているだろう。
数年巻き戻った今、どうしてるんだろう、と考えた所で、どっちにしろ、もうとっくに死んでいたと思い出した。もしかすると、今頃向こうの魔界では、俺が一匹こんこん言って焚き火の前で丸くなっているのかもしれない。そう考えると、なんだか不思議になってくる。
「ん? きつねちゃんどうかした?」
俺がぼんやりと温子さんを見続けていたから、浦飯のかあちゃんはくいっと首をかしげて、「あ、もしかしておなか減った?」 ううん、と俺は首を振った。
「俺、ここにいるよ」
温子さんが、なんだか変な顔をした。「浦飯のかわりに、俺、ここにいる」 温子さんが、ぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でた。朝ごはんにしよう。温子さんの言葉に俺は頷いて、てくてく彼女の後ろにくっついて、立ち上がった。