子狐、こんこん
我輩は、きつねである。
名前はである。
ふんふーん、と俺は耳をピクピクさせながら、街中を歩いた。いつの間にやらこの時代にも慣れたもので、ぶいんぶいんと街中を一人でお散歩していた。せっかく浦飯は帰って来たというのに、また何やら忙しいことが出来たようで、俺としては一人いっぴき、暇を持て余しているというわけである。
昼間っから街中を歩いていると、「小学生がこんなとこにいちゃだめだぞ」と大人にひっつかまりそうになることも多かったが、そこはどろんと術を使って逃げ出した。悪いなケーサツとかいう名前の兄ちゃんとビシリと遠巻きに敬礼して、俺はパーカーのポケットに腕をつっこんで、ぱさぱさ見えない尻尾を振った。
暇なときは、おやじのところに行く。桑原のとこに行ったりもする。けれども残念ながら、両方ともひっかからなくって、もしかすると、浦飯のやろうとひっつるんで、何やら変なことをしているのかもしれない。せわしないやつらだ。「だったらばーちゃんのとこに」 行こっかなー、と俺はちょんと足を出した。ぶちゅほっ。「うごっ!?」 なんだか嫌な感覚が足の裏からはしった。
「う、うおおお」
思いっきり変な虫を踏んづけた。「あらまー……」 あんまり詳しく言えない感じにぷっちり潰れてしまったその虫に両手を合わせてごめんなさいと頭を下げた。なにやら妖怪のようだったが、俺の足の下で天寿を全うさせてしまい、ちょっと申し訳無い。
汚れてしまった靴の裏を、ざりざりと土をひっかくように綺麗にして、ふんふんぴーぴーと口笛を吹きながら、再び街を散歩としゃれこもうか、とぴろぴろ両手を広げたとき、「あら、きつねくんじゃないかい」「んお?」 ぷちり。また踏んだ。
「ふんだ……またふんだ……」
別のやつ踏んだ……としょげながら、俺の声をかけた女の人を見上げた。ときどき浦飯と一緒にいる、妖怪だか人間だか死人だか、よくわからない人だ。「ぼたんさん……」 ぼたんさんは、きょとんと紫色の目をひらいて、なぜか片手に持っていた金属バットを抱え込んだ。何しとんの? 「あらま、きつねくんは見えるのかね?」「それなりに……」
多分きっと、この俺が踏んじゃった虫のことだろう。俺の尻尾と耳と同じで、普通の人間には見えない虫みたいだ。
「まあまあ気を落とさないでおくれよ。その調子で、見つけたらぷちぷち踏んづけてくれないかい?」
「軽い調子でぐろいこと頼むなよう」
すでに本日二匹目にて、俺のライフはしょんぼりである。「そこをなんとか! ぷちっとするんだよ、ぷちっと!」 これはこの街のためなんだよ、と正義感に溢れたセリフを言われながら、ガクガク肩を揺さぶられても、なんだかちょっと意味がわからない。っていうか怖い。俺はきょろりと視線を動かした。そして逃げた。ぼたんさんから逃亡した。
「なんかよくわかんねーからやだ! うぶっ」
そしてまた踏んだ。
「お!? また踏んだのかい、いいねぇナイス! 筋がいいよォ!」
「ナイスじゃねーよー!」
ぷちぷち足の裏で潰れる音と、ぼたんさんのエールを聞きながら、俺はダッシュで浦飯の家に帰った。
なんだか恐ろしい日であった。