「佐助くん佐助くん、通知表だよ」
と彼に渡すと、途端に彼の機嫌は悪くなった。
story02
彼はエプロンを腰に巻いたまま、食べ終わったお皿を水につけて、かしゃかしゃ小さな音を立てながら食器を洗っている。時々見える小さな泡に、「佐助くん手伝おうか?」と訊いても、「いいの、今日は俺様が当番だからね」とかわされてしまった。
やることもなくて暇だなぁ、と思ったけれど、こないだもらった誰にも見せる相手のない通知表をパカリと開いて彼へと見せると、佐助くんは手を泡だらけにしたまま、ぴくぴくと口元を引きつらせている。
「あのね、こないだもいったけどさ、俺様のお母さんじゃないから、そういうの見せる必要ないの」
「じゃあお父さん?」
「それもだめ」
お母さんが駄目、お兄ちゃんも駄目、お父さんも駄目。だったらもう弟しかないなとちょっと思ったけど、それは流石に本気で怒られそうだから、やめておく事にする。
「でもさ、誰も見てくれないなんて、通知表が可哀想だよ」
授業参観の紙も、くしゃくしゃと捨ててしまって、体育祭のお知らせも、保護者会も、くしゃくしゃにするのは、本当はちょっとさみしい。
成績が上がっても、授業で頑張っても、誰も何もいってくれないのだ。
それはちょっと今更かもしれないけれど。
佐助くんがイヤならしょうがないなぁ、と通知表を閉じて、ぽてぽてと部屋へと向かおうとしたとき、「待って」と佐助くんに呼び止められた。
なぁに、と振り返ると、彼は濡れた手を、軽く洗面台でパタパタとした後に、エプロンでふいて、「ほら、見せなさい」
「佐助くんイヤっていったよ」
「うんヤだよ」
「じゃあいいよ」
「いいんだよ、お母さんじゃなくて、俺様に見せるならいいの」
よく分からない台詞に、首を傾げてみると、「が、佐助くんに見せたいんならいいんだよ」 ほら、とリビングのソファーにどかりと座って、となりの開いている空間を、ぽんぽんと叩く。
どっこいしょと正座で座ると、なんなのその座り方、と笑われてしまったけれど、佐助くんの機嫌をそこねないうちにと、さっ、と両手で通知表を差し出した。
「頑張ってるじゃない」
「うん」
「お母さんじゃないよ、佐助くんっていいなさいよ」
「うん、佐助くん」
俺はね、のお母さんにも、お父さんにも、お兄ちゃんにもなりたくないんだよ、と呟かれたので、じゃあ何になりたいの、と訊いてみると、彼は「秘密だよ」と耳元で、小さく呟いて、口元へと人差し指を立てるのだった。
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1000のお題 【556 和み】
2008.08.09