「あ、ない」

story08



開けっぴろげられた冷蔵庫から、ひんやりと冷えた空気が伝わった。「おわー」と思わずマヌケな声を上げると、「うーん、ないねぇ」と佐助くんは神妙に呟く。
ぱたりと閉じられた冷蔵庫の蓋を覗き、その後佐助くんをあおいだ。

「何がないの?」
「ケチャップ」
「ふーん。今日の献立は?」
「オムライス」
「あちゃー」

どーしようかなーとうんうんと唸る佐助くんに、「別のにしたら?」ととってもナイスなアイデアを進呈してみると、「でもねぇ、俺もうオムライスな気分なんだよね。もう口がオムライスに合っちゃってんの。それ以外認めらんないなぁ」
一体それはなんなんだ、と思いながら、私はソファーの背もたれを抱きしめる形で、ぎっこんばったん前後に体重を掛ける。

「じゃあ買いに行くしかないねぇ」
「そうだねぇ」

まだ落ちていない日を窓越しに二人一緒に見詰めて、よし行こう、とパンッと景気よく佐助くんはジーパンの太ももをひっぱたいた。
取りあえず行ってらっしゃいの言葉をいう準備をしていたのだけれど、佐助くんはひょいと私の手のひらを掴む。
「ん?」「一緒に行こうか」

ぎゅう、と握られた手をじーっと見て、また外をじーっと眺める。
寒そうだな、と考えたけれど、佐助くんが「今度どっかに出かけようかっていったでしょー」とにこにこと微笑んで呟いた台詞に、んんん、ちょっとしょぼくないですか? と思いながら、まぁいいか、とよっこらしょっと立ち上がった。
「うん、行く」





スーパーから景気よく流れる音楽を耳に響かせて、カゴを持つ佐助くんの後ろをちょいちょいとついて歩いた。どうせなら、と明日の分も買っちまえ、とどこか横着気質な言葉に、明日の当番はどうせ私だったからいいかー、とうんうん頷く。

「親子連れが多いねぇ、佐助くん」

店の中には、若いお母さんと小さな子どもがたくさんいた。どっかのCMのように、買って買ってぇ、と駄々をこねる子達はいないけれど、キラキラと目を輝かせておかし売り場を見詰めていた。
かわいいなぁ、とうんうんと頷くと、「おかし欲しいの?」と見当違いな言葉を佐助くんに投げられてしまって、思わず違うよ! と大きな声で否定してしまう。
あんまりにも慌てたものだから、まるで私が図星を指されたような態度に見えてしまって、佐助くんはニマニマとしながら「それじゃあ後で見に行こうね」とぽんぽんと頭を叩いた。ち、違う。

サン、もしかして俺たちもそう見えるっていいたいの?」
「い、いわないよう。だって見えないもん」
「そ、よかった」
「だって佐助くんは男の人だからお母さんに見えないし、お父さんにしても若いもんね」
「そこですか」

彼はかっくりと僅かに肩を落として、眉間にぎゅ、と指を寄せたかと思ったら、さっさとレジに向かうよ、と大股で歩き出す。「佐助くん佐助くん、私あそこの試食したい」「やだ」「なんで」
じゅうじゅうと中々に美味しそうな匂いがただようウィンナー。遠目に見ても綺麗な色合いに焼けていて、ご飯前のお腹がぐうぐうと奥を蹴り飛ばす。

「仲がいい妹さんねぇなんていわれたら、俺様しんじゃう」
「それくらい別にいいよ。なんでダメなの」
「ダメなものはダメ。それにウィンナーまだ家にあるでしょ。食べるだけ食べるなんて俺ヤーよ」
「あとちょっとだよ、買おうよ」
「無駄遣いはダメですー。ほらほらお会計」
「佐助くん」
「行きますよー」

ぐいっと掴んでいた彼の腕をぱっと放すと、どうしたの? と彼はふいと振り返った。「別にいいよ、一人で行くから」 のすのすのす、と足を動かせば、「あーあーまったまった」と慌てたように彼は私の後ろについてくる。
はー、と聞こえたため息に聞こえないふりをして、一つくださいな、と小学校の給食室でみたおばさんみたいに、真っ白い割烹着を着て「はいはい」とにっこりと笑いながら白い紙皿を差し出した。

ほら佐助くん、と爪楊枝にさされたそれをよいしょ、と彼の口元へと持って行くと、やっぱりまだ不機嫌そうに、むっつりとした顔のままぱくりと口にほおばる。
紙皿に残ったもう一つを私の口へと持って行くと、うおっおいしいぞ、とふむふむと咀嚼した。
そのまま山積みされたウィンナーの袋へと手を伸ばそうとして、だめですー、といっていた佐助くんの言葉を思い出して、思わずふい、と見上げた瞬間、おばさんが朗らかな声で呟いた。

「やあ、お嬢ちゃんの彼氏さん、格好いいわねぇ」

彼氏さん。ん? と思わず脳内変換をして、思わずビックリしながら違いますよう、首を振ろうとしたとき、やんわりと大きな手のひらが私の頭を包んだ。
「おばさん」「あいよ」「これ二つください」

気のせいか、随分上機嫌な佐助くんの声に、買わないっていったくせに! ともの凄く抗議したくてたまらない気持ちになった。






やっぱりどこか嬉しそうな顔をした佐助くんを盗み見て、二人平等とは言い難い荷物の量をじっと見詰めながら、私はむっつりと黙り込んだ。
いってる事とやってる事がまったく違うじゃないか。
歩く道は、この間と同じようにどっぷりと日が沈んでいて、街灯に照らされた明かりが、私と佐助くんの影をにゅっと伸ばす。
日が落ちるのが早いな、と、マフラーをぎゅ、と握りしめた。

寒くない?」
「………寒くないもん」
「なにむっつりてんのさ」
「してないです」

佐助くんは上機嫌にはっはと笑って、片手に持った重い荷物を軽々と持ち上げ、肩へと掛けた。そしてもう一方の手のひらで私の手をぎゅっと掴んで、ずっぽりとパーカーの中に押し込める。
「ほらほら手が冷たいよ」

ぽかぽかとした手のひらをぎゅうと握られて「うひゃあ」と妙な声を上げてしまった。
バタバタと暴れれば、また強く握られる。

「いいよやめてよ佐助くん、冷たいでしょ」
「いいの。ほらほら、お家まであとちょっと」
「佐助くーん」
「今日は美味しいオムライスでーすよー」


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1000のお題 【189 奥様出動】

一緒に行こうかを一生に行こうかと変換間違いしてました。
ほんげぇ


2008.12.09

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