ちょこ
story09
どこからともなく甘い匂いが漂ってくる。2月。そして14日。
お菓子会社の陰謀なんだとみんな分かってはいるけれど、やっぱり一つの行事だった。学校で廊下を歩くだけでも思わず酔ってしまいそうな匂いの渦にうおお、と頭がくらくらとしてしまう。
誰かの下足場にたくさん入ってたりしないかなぁ、と思いつつうろちょろとしてみたけれど、人様の甘いひとときをのぞき見ちゃいかんな、とゆっくりと足を動かした。
「さん」
「え?」
ふいにかけられた声に振り返ると、クラスの女の子だった。大きなタッパーの中にいくつもの可愛らしいクッキーが並べられていて、「うわーおいしそー」と思わずうんうんと頷く。「はいどーぞ」
ぱかっと開けられた蓋の向こう側を見て、「え、いいの?」と首を傾げてみた。
すると彼女は「友チョコ」とはいと差し出されて、ぱくりとそれを口に含む。
「おいしいよー、うわあありがとう。お返しするね」
「え、いいようそんな」
「ホワイトデーきっちりがんばるから」
ね、と相づちを求めると、ゆっくりと彼女も笑って、うん、といいながらまた駆けていく。
友チョコ。友達にチョコ。不思議な風習があったものだなぁ、とうんと口の中のクッキーの味を噛みしめていると、また背後から「あ、」
部活の先輩の、部長さんだった。
「バレンタインデーですねぇ、先輩」
「そうだね」
「繁盛してますか」
「まったく。の方が繁盛しそうだよ」
「友チョコってやつですか」
「そうそう。いつの間にか女の子同士のイベントになっちゃったね」
はにかみながらいう先輩に、同じく複雑な気分になって、お互いえへへ、と笑い合った。
そう言えば、と彼はうんと頷き、「は誰かにあげるの?」「えっ」
あんまりにも驚いた声のトーンに、訊いた先輩も申し訳なく思ってしまったのか、「あ、ただの興味本位、ごめんね」とパタパタと手を動かす。それを見て私も、「あ、別にいいたくないとかそんなのじゃないですよー」と思わず慌てて言い返すと、そっか、と安心したかのように先輩は胸をなで下ろした。
そして先輩に訊かれた意味の言葉を、ううんと考える。
何故だか今日は、カレンダーまでチョコの匂いがするような気がした。
家を飛び出す時間帯は、昨日の晩佐助くんと一緒に、お互いきっちりと確認した。別に今日の朝じゃなくても、いつでもいいのだけれど、何となくお互いがお互いに一番に、という法則が頭の中でなりたっていたのだ。
私は佐助くんと向き合った。やっぱりまだ寒い気温にぶるりと身体を震わせて、随分慣れてきた薄い赤のマフラーに顔をすくませていると、ガチャリと家から出てきた佐助くんは私の姿に気づいたのか、「うわっごめん」と駆け下りるように玄関を飛び出した。
「ごめんな寒かった?」
「ううん」
佐助くんの両手が、私の耳をちょいと包んだ。ごわごわとした皮の手袋の感触がこそばしくて、「うひゃあ」と肩を震わせると、「あー、ごめんごめん」とまた軽く笑われる。
そしてお互い、何となくぴっしりと向き直った。
「それじゃあ今年も恒例って事で」
「うん」
「はいどーぞ」
「ありがとございます」
そして私は、深々と頭を下げながらそれを頂いた。
私の鞄の中には、未だに佐助くんから頂いた、綺麗にラッピングされたチョコが眠っている。異性と一緒にバレンタインに参加するという意味合いならば、そうだろう。
けれども別にあげた訳じゃない。寧ろ反対だ。毎年たくさんのチョコを貰う佐助くんに、これ以上あげるのはなんとなく気がひけてしまったりする。
うむむむむ、と頭を悩ませていると、何を勘違いしたのか先輩は慈しむような目で「頑張ってね」とぽんと肩を叩いた。え、何を、と考えた瞬間、先輩の鞄のほんの少しの隙間から飛び出した小さな箱に、あっと気づいた。
「先輩、貰ってるじゃないですか」
やりましたね! とぐいっと手を握りしめると、彼は何故だか恥ずかしそうにほんの少し開いていたチャックの空間をじじじと閉め、違う違うと首を振る。
何が違うんだろう。
「いや、恥ずかしいんだけどね、これ。毎年母さんがくれるんだよね、うわ、ホント恥ずかしい」
「お、おかあさんがですか」
「うん、上の兄と一緒に。うわー、誰にもいわないでこれ」
しー、と口元に指を当てた彼に、私はうんと頷いた。
そして「私も同じような感じです」と苦笑いしてしまうと、「あ、女の子でもそうなんだ」とビックリしたように、彼は何度かパチパチと瞬きを繰り返した。
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1000のお題 【21 偉大なる母】
季節を先取り(とかいってみる)
2008.12.09