逃げてはいかん、といった彼の言葉は、確かにそうだな、と納得した。
story13
けれども現実は違うのだ。
私はいつも通り佐助くんが家へとやってきたときに、お布団の中へと顔をつっこんで、くうくうと寝ているふりをした。コンコン、と静かに響いた佐助くんのノックと一緒に聞こえた、「、ねてるの?」という声に反応する事が出来なくて、ぎゅう、と強く布団を握りしめて、息を潜めた。
こんなことじゃダメだと思ったけれども、どうしても佐助くんと顔を合わせる事ができなかった。
ドア越しに聞こえた、佐助くんのハー、と短いため息に、びくりと肩が震えて、「、ご飯したにおいとくからね」とそれでも優しい台詞に泣きそうになって、「さすけく…、」と布団から出ようとしたとき、トントントン、と彼が静かに階段を降りる音が聞こえた。
朝、時々佐助くんに出会うのは、佐助くんがわざわざ私と同じ時間に合わせている事を知っている。佐助くんの学校は、とっても近くて、授業の開始時間が私の学校よりも遅いから、私と朝会う事なんて、あるはずないのだ。
けれども大抵「おはよう」とにっこりと笑いながら、「いってらっしゃい」と彼はパタパタと手を振る。
誰も出てくる事のない佐助くんの家のドアを見詰め、私は何度も足踏みした。どうしよう、どうしよう、とビクビク肩を震わせて、ドアを見詰める。
そろそろ行かないとダメだった。遅刻する、と思った。けれども足が動かなくて、ガタリ、と音を立てながら開けられたドアの向こうから佐助くんが顔をのぞかせたとき、彼の口がぱっくりと「」と形作る前に、私はだっと駆けだしてた。
そのとき佐助くんが、ほんの少し苦笑いのような、なんともいえない表情をしていたことに気づいたけれども、私は思いっきり学校へ走った。
自分への言い訳のように、「遅刻するから!」とまるで捨てぜりふのように叫んで、バタバタと鞄を宙へと泳がせる。
これって、逃げだろうか?
「逃げだな」
まるで私自身に囁かれたかのような言葉に、ふいと振り返った。雑踏の中で、誰が呟いた台詞を、耳へと入れてしまっただけなのかもしれない。けれどもそれは私に対してはき出されたかのような台詞で、思わず耳を塞いでしまいそうになった。
「逃げたな」
また誰かの声が聞こえたような気がした。
けれどもきっと気のせいで、私はバタバタと足を動かす。
遅刻する。
「逃げだ」
なんで逃げちゃいけないの?
苦しくて、分からないんだから、逃げていいじゃないか。
だってだって、いきなりすぎた。ビックリした。ドキドキして死にそうになる。
「逃げ」
逃げさせて欲しい。
逃げたい。
だって恐い。
どうすればいいかわからない。
「逃げたっていいじゃん!」
肩へと掛けた、バックの紐を、あとが残ってしまうくらいに、ぎゅうと握りしめて叫んだ台詞は、真っ青な空の中へと吸い込まれた。
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1000のお題 【340 全力疾走】
2008.12.21