「いらっしゃいませー」
私はお盆を片手に、にこにこ笑った。盆の中には、三色の綺麗な団子がころんと転がって、熱いお茶がほかほか湯気を立てている。「お、ちゃん、俺にもひとつ、みたらしがいいな」「はいはい、ただいま!」 私は未だに痛む腕をかばうように、持ちながら、お客さんの元に歩く。
どうやら私は過去にタイムスリップしてしまったらしい。
最初は、そんな馬鹿な、と自分自身信じられなかった。けれども私一人を騙すには、あまりにも大仰すぎるセットや、ずきずきと痛む傷や、目の前であっさりと死んでしまった野盗を思い出し、ここは日本じゃないのだ、ということはあんまりにも分かりやすすぎた。
そう、野盗。あの日、私を襲った野盗は、ここしばらく村々を襲っていた山賊らしく、見かねた武田の兵が退治に出た、丁度そのときのことだったらしい。私は親切な夫婦に拾われ、布団の中で、うつらうつらとその話を聞いた。彼らは商売道具のよもぎを採りにと、山へ足を伸ばし、山賊のことを知ってはいたが、崖向こうなので大丈夫だろうと思っていた先に、落下する私を見、びっくり仰天した。
落っこちる私は木の枝に引っかり、今度はずるりと自身の重さで滑り落ち、地面に体を叩きつけたのだ。
それは、とても運がいいことだったのだ。打ちどころが悪ければ、おそらく死んでいただろうし、彼らが私に気づかなければ、そのまま崖の下で野垂れ死んでいた。
それからしばらくの間、熱を出して生死の境をさまよったのだけれど、ぱっちり目を覚ました私は、片腕を三角巾でつりながら、私は彼らの茶店を手伝うことにした。
そんなことはしなくてもいい、と言われたのだけれど、寧ろお手伝いをさせて頂ける方がありがたいのだ。随分長い間布団の中にいさせてもらって、これ以上ひっこんでいる訳にはいかないし、ついでに言えば、この先行くところもない。恩を返す方法も思いつかない。
(……それにしても)
随分、怪我の治りが早いような気がした。
いや、今まで特に大きな怪我もしたことなく日々を過ごしてきたわけだから、どれが早いだ遅いだと言うことははっきりとはわからないけれど、下手をしれば、一生、腕が動かなくなるくらいの怪我だった気がする。いや、上手く神経をすり抜けたとか、そんな話なのかもしれない。話を聞く限りでは、しばらく腕を使わずにしておけば、ちゃんと動くようになるとのことだけれども、なんとも腑に落ちない。タイムトリップなんてビックリ状況に陥っているのだから、そんな細かいところを気にしていてはしょうがないけれど、(……そもそも、本当に、これはタイムトリップ……?)
おかしいのだ。
丁度私はドラマを見ていた。大河ドラマである。イケメン、シブメンの武田信玄に、と一緒に並んで見つつ、ろくもんがワンワン騒いでいた。野盗退治に乗りでた武田の武家とは、想像通りの武田信玄のことらしい。
驚いて声も出なかったのだけれど、それはいいのだ。問題は。「あら、真田の旦那さま!」 女将さんが店頭で大きな声を上げた。私はぎくりと肩を震わせ、お客の間を滑りこむように店の裏へと逃げ込んだ。旦那さんが呆れたように苦笑をしているけれども、こっちは本気の必死だった。体を縮こませて、ちらりと店頭を覗いてみる。
真田幸村、さま
(テレビに、そんな人、出てたっけ?)武田信玄に仕えていて、真田と名が付く人なら、昌幸という人ならいた。けれども幸村。(む、息子じゃなかったっけ……) 自分の拙い知識をひっぱり上げてみたのだけれど、どうにも時代考証がおかしいような気がする。いや、実際の史実とは違い、間違っていただけかもしれない。もしそうだとしたら、私はとんでもない歴史の一部を目撃しているんじゃないだろうか。ついでに言うと、幸村というのは、誰かが作った名前で、実際の名前はまた別だったとか聞いたこともあるんだけれど、それも実は違っていて、ええい混乱してきた!!
うおおおお、とブルブル震えながら体育座りをしていると、女将さんが、ひょいっと私の上から顔を覗かせた。「ちゃん、真田の旦那様はお帰りになったよ」「あ、は、はい」 よかった、と胸をホッとさせた。
なんでも、あの真田の旦那様は大の甘味好きで、ときどき街のお店へやってくるらしい。偉い人なのに、そんなにフットワークが軽くていいのか、と思えば、使いの人が買いにくることも多いけれど、やっぱり店で直接食べるのも格別だとかなんとか、庶民的な武士である。
女将さんは、恰幅のいい体を揺らしながら、「ちゃん、ちゃんを助けてくだすったのは、あの旦那様の家の方なんだよ?」 なのに何でそんなに怖がるんだい、と彼女は困ったような顔で見下ろしていた。
私もそう思う。本来なら、きちんとお礼を言って、ありがとうございましたと言わなければいけないに違いない。けれども、怖いものは怖いのだ。
目を瞑れば、飛び跳ねた血の色が、瞼の裏に映る
刀を振るったのは、武士だった。殺された男は怖かった。けれども殺した男も怖かった。(……武士は怖い) たとえ、恩知らずだと言われようとも、私は一生、あの人達に関わりたくはない。
いつまでも座り込んでいる訳にはいかないと、私はパッと立ち上がった。店頭に出て、はいいらっしゃい、と声を掛ける。すると、ずっと向こう側の人ごみの中に、真っ赤な服を着て、茶色く長い髪の毛が、尻尾みたいにぴろぴろと動いている背中が、一瞬だけ見えた。
(、お姉ちゃん泣きそうだよ)
家に帰りたい。
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