17 わんこのおんがえし



「…………っていうか、なんで犬な訳?」
うおりゃあああああああ
「さすがの俺様も、面白いを通り越してドン引きっていうか」
うおらああああああああ


「もしかして旦那、そういう趣味とかあったの?」
女王様系みたいな? と俺様が首を傾げると、でりゃあああああ!!!! と半裸で槍を振り回して、全身の汗やら羞恥やらを吹き飛ばしていたらしい旦那は、「ちがあああああう!!!」 一体何が違うのか。
さすがに女王様というか、被虐趣味というか、そこら辺の意味は理解してはいないと思うけれど、何やら野生の勘で、不穏な言葉の意味に気づいたらしい。「佐助! 断じて!! 俺は!!! 断じてふしだらな意味で言ったのではない!!」「うんまあ、わかってる。冗談冗談」

あのあと、俺はこっそりと彼らの様子を窺っていたのだが、カチンコチンに固まった空気は見ているこちらまで寒くなった。旦那も旦那で、一応自らの失言に気づいたのか、「そ、そういう、わけでっ」とビシリと片手を上げて、後ろ向きのまま数歩歩いた後に、そのまま爆走した。俺は、うあちゃー、と顔を押さえながら、残った女性陣、噂のちゃんと女将さんの顔を確認してみた。
どんびきしていた。
なんてこった。


「俺は、俺は決して、深い意味があって言ったのではなく、そう、そのまま言葉通りの意味であって……」
「言葉通りってそっちの方が怖いんだけど」
自分の主人には、知られざるというか、知ってはならない禁断のご趣味があったのか。できることなら知りたくなった。

ざくり、と旦那は槍を地面にさし、ポタポタと汗をこぼして地に丸いあとを残し、照りかえる残暑とは反対に、顔の影を色濃くしながら、ぽつりと呟いた。「俺は、ろくもんなのだ……」「うん?」




「……えーっと、つまりは旦那は夢の中で犬になってて、世話をしてくれた姉弟の名前がちゃんとくんで、ついでに言うと、茶店のちゃんと瓜二つだと」「うむ」
その通りだ。と大きく頷く主に、なんだか頭が痛くなった。「夢に出てくる女の子にそっくりとは言ってたけどさぁー……」 そこまでトンチンカンな内容とは聞いてなかった。

「嘘など、ついておらぬ」「わかってるよ」 つくならもう少しマシな話をするだろう。吐き出すように返事をした。真偽はともかく、嘘をついていないであろうから、こっちは反応に困っているのだ。
旦那はさすがに寒くなったのか、腰に巻いていた着物に袖を通して、大きな口を開けながらため息をついた。珍しいね、と野次を飛ばすほど、意地の悪い性格はしていないと思う。多分。「ま、その犬がどうたらってのはともかく。あの子と旦那の相性は、ちょーっと、というか、結構悪いかもねぇ……」

どういうことだ? と旦那はパチリと瞬きながら顔を見上げた。俺はううん、と頭をひっかきながら、先ほど街で聞いてきた話を思い出し、ちらり、と主人を見つめた。

「うーん、なんかね、ちゃん、侍が……武士が、好きじゃないんだってさ」





「…………あ、あれが、真田幸村様…………」

ありえない。と私は頭を抱え込んだ。犬でござる! と主張した少年の姿を思いだして、彼は変態なのだろうか……と息をつく。女将さんいわく、「ちゃん、真田の旦那様はね、時々突拍子もない方だから、妙な意味がある訳じゃあないよ。普段は気のいい、気さくな方なんだよ、変な人じゃあないよ、たぶん」 最後の多分で、説得力が幾分か消えた気がした。

「なんで私、あんな変態さんに目をつけられたんだろ……」
わからない。覚えもない。少なくとも、スリをやっつけてくれたときは、とても良い人だと思ったのに、あれはただの、自分の早とちりだったんだろうか。(もしかして) あのスリに遭ったときも、自分をつけていたのかも………(い、いやいやいや) それはちょっと、疑い過ぎかもしれない。というか、そんなに怖い人だったら私が困る。

「とにかく、な、なんとかしないと……」

どうやって? わからない。逃げるにしても、ここの茶店からどこかに行く気もないし、行けるとも思わない。ここにいる限り、私は手伝いに外に出るだろうし、そうなれば出会う確率もグッと上がる。
私はいそいそ茶碗を洗いながら首を傾げた。(そもそも、なんで私、あのお侍様に目をつけられたんだろ……?) やっぱり基本はこれである。

一瞬、一目惚れか何かされてしまったのだろうか、と考えたのだけれど、すぐさま恥ずかしくなった。それはないない。そんな思考に至った自分が恥ずかしい。「とにかく、お話をしないと……」 女将さん達が言うことが確かであれば、幸村様はきちんとお話が通じる人らしい。正直不安で仕方ないのだけれど、私に用があるというのならば、きちんと確認して、お話を終わらせて、終了させる。そしたらきっと、平穏な日々は戻ってくるはずだ。たぶん。
「じょ、女王様になって欲しいとか、そういう内容だったらどうしよう……」 まさかそんな、SMチックな。というかこの時代にそういう嗜好ってあるんだろうか。私サド側の役割とか無理だし。いやマゾ側ができるって訳でもないんだけど。痛いのは基本的に無理だし。

「こんにちはーあ。誰かいませんかーいっと」
「はーい」

私はひょいと厨から飛び出して、開店の準備とばかりにのれんを持ち出し、旦那さん達に「お客さんが来ましたよー」と声をかけた。はいよう、と彼らは頷いて、もちもち丸めたお餅を台所の端っこに積み上げていった。



「って、佐助さんですか」
「そんなあからさまに嫌そーな顔しないでよー。ほらほら、接客業には笑顔が大切よー?」
「佐助さん、私、お聞きしたいことがあったんですが」
「なになに? 好きな食べ物? 身長? 体重? 好みの女の子は恥ずかしいから、ひ、み、つー!」
「この間のひょっとこのお面をかぶった、佐助さんのご友人。あの方、真田幸村様ですよね」

ヒュウーっと冷たい風が吹き抜けた。
佐助さんは、「つー!」と言ったときのポーズのまま固まって、「えー? なにそれー。面をかぶってたのに、ちゃん、なんでまたそんなこと」「あんな風に叫んで爆走する方を私は一人しか知らないんですが」 っていうか髪型もおんなじだったし。

じーっと盆を抱きしめたまま、冷たい瞳で見つめ続けると、「あー、ああー」 と佐助さんは頭をひっかきながら、視線をふらふらさせて、「ま、そうとも、言いますか」 まあ、ごまかしてもしゃーないね。と観念したように息を吐いた。

「な、なんでそんなことを……!」
「ま、ま。そこら辺は、本人から聞いてやってくれない?」

本人? と佐助さんが指さした方向を見つめると、店の横から、ひょいっと顔を見せた見覚えのある少年に、私はひゃっ、と悲鳴を上げそうになった。しょんぼり顔の真田幸村様は、覚悟をしたように唾を飲み込み、首元の六文銭をちゃらちゃら鳴らしながら、こちらにどすどすと歩を進める。「どの」「あ、あ、あ、あ、あの、ちょっと!」「どの!」「ひゃ、ひゃー!」

人様に悲鳴を上げて、逃げるだなんてことが失礼なことくらい、わかっている。けれどもどうしようもないのだ。その人が武士だと思うと、ぶるりと足元が震えて、じわじわと涙が浮かんできた。盆で頭を隠して、震えた足をごまかすように、私はその場でしゃがみこんだ。ざくざくざく、と聞こえていた足音は静まり、ピタリと止まった。私は恐る恐る盆の隙間から見上げてみると、彼はほんの少しの距離を持って、こちらを悲しげに見つめていた。どきりと良心が傷んだ。

「り、理由は、佐助から聞き申した。不幸な出来事に遭われたと。すみませぬ、こちらの不手際でござった。まさか、佐助から聞いていたおなごが、殿だったとは……いや、そのような言い訳はすべきではござらぬ」

すみませぬ。と私と視線を合わせて、じっとこっちを見つめる幸村様に、暫く口元をパクパクさせた。日本語が通じている。こうして喋ると、普通の人だ。いいや、それよりも、様付けで呼ばれるようなエライ人が、こんな風に、普通に謝ったりするものなのだろうか。お盆を頭に乗せたまま、ええっと、ええっと、と視線をふらふらさせた。「あ、あの……」 私は口を開いた。「なんでござるか!」「えっと、その……唐突なんですが」「なんでも! どうぞ、何でも言ってくだされ!」「それじゃあ、その……」

私はちらりと彼を見上げて、ついでに周りに視線を向けた。「…………取り敢えず、奥に入りませんか?」 なんだかシュールな状況だし。
不思議気な顔をする幸村様と反対に、「まあ確かに」と佐助さんは頷いで、私達はいそいそと店の奥へと入っていった。


***


「…………つまり、佐助さんは猿飛佐助なんですね?」

実は俺様真田十勇士の一人の、猿飛佐助なんだよーん、と畳に座りながら自己紹介をすると、ちゃんは頭を抱えて、何もかも納得したように頷いた。あら、案外理解が早い、と瞬くと、彼女は、「さるとび……さるとびー」と死にそうな声を出しながら、「私、歴史の生き証人になっちゃってる……!」 よくわからないが、彼女なりの葛藤があるらしい。

現在旦那とちゃんは、部屋の端っこと端っこで正座をし合っていた。その対角線の中心になる位置で、俺様はお座りしている。なんぞこれ。部屋に上がる際に、店の主人らは、何やら口元をひくつかせていたのだが仕方ない。後で適当に説明でもしておこう。そこら辺は俺様の得意分野だ。
(…………っていうか、もう旦那個人のことだしさー)

できることなら、これ以上関係したくないし、すべきではないと思っている。もし、このという少女が真田や、ひいては武田家に害をなすと判断すれば、こっちの方でも適当に動くが、旦那だって馬鹿じゃない。いや馬鹿じゃないというか、適当な奸策なんて、力の限り全力でぶっとばす人なので、心配はするだけ無駄だと思っている。
(俺様、帰っていいかなー?)

これでも結構忙しい子なので、こんなところでモチモチお餅を食べている場合じゃないのだが。餅うめぇ。

女将が気をきかせて持ってきてくれたお茶をずるずる飲み込み、串団子をモグモグしている間に、目の前では修羅場らしきものが繰り広げられていた。俺様超他人ごと。モグモグ。

「そ、それで、犬というのは、あなたがその、犬のろくもん、という意味で……?」
「そうでござる! 俺は殿に世話をされていたわんこでござる!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいそんなまさか」
「嘘ではありませぬ! 殿、には世話になり申した。某、御恩を返すべく、こちらに参った!」
「そ、そんな……! でも、こことあそこは、世界が違ってて、全然違ってて!」
「はっ。もちろんそれも、存じておりまする!」

ナナナ、ナンダッテー!!!
と、ちゃんにとっては衝撃的な言葉なのだろう。俺様まったく理解できないけど。世界がどうとかうんとかかんとか。なにそれ伊達風に言うのであれば、激ぐろーばるな話題になっているっぽいが、自分としては出された団子に手も付けず、必死に主張を続ける旦那の方が衝撃的である。なにそれ俺様もらっちゃっていい? あ、だめ?

「信じてくだされ!」

旦那はバシッと、団子へ手を伸ばそうとしていた俺様の手を叩いた。やだ痛い。ちゃんはギクリとして後ずさった。でももう後ろは壁しかないので、ベタァッ、とイモリの如く、壁に張り付いて、びくッと震えた。「そんな、で、でも、そんな……ろくもん……?」「そうでござる!」 旦那はまた一歩近づいた。あれ、もしかして感動の再会的な感じになっているのだろうか。もしかして、いい感じになっているのだろうか。俺様このまま帰っちゃってもいいんだろうか。

どのー!」 と言いながら旦那がちゃんに駆けつける。ちゃんは旦那を見上げた。ふるりと震えた。そして、


「普通に無理ッ!!!!」
「ばべしっ」

顔面から壁にぶつかった旦那から、ちゃんはそそくさと逃げ、「無理、ムリムリ、お侍様とか、無理、無理無理、っていうか、ろくもんが人間になっちゃったとか、ありえない!! 普通にありえない!!」「あ、ありえまする! 犬が人間になったのではなく、人間が犬になっておったのだ!」「ど、どっちもどっちでありえないですー!!!」

信じられません無理です無理です、信じられない! とぶるぶる首を振る彼女は、なるほど激しく理解ができる。どっちかというと、俺様はこっち側である。しかしながら猪突猛進な旦那も、そんなちゃんの主張に納得できる訳がない。「ろくもんでござる!」 壁にぶつかったこともものともせず、彼はグイッと拳をつき出した。個人的にぶつかった旦那よりも、ぶつかられた壁の方が心配なのだが、壊れていないだろうか。俺はそそくさと彼らから離れ、よしよしと壁を撫でた。問題ないっぽい。お前はよくやったよ。

「ろくもんでござる! この、六文銭を見てくだされ!」
「そ、そそそ、そんなの誰でも首にかけられます!」
「ろくもんでござる! 殿にご飯を頂いた、ろくもんでござる! の馬になり、一緒に遊んだろくもんでござる! 一緒に、お散歩をした、ろくもんでござる!」

旦那の必死の主張に、ちゃんはぐらりと揺れた。ように、俺は感じた。う、うう、と口元をへたつかせて、両手を体の前でぎゅっと合わせる。ろくもんでござる、と旦那が主張する度に、ちゃりん、ちゃりんと揺れる六文銭に目を向けて、苦しげな顔をした。(お、いけるか) いけるんじゃないか。あと一歩だぜ。旦那、あと一歩だ。さすさす壁を撫でながら心の中で応援を送る。信じる信じないはともかく、主の勝利を俺は祈った。旦那はそれに答えるように、カッと目を見開いた。そして叫んだ。


「一緒に風呂に入って、殿の裸を拝み申したろくもんでござる!!!!」



平手打ちされた。
自業自得であった。




  

2011.11.26