22 わんこのおんがえし




いち、舐められた。
に、求婚された。
さん、なんかもう駄目だ。

私は無言で団子を作った。無言で作り続けた。片手で包丁を持ち、すっかりよくなった反対の手でよもぎを持つ。ズダンッ。ズダンッズダンズダンズダンッ! 舐められた。
求婚された。
「チェストーッ!!!」 ズダンッ!

どのどのー! と嬉しげにパタパタと尻尾を振ってこっちにやって来たお侍様の姿が、目の前のよもぎに重なってくる。「このよもぎ餅、美味でござる、うまいでござる! さすがはどのが作られた餅!」 もむもむもむ、とほっぺに詰め込んで、パーッとこっちに微笑んだ。
私はスッと息をすった。笑った。そして、

「ダアーッ!!!」

力の限り、よもぎを粉砕し続けた。





「うわー、おいしいねえ、このよもぎ餅ー。なんというか、よもぎと餅が妙に仲良ししてるっていうか、こなれてるっていうか」
「あのあと原型がなくなるくらいにすり鉢でグリグリとし続けましたからね……」

ちょっと叫び方が猪木っぽくないかと誰からもつっこまれない寂しさを胸にしながら、ぐりぐりとすり鉢を抱えながら頑張ったのである。よくよくよもぎが餅にしみこんでおりますよ、へへ……と力なく笑う私の目の前で、佐助さんはパチパチと瞬きを繰り返した。この人はこれでいて忙しい人なのだ、ということは本人からの談であるが、私からすれば常に幸村様と一緒に出現して、ときどきこうしてもむもむ団子を食べている暇そうな人である。

(…………幸村様)
眉間に皺が寄った。察しのいい人なのか、私の空気を察してか、若干気まずけにずるずるとお茶を飲み込み、無言で往来を見つめている。
「やー、いい天気だねー。明日も晴れかねぇ」
「知りません」
「旦那がさー、あれで結構晴れ男でさ、どこに行っても晴れるんだなあ。ビックリでしょ?」
「見たままですが」
「……こうして天気がいいと、遊びに行きたくなるよねぇ」
「いえ別に」
手伝いがありますから。

ピシッと叩き落すように会話をぶった切ると、佐助さんはまた居づらそうに、だらだらと首元から汗を流した。私はフンッと鼻から息を吐き出したものの、こうして佐助さんをいじめているのは、どうにも性格が悪い。これじゃあただの八つ当たりだ。
「…………お茶、おかわりいります?」 少しだけ反省してひょい、と屈んで彼を覗きこんだ。佐助さんはパチリと瞬いて、少しだけ嬉しげに笑った。そして湯のみをひょい、と持ち上げた。「そしたら、あっついやつで」「わかりました」

私もつられて笑いながら、片手で盆を抱きしめながら湯のみを受け取ると、ふとしたように佐助さんはじっと私の腕を見つめた。「……ちゃん、腕、随分よくなったみたいだねぇ」「あ、はい」 おかげさまで、と続けようとしたのだけれど、少しだけ嫌味な気がしたので、ちょっと口ごもった。

そうすると、佐助さんも同じような顔をして、「あのさあ」 ちらり、と彼に目を落とした。嫌な予感がした。
「旦那なんだけどさ、悪気があるわけじゃないんだよ。ちょっと変なとこはあるけど、あれでいつもは普通でさ、こっちが驚いてるっていうか」
ちゃんだけ、特別なんじゃないかな。ポリポリ、と佐助さんはほっぺをひっかく。

私はじっと湯のみを見つめた。口元をへの字にして、盆の上に湯のみをのせる。そのまま無言だった。お互い無言だった。しかしながら、やっぱり佐助さんが口火を切った。「だからその、よかったら普通に接してやって欲しいっていうか」 着火した。


「…………普通ですか」
「そう、まあ、俺から言うことでもないとも思うんだけど、こう、どう見たって旦那が空振ってるもんだからさあ」
「空振ってる」
「ほんとね、いつもは女の子に近寄りすらしないワケ。そこんとこ、知っといてもらった方がいいかなーって俺様ね」
ね? ね、ねぇー? と、首を傾げている。

私は無言で佐助さんを見下ろした。湯のみを握る手が、びしびしと嫌な音を立てる。あれ、という風に、彼は瞬いた。私は真顔で呟いた。「いつもと違えば、人様の顔を舐めてもいいと言う訳ですか」 想像以上に、低い声が溢れた。

「え、あー、えー……」
「いつもと違っていれば、何をしたって許されますか」
「いや、そういう訳じゃ、うん」
「誠意の欠片もない求婚をしても、いい訳ですか」
「えっ。いや、あるって。そんなことないって」
「いつでもどこでもどのどのどのってこっちの迷惑も考えないし!!」
「そ、それはあれでしょ? 犬がどうたらとか、別の場所から来たとかなんとか?」

俺様よくわかんないけど、色々事情があるんでしょ?
んねぇ? と両手をひょい、と首の横に置く彼に、私は叫んだ。「それは、関係、ありませんッ!!!!」 湯のみでなければ、地面にたたきつけていた。

ろくもんだからとか、変な場所にトリップしてしまったとか、そんなの全然関係ない。ようは今現在の結果である。とにかく幸村様は困ったお人なのだ。思い出せば、ばふっと顔が赤くなる。信じられない。舐めるか普通。やってられない。怒りまくるぞこのやろう! 「で、でもさあ、ほら、薬とか? 一応旦那なりに考えてるとこはある訳だし」「それは否定しませんありがとうございますしかしながらそれとこれとは話が別ですッ!!」 早口で一気にまくし立てた。

「ようは結果です! プラスとマイナスを足し算した際、幸村様は圧倒的にマイナス部分が多いんです! いいですか! わかりますか! 私は怒っているんです! ろくもんだとかなんだとか、この際本気で関係ありませんッ!!!!」

そうだ、それなのだ。色々ちまちまと考えるからややこしいのだ。考えても見て欲しい。主に会話が通じない。見なおそうと思っても、やっぱり変な人である。その他もろもろ、人の裸を見たというし、犬だとか主張するし周りの目を考えないし、今現在の現状を考えてみたところ、幸村様は圧倒的に困った人であるのだ! 苦手に思っても仕方がない!

「ぷ、ぷらす……まいなす……」 となんとも言えない表情で首を傾げている佐助さんに、「足すと引くです!」 適当な説明をした。「あ、はい、すみません」 相変わらずわかっていない顔で、佐助さんは頭を下げた。一体私は何をしているんだろう。

なんでこんな年上の人に対して、こんな口のきき方をしてしまっているんだろう。失礼である。わかっている。だというのに止まらない。泣きたくなった。うぎい、と口は勝手に叫んでいる。

気づけば腰掛けの上で妙に肩身が狭そうに、頭をたらしながら正座をする佐助さんにビシビシと指を向け続け、「どのー」と幸せ気に手のひらを振りながら、こっちの状況を理解もしようとせずに飛び込もうとする元凶に、「おすわりいいいいいいい!!!!」 ズザアッ! と幸村様は滑りこむようにその場に座った。

「飛び込んで!!!! 来ないで!!!! ください!!!!」
「ぬ。すみませぬ!」
ぱたぱた、と動いている尻尾が見える。ような気がする。

どの、それで団子は。団子は。……ぬぬっ! 佐助、お前また一人で来たのか! ずるいぞ!」
「待て!!!! 団子はまだです、持ってくるのでそこにいなさい待て!!!」
「承知いたした!」

佐助さんが、こいつら一体どんな会話をしているんだ、というような顔つきでこっちを見ている。その瞳が痛い。私だって同じ事を思う。やばい、泣きたい。

そんな私の心情を理解ともせず、わふわふ、と地面に座りながらキラキラ輝く笑顔を見せるわんころを背中に、私はふらふらとお盆を抱えて厨に向かった。何をしているんだろう、と本日数回目の独白を呟き、長い長い溜息をついた。「、お姉ちゃん、一体何をしてるんだろうね……」

とうか、このごろどんどんアグレッシブになっていく自分に、顔を両手で覆って壁に頭をぶつけて沈みたくなった。泣けてきた。






  

2012/06/23